雪の降り止まぬ寒い季節に、六の文字を背負うお人とその副官は、喧嘩をした。

きっかけは些細な事だったのだ。
ほんの意地の張り合いが大きな衝突へと発展し、副官の主張にも上司は折れる事無く、その関係は仕事上にまで飛び火し、会話はしても必要最低限。私語はおろか職務が終わってからも目も合わさない険悪ぷりがもう1ヶ月近く続いていたのだ。
痴話喧嘩は日常茶飯事になっているとはいえ、いい加減長すぎる。そう部下達が心配するのもお構いなし。まるで今現在の雪の降り続く外の景色のように、2人の仲は冷ややかであった。



[夢虚]



「お帰りなさいませ白哉様。」

使用人達が深々と頭を下げて出迎えるのを横目に、職務を終えた白哉は屋敷の門をくぐった。
肩に積もった雪を払い退ける事もせずに足早に廊下を歩く。後ろを付き従う清家や、すれ違う者ですら今日のご当主はことさらに機嫌がよろしくないと分かる程に、白哉は不機嫌な顔を隠す事無く少々乱暴に首に巻いた襟巻きを取り去る。

正しく、白哉の機嫌はとても悪かった。
ここ数日も機嫌が良いとは言いがたかったが、それ以上に悪かった。
原因は、もちろん己の副官に対してである。

(あの態度は何だ)

心の中で何度かの愚痴を呟くと、羽織りも投げ捨てるように脱いだ。
それを清家は何も言わず受け取るのみ。
寡黙に付き従う彼は、その理由を察する事はできても、口に出す事はしないのだ。
例え当主をこのように不機嫌にさせている原因が、赤毛の彼だと清家には分かっていても、何も触れないのが出来た家臣の業である。
さて、今日は何かあったろうかと思い巡らし、清家は皺の深く刻まれた頬から髭にかけてをゆっくりと撫でた。




この日の夕から、副隊長は他隊の者達数人と調査の為遠征に出発して行った。
期間はすんなり片付けられれば1週間程。その間隊を開ける予定である。もちろん、何か問題があれば引き延ばされるのは必然であるが、長過ぎはしないが短くも無い期間。

白哉は今日この日をとある決意を込めて迎えていた。
恋人同士が口も聞かなくなって早ひと月をゆうに越えていた。
お互いがお互いの異なる主張故にここまで拗れてしまったが、結局は意地の張り合いが原因の悪化である。
そろそろ歩み寄らなければ。しばらく離れ離れになる前に出来る事ならば仲直りしておきたいと思うのが惚れた者同士。
そう、白哉は心密かに決意していたのだ。

それなのに、という理由をつけて。
出立の日、またもこの上司と部下は口論になった。

「勝手にしろ!!」

部下が上司に言う言葉にしてはあまりに暴言である。
喧嘩別れのように先ほどの台詞を吐き捨てた恋次はそのまま任務に出発。
その背中を見送る気にもなれなかった白哉は手の付かない仕事を明日に回して早々に帰宅した。

清家を下がらせ食事も湯も終えた白哉は、ぴりぴりと痛む眉間を指で押さえて溜息をひとつ。
全く仕事が手につかない事が予想以上に堪えていた。
書類を片付けようと筆を取るものの何度も書き損じたり、何をやっても身が入らない。
たかが副官相手にこれほどまで感情を乱されるなどあってはならない事だというのに、今のこの状況は何なのだ。
忍耐と精神力には自信のある白哉ですら、ここ数日蓄積される疲労にはほとほと困りはてている。
仕事上最も関わり合い協力しなければならない者同士、私情は仕事に持ち込まない主義の白哉であっても、長く続けば仕事の能率も次第に悪くなる。
それを改善するためにはどうすれば良いかなど、分かりきっている程に理解していたが。
頭では理解していても解決できない問題もあるのだ。

喧嘩の原因はどちらにあるのか。そんな事はもはやどうでも良かった。
第三者が問うたならばお互いがお互い、相手の非を訴えるだろう。考え方が違えば、正論も異論も様々である。
白哉とて今でも自分の言い分が間違っているとは思ってはいない。
それでも、この間に引かれた溝を早々に埋めなければとも思うのも事実なのだ。

だからこそ、白哉は歩み寄りをする為に出立前の恋次に声を掛けた筈であったのに。
結局の所、売り言葉に買い言葉。何一つ前進しないままである。


数日後任務を終えた恋次とどう向き合えば良いのか。どうすれば関係を修復できるかを、これから恋次が帰ってくるまでに考えなければならない事も頭痛の種である。
何故此方が謝ってやらなければならないのだ、そうも思ってしまう。
そして最低限の接点しか持たなかった間に溜まった書類と、明日からの副官不在で倍に増えた仕事の対応等など。
翌日からの疲労も考えて、今晩は早々に休もうかと寝室の扉を開けた時であった。

明らかな違和感に、白哉は寝室に入る事を躊躇した。

「………」

部屋の中央に敷かれた寝具が妙な形に盛り上っていたのだ。
見るからに、大人一人分入っているかのように、布団が立体的な厚みを増している。
それは違和感を通り越して危機感を感じる程。
屋敷の主人の寝室の寝具の中に、何かが入っている。ありえない光景であった。

白哉は自室の入り口に立ったまま、天井から床まで、部屋の端から端までをぐるりと見渡した。だが、布団以外には朝と変わらぬ部屋である。
カメラだとか、人影だとか、その類は無さそうだ。
誰かの悪戯だろうか。
屋敷の使用人ではありえない事から、考えられるのは憎らしい黒猫か女性死神協会あたり。
どちらにせよ早々に寝たいと切望する白哉の機嫌は非常に悪かった。
この部屋を誰の部屋と思っているのだ。
屋敷の中を勝手に改造される事も正直迷惑な話であるが、それ以上に私生活に影響が出る程の悪ふざけは目に余る。

殺気がかった思考のまま掛け布を掴み勢い良く剥ぎ取った白哉は、その中身を見るや否や、不機嫌な顔を更に不機嫌にした。


「………」

中に入っていたのは確かに人であった。
寝着姿の大きな肢体を胎児のように折り曲げて図々しくも眠っている。

鮮やかな長い紅の髪。
奇抜な刺青。
見慣れ過ぎた寝顔。

そのは紛れも無く、己の良く知る副官であったのだ。




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