「隊長」
ハッキリと聞こえる呼び声。
懐かしいその声色に、白哉はゆっくりと視線を向けた。
朝日に逆行して表情はよく見えないが、高く結い上げられた緋色が陽光に反射しキラキラと鮮やかに揺れている。
足跡の無い真っ白な庭に、死覇装姿のその男は立っていた。
塀の屋根瓦に積もった雪が一部崩れ落ちているのを見る限り、どうやら不法侵入者よろしく外壁から飛び降りたのだろう。
「朝早くに申し訳ありません。阿散井恋次、北流魂街調査の任務を終え只今戻りました」
力強い声、深い一礼。
背筋をしゃんと正した佇まいに、数日の僅かな間しか離れていなかったというのに、白哉は何故か随分と久しぶりに副官のその姿を見た気がした。
「…帰還にはまだ暫くかかると聞いていたが」
連日の雪で、調査どころか帰還すら難しいと報告を受けていた。現に、昨晩は大変な吹雪でありその中を帰還するなど自殺行為である。
すると恋次は、気まずそうな様子を誤魔化すように頭を掻いた。
「調査の方は終わりました。昨晩の雪が止むのを待って帰還する予定だったんスけど、…無理言って早めに帰還したんです。」
よく見ればまだ着替えてもいないのか、死覇装は所どころ汚れたり破れたりしており、その隙間から覗く薄汚れた襦袢は戦闘で傷ついたのか黒く固まった血がこびりついている。
先ほど頭を掻いた指先もどうやら凍傷しかけているらしく、遠目から見ても痛々しいほどに赤くなっていた。
この吹雪の夜の中を急いで戻ったというのか。
道を見失い遭難する危険すらある危ない夜道を無理やり突破する程の重要な用件など貴様には無いではないか。
傷や凍傷を治療する為に四番隊にも行かず、一旦自室に戻って着替えもせず、真っ直ぐに白哉の屋敷に足を向けたというのか。
翌日の職務や戦闘に影響が出かねないと何故考えないのか。部下に示しがつかないではないか。
普段ならばそう小言や注意が口をついて出てしまうというのに、この時の白哉の頭は普段の1割も稼動していなかった。
というよりも、目の前の紅に、思考も何もかもが奪われてしまっていたというのが正しいだろう。
「ちゃんとした報告は執務が始まってからさせてもらいます。けど、その前に…どうしても隊長に会いたかったんです」
もう一度深く下げられた頭。
これは、最初の挨拶の為の一礼ではなく、謝罪の為である。
「すんませんでした。あの時。俺、酷ぇ事言っちまって」
本当は、謝らなければならないとずっと思っていたのだ。
意地の張り合いを解消したいと思っていて、恋次もその解決の方法を探していた。
悩みの種を無くして気持ち良く任務に行って帰れるようせめて出立前までには仲直りしたいと、恋次も決意していたのだ。
ただ、それが上手くいかなかったのはお互いに噛みあわなかっただけで、お互いがお互いの事をずっと考え悶々とし、気まずい日々を送っていたなど、なんという事だろうか。
本当に馬鹿者だ。
白哉は、未だ顔を上げない恋次を見て心の中で愚痴た。
もちろん、それは目の前の男に対しての言葉ではなく、この茶番とも言えるすれ違いにだ。
足を前に踏み出して、白哉は庭へと降りた。
もちろん未だ寝着に羽織だけという出で立ち、草履も足袋すら履いていない素足である。
ぎゅっと音を立て踏み固められる音が耳に心地よい。手の平に乗せた時とは比べ物にならないほどの冷たさと痛みが足の裏を駆け上がるが、それを無視して進めば、気づいた恋次が慌てて止ようとする。白哉はそれも無視した。
目の前まで歩を進めば、白哉を心配するあまり情けない顔になっている恋次が顔を上げる。
手を取って見やればやはり指先は紫色になっていた。恐らく足もだろう。
こんなになるまでして会いたかったのだと。なんという殺し文句であろうか。
「伝令神機に出なかったのは何故だ」
「戦闘で壊れちまって」
「あの義骸は、貴様か」
「義骸って、何の事すか?」
「…否、良いのだ」
不思議そうな顔をする副官を白哉はゆっくりと抱きしめた。
薄汚れて濡れたままの冷たい身体は決して抱き心地が良いとは言いがたかったが、それでもおずおずと自分の背に回される相手の腕。
より力を込めれば同じように抱きしめられる。
名を呼べば変事が返ってくる。
その感覚に白哉は久しぶりに胸に空いた隙間が暖かいもので満たされていくのを感じていた。
その後、冷え切った副官を湯に浸からせたり四番隊に行かせたりと朝から騒がしかったものの、長かった2人の仲違いも解決し久しぶりに平穏が戻ってきた六番隊の隊員達と、屋敷の使用人達はほっと胸をなでおろしたのだ。
その後、あの副官もどきが何だったのか、結局判明する事は無かった。
ただ、久方ぶりに肌を合わせた恋次の脇腹あたり。ちょうど白哉が副官もどきを蹴り上げた所に、何かに当ったような黒い鬱血の痕があった事は、しばらく白哉を悩ませる事となる。
だがそれは恋次にとって知る由の無い事であった。
・・・fin.
■あとがき
ありがちネタですが、不思議な感じの話が書きたかったのです。
もちろん副官もどきは技術開発局のまわしものでも何でも無い不思議な位置にいます。
恋次が急いで戻った理由として、「隊長が謝ってくれる夢を見たから」というエピソードが入れれなかったのが当方の技術不足(涙)
読んでくださってありがとうございました!兄ハピバ!!
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