「………」


何でこんな事に。
恋次は何故自分が自室にて形見の狭い思いをしながら正座させられているのか、今までの経緯を思い返し憂鬱な気分で俯いた。

本当ならば幸せ一杯で今この瞬間を迎える筈だったのだ。
望むものが手の中にあり、それを送り主と心行くまで堪能した後、たっぷりと濃厚な時間に突入しそして爽やかに朝を迎える筈であった。
それなのに、何故こんな緊迫した中で正座しなければならないのだろう。
目の前におかれている二つの箱と、二人を見比べて、恋次はひっそりとため息を吐くしかない。
大きな肩をできるだけ小さく縮こませて二人の攻防を見守っているのだが、逃げる事も無視する事も許されない今の状況は本当に居心地が悪いのだ。

「童は帰って寝る時間であろう」
「今日はここに泊まるって言ってるだろ。白哉こそ、仕事が終わったなら上司はさっさと帰ればいいんじゃねぇの?」

左右の化け物級の霊圧がゆっくりとではあるが確実に上がっている事に恋次は焦る。現に二人の霊圧により障子がガタガタと小刻みに振動しているのだ。このままエスカレートすれば部屋の倒壊という事件にもなり兼ねないがそれは勘弁してほしい。
最初2人が目を合わせた時の機嫌の下がりっぷりと言ったら、とんでもなく悪かった。
ご機嫌から最悪への急降下っぷりは危機感を通り越してちょっと笑っちゃいそうだったとは、口が裂けても言えない。

これがもし日をずらすなりして重ならず、一人ずつを相手にならとても良かった筈だ。
白哉が訪ねて来なければ、このまま一護と二人でケーキを突いた後にいちゃいちゃできたし、もし一護が今日訪ねて来なくても後出しの感動で白哉とラブラブできたのだ。

「つうかさ、白哉は今日の昼間でも明日でもいつでも渡す機会あんだろ。俺は恋次が明日は用があるって言うから今晩で我慢してるんだ。ちょっとは遠慮しろよ」
「ふん、執務に私用は持ち込まぬ。それに明日これは休暇を申請しておるのだから、今夜でなければ意味が無い。黒崎一護、貴様は邪魔だ」

二人を眺めながら、恋次はひたすらに黙っていた。
もちろん明日のデートの事は秘密だ。オマケで付いて来られる事は何としても避けたいが故、目の前の問題をいかにスルーできるかを必死に考える。

心中では、どちらかが引いてくれれば円満に収まるのだが、その望みは薄いだろう。
もし口で言い合っても仕方ない、ならば実力で勝負だという事になれば、どちらにも負けている自分では間に入って止める事すら叶わない。そしてそんな自体になれば明日無事では済まない事は想像だに容易い。

「恋次」

いつ来るかと構えていたその言葉に、恋次はビクリと肩を跳ねさせた。ああ、ついにその矛先が自分に回って来たのだ。
伏せていた顔を恐る恐る上げれば、二人の視線が非常に痛い。まさに修羅場である。

「どちらが本命だ」
「へ?」

真剣な問いに対し間抜けな声を上げてしまった恋次は慌てて咳払いをして誤魔化す。
ああ、俺がちょっと頭の中で現実逃避していた間に、何でこんな所にいるのかって話題から2人の話題はそっちに飛躍したのか…。実はルキアが一番ですとも言えず、恋次はただ考えるふりをして時間を引き延ばし、黙り込むしかない。
ぶっちゃけ恋愛とコレは別というか…何というか。
気ままにつき合える上に性格も相性もバッチリな親友以上恋人未満である一護と、尊敬でき目標や憧れの対象であり尚かつ金持ち、加えて色事の巧みな白哉では、どちらにも比べる事のできない良さがあるというものだ。

