一日の執務を終えて屋敷へ帰宅した白哉は、再び自室の前で立ち止まっている。
そして、今日一日を終えたというのに、本日一番深いだろうというため息を吐いた。

当然と云えば当然なのだがやはり、いたのだ。

「いた」という表現が適当かは分からないが、「在る」と表現するには不適切のように思えた。
部屋の隅、朝と寸分違わぬ場所に転がっている己の副官に似た何か。
昨日は眠気と怒りから無視したが、冷静な頭で考えてみれば良く寝れたものだと内心関心してしまうほどに、畳に転がる様は違和感があるものである。

とりあえずだらしない体制をどうにかさせなければ此方が気になって仕方ない。
動かそうと、脇から手を差し込み上半身を起こさせる。
その体は冷えきっていたが、やはり体温が無いわけでは無いようだ。触れている肌がほんのりと熱を持ち、人肌の温かさを伝えてくる。身体も硬直した様子は無く、本当に眠っているだけのような錯覚さえ覚えた。
そのまま壁際へ縋らせるようし、乱れた着物を整えてやれば、少しはまともに見えた。
肌を撫ぜれば本人と違わぬ感触が指先に伝わってくる。そのまま髪を梳いてやれば懐かしい手触りである。
技術開発局の義骸ですら、果たしてここまで精密であったろうか。

ふと、等身大の人形でごっこ遊びをしている自分が脳裏をよぎり、白哉は苦い顔をして手を放した。
とりあえず手近にあった己の羽織を頭から覆うようにして掛けたのは、何となし気まずさからである。

そうして背を向けて読書に集中すれば、羽織に隠れた副官もどきなど、簡単に意識から外れてしまう。
結局そのまま、白哉は床についた。
視線の端に、羽織から覗く長い素足が見えたが、気にしないフリをした。



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次の日も、その次の日も、副官もどきは白哉が壁に寄せた体制のまま動く事は無かった。頭の上からかけられた羽織も、当然落ちる事は無い。
使用人達が動かす事も、誰かが引き取りに来る事も無く、白哉は屋敷に戻る度に首を傾げる。
どうにもこうにも邪魔としかいいようが無いのだ。
これがチャッピーやわかめ大使の人形ならば特に気にしないのだが、己の副官にうり二つという事が何よりも気にかかった。
実は清家や松本副隊長にそれとなく声をかけてみたりしたのだが、どちらも不思議な顔をして聞き返してくるものだから、悪戯ではないかという最初の予想は外れてしまった。

全くもって不可思議だ。

湯上がりの白哉は、壁に背を預けて眠っているように見える恋次を眺めて思う。
触れれば暖かく、しっとりとした肌や毎日欠かさない鍛錬のせいで堅くかさついた指は作りものとは信じがたいリアルさがある。
試しに彼が笑い転げる程に弱い部分をこそばってみたが、反応は無く、何をやっているのかと一人ヘコんだのは昨日の事だ。

恋次が同行した班からは定期的に報告が入っており、もちろん彼が抜けただとか、行方不明だとかは耳に入って来ない。
私用に使う事は自分の掟に反していて後ろめたかったものの、一度伝令神機を鳴らしてみたが、結局の所奴が出る事は無かった。返答も、未だ無い。

返答があれば、問いただしたかった。
何故コレを置いて行ったのかと。

誰か部外者の悪戯ではないとすれば、もう本人が置いていったとしか考えられないというのが白哉の結論である。
だからこそ、コレを捨てたりも出来ず部屋に放置する羽目になっているのだが。


これでは、距離を置いて頭を冷やす所か、堂々巡りさせられて冷静になる所ではない。
貴様のせいだ。

ぐに。と副官もどきの頬を引っ張れば、皮膚が延び間抜けな面が現れる。
コレに、一体何の意味があるのだ。
八つ当たり気味にぐいぐい引っ張っても相変わらず反応は無い。
手を離せば、反動で畳へと倒れる体。
抵抗も無ければいつまでもこのまま動く事は無いのだ。

まるで死体のようで不快であった。
バサリと羽織を掛け、立ち上がり時計に目をやれば、まだ就寝には早い時間である。
読みかけていた書物の続きでも、と机につき本を開けば何となしいつだかの恋次の姿が思い出された。



「…隊長」

その日、不満を含んだ声が小さく聞こえても、白哉は視線を後ろへ向ける事は無かった。
いつもの事だったからだ。
湯上がりにはこの部屋は寒いと、どこからか出した白哉の羽織に袖を通した副官は、せっかく部屋に呼ばれたのに待ちぼうけを食らっていた。

少し大きめの羽根枕を抱きながら敷布の上でゴロゴロしていたのに飽きたのか、しきりに此方に恨み混じりの視線を寄越してくる。
それにも気にかけてもらえないのが不満なのか、何度も「まだ終わらないのか」と呼びかけてくる。

「後で嫌という程構ってやる上、しばし待て」

そう言ってやれば直ぐに黙り込む辺りがヘタレである。
それからも何だかんだと独り言を言っていたようだが、白哉がようやく振り返った時には恋次は枕を抱えたまま畳の上で眠っていた。
うとうとと船を漕いでいる間に寝入ってしまったのだろう。蹲るようにして眠るその顔はだらしなく、涎まで垂らしている。
叩き起して寝ぼけたままの副官が泣くまで構ってやったのはその後の話。確か翌日体が痛いと散々不満を言われたが、相変わらず五月蝿い男だと思った。


ふと、呼ばれた気がして振り返れば、横になったままの副官もどきの姿。
少しも音を立てない、不満を言わない、大人しい。

「隊長」

その不満を含んだ、けれども甘えるような声が酷く懐かしかった。
しんとした部屋で白哉はその名を呼んだが、誰が答える筈も無く。ただ、その声は虚しい独り言に終わるのだ。




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