どうしたものか。

掛布を手に持ったまま、白哉は様々な理由を考えていた。

確か、此れは今日から任務に出掛けて隊舎はおろか瀞霊廷内にすら居ない筈なのだ。
職務を放り出し途中で抜けたという報告も入ってはいない上に、朝「勝手にしろ」とまで言ったのはこの男の筈だ。
それが何故己の布団に勝手に潜り込んでいるのだ。

「恋次」

目を閉じ眠っているように見える男は、未だ起きる気配すら無い。
なんという無礼者であろう。
未だにこの男は上司の布団を独占したまま目を覚まそうともしない。
腹立たしさから白哉は思い切り恋次の体を一切の手加減なく蹴り上げた。

「………」

無抵抗の体は、敷布をゴロゴロと転がり畳みの上へ。
まるで反応の無いその身体は声すら上げない。これは一体どういう事か。
もし本物の恋次ならば、呻き声なり抗議の声なり。何よりも目を覚ますだろう。
ともすれば此れはニセモノ。
魂の入っていない只の作り物を、誰かが面白半分に寝所に紛れ込ませたのだろうか。
例えば、化け猫や自己中心的な協会連中の余興か何かだとして、今この瞬間にどこからか覗き見て己の反応を笑っているのだろうか。

そう思えば思うほど、腹立たしさは際限無い。
十一番隊の副隊長が「どっきり大成功」とプラカードを持って屋根裏から満面の笑顔で登場しようとしていても、構ってはやらぬ。
それ以外の誰かが例えうっかり間違えただけだとしても、ただではおかぬ。

ともかく、私は眠いのだ。

悶々とした気持ちを落ち着かせるようにして自分に言い聞かせると、白哉は畳の上に転がるその副官に似た「何か」はそのままにして横になった。
布団の中は人肌に温められ、冷えた身体にじわりと染み込んでくる。ほんのりと彼の香りがするようで何とも複雑な気分になったが、背を向けて畳みの上に転がる何かを無視した。
最近の義骸は器のまま魂が入って無くとも霊圧や体温があるのだろうか。そんな事をぼんやりと思いながら、白哉は次第に襲ってくる睡魔に身を任せる。


それから翌朝まで、畳の上に転がった彼の身体は動く事は無かった。



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朝、いつもの起床時間に白哉は目覚めた。
睡眠時間は十分であったが、どうやら眠りが浅かったらしい。少々頭の痛む身体を堪えて身体を起こし、部屋を見渡す。

目に入ったのは、畳の上に転がる副官に似た何かである。
結局あれから誰も此れを引き取りに白哉の部屋に訪れる者は居なかった。
もちろん此がホラー映画さながらに動き出したり襲い掛かったりする事も無かった。

ただ、白哉が蹴って転がった体制、そのままの状態で在るだけなのだ。
其れ故に白哉は困惑する。

一体、誰が何の目的でコレを寄越したのか。
何故、それが恋次の姿なのか。
その事に、何か意味はあるのだろうか。


「くだらぬ」

答えの望めない事を考えるだけ無駄である。すっぱり気にしないことにした白哉は、さっさと着替えて部屋を出た。
今日からは任務の為に恋次が出勤しない。それ故に忙しくなるだろう。こんな不可思議な悪戯をいつまでも気にかける程暇では無いのだ。
きっと自分が執務を行っている日中の間に、何か変化があるだろう。
そう根拠の無い期待を胸に秘めて、白哉はそれからその「何か」について考えるのを止め、今日も一日職務を全うすべく屋敷を後にした。

道中、昨晩降り積もった雪が朝日に反射して眩しいほどに輝いている。

空は日差しは差し込むものの雲で覆われており遠くの山々には未だ晩の雪が降り続いているのか、白く隠れて輪郭ほどしか分からなかった。
確か、この冬に初めて雪が積もった日も、このような朝であった。

「すげぇ積もりましたね」

満足のいくまで互いを貪り合ったまま眠りに付いたお陰で外の冷え込みに気づく事も無く、恋次は一晩で様変わりした景観に歓声を上げたのだ。
死覇装だけでは寒いだろうに、童のようにはしゃぎ回る男は共に出勤した時も終始笑っていたなと思い出して、そこで白哉は考えるのを止めた。

松の枝に綿毛のように積もった其れを手に取れば、一瞬にして溶け形を失ってゆく。
雪に熱を奪われ続ける肌は伴い赤みを帯びじわりと痛みを訴える。それは白哉からすれば不快でしかない感覚である。
それを、あの男は楽しげに何度も雪を掴んでは、冷たいと笑い声を上げていた。

あの時には珍しかった雪が、今では鬱陶しい程に毎日目にするまでに季節変わりしたのは、果たして早かったのだろうか、遅かったのだろうか。
昨日別れ際の副官の表情が脳裏をかすめ、白哉はすっかり水になってしまった掌の其れをぼんやりと眺めた。

もう指の間から流れ落ちた其れは、ただ肌を濡らしただけで、何も残る事は無かった。





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