▽リーマンパロ


これは、前半まで書いてアップしている「乗り合わせ」を書く前に、裏リーマン用として書いていましたが、いつまで経っても裏に発展しなさそうだったので、途中で放置していたものをキリ良くまとめた話になります。
現世パロでリーマンをテーマにして作っていく過程で挫折して「乗り合わせ」に移行した為、設定が「乗り合わせ」と似ています(というかほぼ同じです)

「接点の無かった2人が出会うまで」というストーリーの為、ラブラブ要素がありません。

それでもいいよという方のみ、読んでいただけると有難いです。
よろしくお願いします。














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此処は何の変哲も無いエレベーターの中。
社内にあるそれは朝晩と問わず、日中も何度か利用しているものだ。

一番奥に立つ白哉は、偶然乗り合わせた通りすがりの名も知らぬ人物に、何ともいえぬ違和感を覚えていた。
此方など全く関心のない横顔は、仕事中の緊張感からか少し堅く見える。
その人間とは言葉を交わした事も無く、顔もハッキリとは分からない。だが確かに、其れには見覚えがあったのだ。

相手の持つスマートフォンから無造作に揺れる可愛くもない其れが、操作に合わせてゆらゆらと揺れていた。




[ 不細工マスコット ]









事の始まりは数日前の深夜に遡る。

仕事を終え、帰宅するべく社長室から出たのは随分と遅い時間帯だった。
非常用の灯りが点いているとはいえ出口に続く長い廊下は普段よりも暗く、歩くには少しばかり頼りない。
フロアに幾つもある事務所には誰も残っておらず、内窓に透けるのは闇だけだ。

慣れた手つきでカードキーを指し扉をロックした白哉は小さくため息を吐いた。
今日一日、やけに長かったように思う。
昼間にあった商談が長引いてしまった上に、他の仕事も予定も立て込んだ事がこんな時間に帰宅しなければならなくなった原因である。
終わるだろうと予測していた時刻はとっくに過ぎて、他のフロアに残っている者も殆どいないだろう。
閉まってしまった正面出入口を避け、警備員のいる裏口から社外へ出ると、道を歩く人は普段よりもずっと少なくなっていた。

この時間であれば公共機関は動いているのか微妙な所だが、焦る気持ちは特に無い。
ただ、ビルの隙間から覗く月が美しい満月だったから…というほんの気まぐれで、散歩がてら人通りの無い道をゆっくり駅まで歩くのも良しと思ったからだ。
そこで電車が終わっていようともタクシーを利用すれば良いだけの事である。


街灯とネオンが照らす街は昼間の温かな陽光など無く、ひんやりとした空気と冷たい風が歩く速度に合わせて首筋を撫でる。
そろそろ防寒着を出す季節だろうか。マフラーや手袋は何処にあるだろうかと思いを巡らし、白哉は白い息を吐き出した。
一人暮らしを始めたばかりのマンションの部屋は仕事の多忙さからあまり片づいてはおらず、防寒着も未だ段ボールの中。
早く片付けなければと思うのだが、オフはまだまだ先だと思うと気が重い。
(やはり、通勤は車に切り替えた方が良いのかもしれぬ)

駅を利用する人間がこんなにも多いのかと思い知るまでは、せっかく便利な公共機関があるのだから毎日渋滞に捕まる車通勤よりも、ハッキリと時間が区切られている電車の方が便利が良いのかもしれないと考えていた。

それが間違いだったと気が付いたのは初日からだ。
特に朝のラッシュ時の人の多さは肌に合わないと身に染みて実感してからは、当初の考えの甘さを後悔するばかりである。
休みが取れた日にでも車を取りに帰ろうと、白哉は頭上を走り去る鉄の塊を憎らしく眺めた。



終電間近の駅のホームには朝や昼間の騒がしさは無く、夜から働くアルバイトらしき青年、仕事終わりのOLらしき女性、アルコール片手に夕刊を眺める中年の男など、それぞれがほどよい距離感を保ったまま電車が来るのを待っている。

ふと、胸ポケットに収めている携帯が、メールの着信を知らせる音と共に振動した。
確認しようと取り出した所で、思わず白哉は眉を寄せる。
使い慣れた己の携帯からぶら下がる、奇妙なもの。


(こんなものが、本当に流行しているのだろうか)


昼間に商談した相手は、良く知る昔からの知人であった。
堅苦しい話を嫌う相手が、手みやげだと大量に持ち込んだガラクタの中から、最近若者の間で流行しているキャラクターだと見せられたのが今、白哉の携帯からぶら下がっている其れである。

「なんじゃ、最近のものに疎いとはつまらんの。少しは流行を取り入れぬとその仏頂面、可愛げがないぞ?」

おもしろ半分に携帯を取り上げられ、勝手に付けられたのだ。
似合うと笑う相手の顔が瞼の裏に浮かび上がり、白哉は露骨に苦い顔をする。

捨ててしまおうかとも思ったが、次回会った時に捨てた事が判明したならば何をされるか分かったものではない。
憎々しい相手ではあるが、過去何度かあった思い出したくも無い苦い報復を振り返れば、何もしない事が一番安全なのだ。
引きちぎってしまおうと握りしめたそれから目を反らすとメールの内容を確認し、携帯をスーツの内ポケットへと戻す。
立体的なプラスチック製の形状が当たり存在を主張して不快であったがそれきり無関心を決め込んだ。

