白哉が帰った後、恋次は一人悶々と書類と格闘を続けていた。
黙々と、ではなく悶々と。小声でぶちぶち独り言を言いながら乱暴に筆を取る。

何だよちょっと期待してたのに。そりゃぁ誕生日の話題なんて無かったけど、でも忘れてるなんてあんまりじゃねぇ?うっかり反応した俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
くそう、次やらせろって言ってきたってこのネタ使って拒否してやる。部屋に呼ばれたって行くものか。お願いされたってしてやるものか。
何か奢ってもらって贅沢させてもらうまで許さねぇからな。今の気持ちの3倍返しくらいしてもらわないと納得してやるものか。

そんなこんな考えながら乱暴に後片づけをしている時であった。

「よう、やってるか」

恋次のイライラに拍車を掛けるかのようなお気楽な声に恨み一杯で視線を向ければ、そこに立っていたのは予想外の人物で。

「一護!?」
「あれ、お前だけかよ白哉は?」

それは現世にいる筈のまだ少年の幼さの残る橙色の青年であった。
死覇装に身を包んだ一護は許可も得ずにずかずかと室内に入って来る。まぁそれもいつもの事なのだが。
必要な連絡があれば電話で事足りるし、恋次が現世に出向いた時に会う事の方が多い。
生きている人間である彼がわざわざこんな世界に来る事自体滅多に無い事であり、来るとなれば本当は書類なり色々な人の協力なり。門を開ける事だって地獄蝶を使う事だって死神代行とは言え、仮りにも代行なのだから緊急で無い限りは本来は色々と面倒臭いのだ。
だからこそ、彼が今ここに来ているという事は、何か事件でもあったのだろうかと思うのは当然の事なのだ。

「いや、特に切迫した用って程でもねぇんだけどよ。浮竹さんにちょっと無理言って門を通して貰ってさ。明日には帰る」

照れくさそうに笑って差し出されたのは、少し大きめの箱。
まさか、これは。

「恋次、明日誕生日だっうお!!」

言い切る前に、恋次は一護に抱きついていた。
投げた筆が書きかけの書類の上に落ちて悲惨な事になったが、それはもう気にもならない。

「馬鹿!、中身が偏るだろうが!!」
「おう。悪ぃ、やっぱ持つべきものは親友だよな!どっかの堅物とは大違いだぜ」
「どっかの?」
「いや、…こっちの話」

大事そうに机の上に置かれたその箱は綺麗な赤いリボンが飾られている。側面に書かれた記号のような英語のような何かは店の名だろうか。
恋次のあまりの喜び具合に顔を赤らめながら、それを誤魔化すように一護は咳払いを一つ。気持ちを隠しきれていないその顔は満更でも無いようである。
恋次が希望したもの。それは和風なこの世界ではなかなか手に入らない現世特有の物であり、現世の誕生日と言えばコレだという代名詞的なものでもあり、以前恋次が一目見て欲しいと連呼したものであった。

「俺の今月の小遣い全部叩いたんだ、感謝しろよな」
「おう!すげぇ嬉しい。大好きだ一護」

それは生クリームたっぷり苺たっぷりベリーだっぷりの現世のお菓子。普段は一片単位でしか買ったり食べたりしないものだが、これは丸々どこも切れていないホールサイズ。
もちろん上部にはチョコレートの板に「おたんじょうびおめでとう、れんじくん」と少し歪んだ字で祝いのメッセージが書かれていた。
いわゆる、誕生日ケーキである。

恋次がそれを見つけたのは現世でルキアと一緒に甘味屋に連れていけと一護にせがんだ時であった。
彼が連れて行ったのは和菓子屋では無く、商店街によくある普通のケーキ屋である。
店頭のガラスケースに展示してあるディスプレイに一目惚れしたものの、食べきれない上に高いと一斉に却下される中、恋次は学んだのである。これは誕生日の日のみに食する事の許される特別なものなのだと。
それに一護も言っていたではないか。彼の「小遣い1月分」とは彼の今現在の収入であり、それは恋次であれば給料に値する。
それを1月分まるまる惜しまず自分の為に使ってくれたのだと思うと、感動も感謝も倍増するというものである。

「それで、よ。今夜お前の部屋に泊めてくれるとすげぇ嬉しいんだけど」

すこし控えめに切り出した親友の下心なお願いに、恋次は即答でOKしたのだった。





あれから、仲良く食堂で食事をすませ、浴場で汗も流した。
ちょっと大きめのスプーンが無かったので、レンゲを2つ貸してもらって、わくわくしながら自室にプレゼントを贈り主共々連れ込んだのである。

戸を開けた所までは良かったのだ。
その直後、戸を掴んだまま恋次は硬直した。

「遅い」

誰もいない筈の部屋に灯りが点いていた事にもう少し違和感を覚えればよかったのか。
もっとちゃんと霊圧を探れば良かったのか。
いや、それでももう遅いだろう。
そこには、少し前に恋次が一人でぶちぶち文句を言いまくっていたお人が、部屋の真ん中で仁王立ちしていた。

その手には何かを包んだ風呂敷が1つ。
箱らしき包みの隙間から覗いていたのは、紛れも無く恋次が毎月毎月恋焦がれて止まぬあの眼鏡屋の包装紙であった。




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