【二兎得るもの】



八月三十日、この日恋次はとても機嫌が良かった。
昨日も良かったが、それにもまして今日は機嫌が良かった。
明日はもっと良い日になるのは間違い無くて、来たるべき日を待ちわび胸を踊らせ、浮かれまくり幸せ一杯な顔を引き締める事なく仕事で回ってきた書類を脇に抱え廊下を歩いていた。
後ろから見れば若干スキップしているようにも見え、高く結い上げられた髪が普段にも増して左右に大きく、リズミカルに揺れている。

「恋次さん!」

背後から呼び止めたのは日頃可愛がってやっている理吉である。両手にしっかりと大きな包みを抱え真っ直ぐに駆け寄ってくる。それは形状を見る限り酒のようだ。

「明日は非番だって聞いたんで、よかったらコレ、…貰ってください」

差し出された酒と思われる包み(決して中身は醤油や味醂では無いだろう)を受け取った恋次はとびきりの笑顔で礼を言った。お礼にと頭をぐりぐり撫でる事も忘れない。
何故ならば理吉から切り出されるまでも無く、その包みが自分に贈られるだろうという事は分かっていたからだ。
この日、出会い頭無条件に贈り物を貰うというのは何も理吉からだけの事では無い。
つい先ほど行った十三番隊では、職人が一つ一つ手作りしたかのような細やかな金平糖を貰ったばかり、午前中にも付き合いの古い友人達が代わる代わる鯛焼きや甘味を手渡してくれた。
きっとまだまだあるのではないか…そう期待しても仕方ない。明日は八月の末日。恋次にとって数少ない自分に纏わる記念の日である。
何故、その日の前日に皆がこぞって恋次に贈り物を渡しているのかと言えば、明日が恋次とって出勤しない日、つまり休みで仕事に来ないという単純な理由からだ。
ずしりと重い一升瓶を抱えながら執務室に戻る廊下を歩く恋次は思う。

(実はまだ、隊長から貰ってねぇんだよな)

隊長である白哉は明日普通に出勤する事になっている。
今晩の予定すら聞かれてはいない為、恐らく今日仕事が終るまでには手渡してくれるのでは無いかと内心とても期待をしていた。
何といっても貴族である。
その貴族が自分に昼も夜も公私混同しまくっているという関係であるなら、それなりに豪華な…いや、とても豪華である事を恋次は想い描いているのだ。
例えば銀蜻蛉の新作眼鏡とか、眼鏡とか、眼鏡とか。

口に出して欲しいなどとは言わないのがお約束だ。言ってみようものなら「くだらぬ」とか何とかで一言バッサリ斬られる天邪鬼なお人なので、仕事用の自分の机にさりげなくカタログとか数日放置してみたり。筆で大きな丸書いて「欲しいものチェック」してみたり更に付箋まで貼ってみたりしたが、気づいてくれただろうか。

例え眼鏡じゃなくても良い。時折気まぐれのように贈られる着物や装飾品は格段に良い物であるから、それが特別な記念日ともなれば、期待しない方が無理というものだ。

(あ、そいやアイツにも約束したんだっけか)

そうふとまた思い出したのはオレンジ色の髪が眩しい現世の友である。
現世での任務ではほとんどという程に行動を共にする上に、それ以外でも例え用事が無くても無断で部屋に入って漫画や雑誌を見たり昼寝したり。ちゃっかり寝ちゃったりしている仲である。
そういえば先月は奴の誕生日であった訳なのだがすっかり忘れたのをあの手この手でイロイロサービスして誤魔化した時に約束した事があったのだ。
ちなみに彼には回りくどい方法など使わずにストレートに「コレが欲しい」と伝えた手前、きっと次に現世で会う時には渡してくれる筈。


(隊長のも一護のも楽しみなんだけど、それ以上に明日は最高の日になる筈なんだ)

心の中で今日何度目かのガッツポーズをしながら、恋次の顔はますますだらしなくなってゆく。
白哉の贈り物より、一護からのプレゼントよりも、それ以上に嬉しいイベント。
幼なじみであるルキアと、明日デートの約束を取り付けたからである。
家族同然だった関係もしかり、何十年も密かに恋心を抱いていた相手である。そんな彼女に「いいぞ」と言って貰えた時の喜びといったら。
本当は両手を上げて喜びたい所を、カッコつけて冷静に振る舞ったが、隊長に休暇申請をして受理されたその日からもうどんなに指折り数えてきた事か。
白哉にお小言を言われようが面倒な書類だろうが笑顔で乗り越えられるのだから、恋という物は偉大だ。
我ながら現金な性格だと思う。

明日はルキアと2人きりのデート。
彼女からすれば幼なじみと買い物に行くとしか認識されてない全くの清い関係である。
普段の扱いから異性としてはおろか、恋愛相手として全くの範疇外扱いを受け、きっと彼女は恋次の秘めた想いのカケラも気づいていないだろう。
たが、彼女が自分の為だけにわざわざ時間を割いてくれる。それだけで幸せなのだ。
そう、2人きり。
視線のキツいシスコンな兄もいなければ、間に入ってくる仲の良い親友さえもいない。2人きり。
ああ、明日は最高に良い日だ!!


執務室に戻り、残りの書類を確認する。
白哉をチラリと見るが、相変わらず黙々と筆を動かしているだけであった。
机の上を見ても新しく回ってきた書類以外はいつものごとく雑然とした机に変わりない。
こう、丁寧に包装された上等の箱とか、そんなものも無い普段と変わらない卓上である。

「恋次」
「、はい!」

おもむろに立ち上がる白哉に、恋次はぴくりと反応した。
これは、もしかして…。

「私は先に帰る故、後は任せる」
「……、お疲れ様っす」

恋次がお疲れ様と言うよりも早く、白哉はさっさと帰ってしまった。
それはもうあっさりと、普段以上にあっけなく帰ってしまった。もしかしたら視線すら合わせてくれなかったんじゃないだろうか。
閉じられた部屋の扉をちょっとだけ眺めて、恋次は少しだけガッカリした。




8月30日【 1 / 2 / 3 】        
  8月31日(裏注意)【 1 / 2 / 3 / 4 】



【 戻る 】

Fペシア