『まもなく、電車が到着します。線からお下がりになってー…』

アナウンスと共に流れる音楽。
暗い線路に差し込む電車のハイビーム。ゆっくりとブレーキをかけ停止した車体はほどよく空いていて、他の乗客に続き一番最後に乗り込んだ白哉は一番近い空席へと腰を下ろした。

鞄を脇に置き持ち歩いている読みかけの本を取り出すと、しおりの挟まれた頁を開き視線を落とす。
発進を知らせる音と共に、扉が閉まる。

「ちょっと待ってくれ!」

車掌が出発の為の笛を吹いたその時。扉が閉まるその瞬間。勢い良く車内に飛び込んだ人影に、車内の視線が集まった。

「よっしゃ、ギリセーフ…」

ガタンと動き出した反動で乗客の体が揺れる。
全力疾走で駆け込み乗車に成功したらしいその男は、肩で息をしながら閉まったばかりの扉に寄りかかり、首筋に流れる汗を手のひらで拭った。
相当長い距離を走ったのか、スーツは乱れネクタイも解けかけている。
社会人として決して良い風貌では無い上に、派手な髪色と背丈の高さも相まって良くも悪くも目を引く男だ。

ようやく呼吸が落ち着いたのか、手近な空席に腰を下ろす若い男。それがよりにもよって白哉の隣だったのはただの偶然である。

「……」

呼吸を整えるようにふうと大きく息を吐き出した男の肩と膝がわずかに白哉の足に触れたが、相手が気にする様子は無い。

ふわりと鼻をかすめた香りに意識を向けた白哉の気配など気づきもせず、男はショルダーバッグからスマホを取り出し画面を覗き込み慣れた指使いでメールをチェックし始める。相変わらず肩と膝は触れたままだ。
その掌からぶら下がる不細工なストラップは、最近流行しているというキャラクターである。

視界の端に一瞬入っただけなのに、思わず白哉が二度見してしまったそのキャラクターには見覚えがあったのだ。

(こいつはプレミアも付いておるレア物なのじゃ)

昼間の事を思い出して眉をしかめた白哉の視線など画面を凝視している男は気が付く筈もない。
思わず自分の胸元に収まっている携帯を意識する。そこに嫌々ぶら下っている物と全く同じ物が男の操作する動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。


2つ程駅が過ぎた頃だろうか…。
突然ずしりと重くなった右肩に、白哉は苛立ちを込めた溜息を吐き出した。

「…ぐぅ…」

鞄を抱え携帯を見ていた格好のまま、器用にうたた寝を初めていた男は、白哉の肩を枕代わりにして熟睡に入っていたのだ。
最初の頃はまだ自分でふらふらとバランスを取っていたのが視線の端にチラチラ映っていたのだが、それが次の駅を過ぎる頃にはもう完全に寄りかかられた体勢が完成しまった。
ちょうど、恋人が甘えて寄りかかるような、そんな姿だ。

規則正しく繰り返す呼吸が何とも憎らしく、叩き起こす事も出来たのだが、この場は公共の機関の上に相手は全く見ず知らずの他人である。
肩から腕までの自由を完全に奪われてしまったこんな状態では読書に集中する事も出来ない上に、移動しようにも空席の余裕など無い。
このまま自分が降りる駅に到着するまでこの状態がずっと続くのではなかろうかと、白哉は腹立たしい気持ちで寝入ってしまった男を睨んだ。
日常ありえないほどの距離まで近くなったその赤い髪が車内の揺れに合わせてさらさらと揺れ、時折ふわりと漂うのはシトラスの香り。


車内アナウンスが次の駅を知らせる。
白哉が降りるべき駅だ。

隣を見やれば、まだ人の肩を枕に気持ちよさげに眠ったまま微動だにしない男の寝顔。
起こしてやる義理も無い白哉がそのまま立ち上がれば、当然支えを失った体はがくんと傾いた。
漸く男に意識が戻ったのは、白哉が完全に立ち上がった後であった。

「あ、…すいません」

眠たげな掠れ声、とろんと微睡んだ視線が此方へと向けられ一瞬目が合ったが、白哉は無視して電車を降りた。
改札口を抜けると駅前はネオンと一部の店舗を残しシャッター通りが続いている。
マンションまでの残り僅かな距離を歩く気にもなれなかった白哉は客待ちのタクシーに乗り込んだ。

(全く、今日は疲れる事ばかりだ)

何が嬉しくて好きでもないガラクタを勝手に携帯に付けられねばらないのか。
何が楽しくて短時間といえど他人に肩を貸してやらねばならないのか。
厄日という日があるならば、まさに今日の事を言うのだろう。
そんな事を思ったのだった。





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