「えー…っと」

それに、今この場でどちらかを適当に選んでしまうのは簡単だ。だが、選ばれなかった方を後からフォローする事を考えればどちらを選んだとして楽ではない。それどころか、目の前でお預けをくらっているこの贈り物のどちらかが手に入らないという事にもなりかねないのだ。

(つうか、コレを置いて二人が帰ってくれれば一番良いんだけど)

明日に備えて、できることなら体力温存で早めに寝たいのが本音だったりする。
二人には悪いが、一番はルキアなのだ。これが二択ではなく三択ならば迷い無く彼女を選んでいただろう。
彼女を傷つけるなんて到底出来ないが、二人は少しくらい傷つけても後で何とかなるだろうなどという考えが頭を横切ってゆく。
真剣な二人を前にちょっと逃げたくなったのか、頭の中は現実逃避よろしく脳天気な事を考え出す始末。
恋次の頭の中は、明日のデートのイメトレで現実よりも5割増し可憐清楚になったルキアが白いワンピースを着てお花畑で手を振っている。

ああ、笑顔が可愛すぎるぜ。
明日はまず何処に行こう。ぶらっと歩くのも良いし、まず最初に甘味屋ってコースも捨てがたい。
やっぱり今日の所は二人には悪いが適当にはぐらかそう。そうしよう。
たっぷりと時間をかけて、悩んだようで悩まなかった恋次は、困ったように頭を掻いた。


「俺、二人とも大好きっすから、選べねぇです」

頬を赤らめて照れ臭そうにはにかみながら小首を傾げた恋次が何に対してそんな顔になったのか。
明日の彼の予定を全く知らない二人がとてつもなく自己都合な多大解釈をしても、それはもう仕方の無い事だったのだ。


「……」
「……」

一護と白哉が目を合わせる。しばしの無言。

「…、どうするよ」
「仕方あるまい」


「…?」

ほんの数秒のアイコンタクトで一体何を伝え合ったのか恋次には分からない。
聞き取る事ができた部分だけで判断するとしたならば「仕方ない」という単語から諦めという意味を推測できなくもない。

(もしや休戦的な感じで、今晩は一端引いてくれるとか?)

それなら十分に寝れる上に明日着て行く着物選びも寝る前に用意できる。まさに恋次の理想的な展開である。
とりあえずケーキを食べながら新作のゴーグルを眺めよう。

そう思った矢先の事であった。

「…???」

突然の出来事に、恋次は目をぱちぱちと2、3度瞑ったり開いたりした。
いきなり二人が視界から消えた上に何故目の前に天井の木目があるのだろうか。そして何となく頭が痛い気がする。
それが勢い良く押し倒されたのだという意味だと恋次の頭が理解する頃にはもう遅すぎたのだ。

「まぁ、しょうがないよな」

目の前にはにんまりと笑った一護が自分の両肩をがっちりと畳の上に縫い付けている。

まさか。

「ちょっ、一護…っ!…ん…っ…んぅ…」


ちょっと待ってくれ!
その叫びは、横からするりと伸びてきた白い指に喉を撫でられ発せられる事は叶わなかった。
目を合わせようと視線を横に動かすよりも早く、焦点の定まらないほど近くに顔を寄せられる。長い黒髪が頬の上に流れ落ちるその感触がこそばゆく身を捩れば、襟合わせから別の熱い手が中へと侵入してくる。
いつの間にか帯を解かれたらしい、容易く着物の中へと入り込み肌を撫ぜる気配に恋次は声にならぬ悲鳴を上げた。

抗議の為に開いた口さえも薄い唇で塞がれて、そして恋次はようやく二人の「仕方ない」の意味を理解したのだった。


「恋次がどっちを選んでも、恨みっこ無しだぜ白哉」
「笑止」

これから始まる己を掛けた二人の意地の張り合いに、恋次は途方にくれるしかなく。早くも酸欠になりそうな体でどちらかの着物の袖を握りしめた。



時計の針が日付を越えようとしている。
日付は8月31日。

過酷な一日が始まろうとしていた。




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