神獣の呪いと鬼神の想い人について 四




「こんにちわ、桃太郎さん」
「…いらっしゃいませ、鬼灯さん」

ゆっくりと開いた扉から聞き慣れた挨拶と共に入ってきた人物に、桃太郎は笑顔を向けた。
小さく会釈して戸口に立つのは、桃源郷のパステルカラーとは対照的な闇色の着物を纏う地獄の鬼だ。
顔が少しだけ引きつってしまうのは気のせいでは無いと自分でも理解していたが、つとめて普段通りに出迎えるよう心がける。

「薬は出来ていますか?」
「はい、用意出来てます。…お茶はいかがですか?」
「戴きます」

カウンターに近い場所に置かれた椅子に腰掛けた鬼灯は手に持っていた愛用の金棒を脇に立てかけ、机の上にいる兎をひょいと膝に乗せて、その柔らかな毛を撫で始めた。
ひくひくと鼻を動かす兎が何か言いたげにその大きな瞳で鬼灯を見上げるが、表情は全く分からない。それを見つめ返す鬼も無表情だが、親しい者ならば今彼はモフモフの癒しに至極ご満悦なのだという事を知っている。

桃太郎は用意していた茶器にあらかじめ沸かしておいた湯を注ぎ入れた。
乾燥させた茶葉と桃のチップが水分を吸ってゆっくりと膨らんでゆく様を確認して蓋を閉める。蒸らしている間に小さな皿に乗せていた茶菓子をカウンターの上へと置き、頃合いを見計らいながら湯呑みへと茶器を傾ければ、ほんのりと琥珀色に染まった液体が白い器に広がった。その瞬間、室内にふわりと甘いお茶の香りが立ちこめてゆく。
桃の香りが強いそのフレーバーティーに混ざるのは緑茶とレモングラス、アクセントに生姜が多めと疲労回復に効果のある生薬が少々。

「良い香りですね」
「白澤様が調合されたオリジナルブレンドですよ」
「…チッ、」

差し出されたそれを受け取った鬼灯は、間接的にでも彼の事を誉めてしまった事を悔やむように不快な顔をして舌打ちをする。
あの男の作ったものなど飲みたくもないと言いたげな顔とは正反対に、手にした湯呑みを鼻先に近づけて大きく吸い込んで香りを堪能しているのを見る限り、お気に召してはいるようだ。

鬼灯はそれを味わうようにしてゆっくりゆっくり啜り、店内を見渡すように視線を動かしながら薬を準備する桃太郎へと声をかけた。

「白豚は、今日も外出ですか」

どうせ花街にでも行っているんでしょう。
その言葉に桃太郎は苦笑いを零すだけだ。
本当にどうしようもないロクデナシだと独り言のように吐き捨てた鬼灯は、不機嫌な顔をしてお茶受けとして添えられている菓子を口いっぱいに頬張った。
それは裏漉した餡子に砕いたナッツを混ぜて、バターを多めに挟み込んだパイ生地で包んで焼き上げたものだ。実は先ほどのオリジナルのお茶と同様に白澤が手づから作ったものだったりするのだが、桃太郎はあえて言わないでいた。

「そういえば鬼灯さん、今日は扉を破壊されませんでしたね」
「ええ」
「破壊される時としない時がありますけど、その日の気分なんです?」
「ああ、…別に苛立って物に当たっている訳では無いですよ。いたいけな兎さん達を怖がらせる気もありませんし」

もぐもぐと口を動かしつつ、鬼灯は先ほど入ってきた扉の方へと視線を流した。
木製の引き戸はガラスがはめ込まれた造りだが、白く濁る擦りガラスでは外から中の様子は分からない。

「ただ、店の前に立っていざ扉を開けようとした時に、忌々しい豚の鳴き声が聞こえてくると、つい体が反応してしまうんですよね」
「…つまりは白澤様に対する嫌がらせ…」
「条件反射と言ってください。それにあんなもの、嫌がらせの内にも入りませんよ」
「はぁ…そんなものなんですか」
「嫌がらせをするならもっと頑張ります。まぁ…一晩かけて落とし穴を掘った時は流石に疲れましたが」

あんなものとバッサリ言い切った鬼灯さんの条件反射で、毎回扉を修理するのは俺なんですけどね…と言いたくなるのを桃太郎はぐっと堪える。
彼の口には少しだけ大きく、一口では食べきれなかったそのパイ生地の欠片が、咀嚼を繰り返す度にパラパラと膝の上へと落ちていった。

「ああ、すみません」

お行儀が悪いですねと恥じるようにして、鬼灯は兎の上に落ちてしまった外皮の欠片を手で払った。
汚れた膝の上を綺麗する為に兎の小さな体を抱き上げ、拾い上げた欠片を屑籠に入れて軽く着物を手で払うその光景はのどかなもので、仕事や呵責をしている最中のピリピリと緊張感のある鬼神の姿とはまるでかけ離れ微笑ましく見えるのだが、横で見守る桃太郎の顔には先ほどの引きつった笑みさえ無くなっていた。
定位置に戻った鬼灯は再び兎を膝に乗せ、呑気にモフモフとの戯れを再開しようとしているのか、その変化には気が付かない。

「いますよ」
「…?」
「白澤様なら、いますよ」
「桃太郎さん?」

普段に無いほど固い声質で話す桃太郎の様子に顔を上げた鬼灯は未だきょとんと首を傾けるだけだ。

「此処に、鬼灯さんの目の前に」

指をさして示した先はカウンターの中。
鬼灯の座っている場所から机を挟んで向かい側。
来店してから一度も動かず、声を発していない人物は、腕を組んで険しい顔のまま、ずっと鬼灯を睨み続けていた。
睨むと云っても悪意や嫌悪感を持った視線では無い。彼が店に入ってきたその瞬間から、挙動の一つ一つを見逃さないように真剣な眼差しで観察し続けている。

「白澤様は、ずっと始めから此処にいらっしゃいますよ」

指で示したまま、桃太郎はまるで予め決められた台詞を朗読するかのように淡々と口に乗せた。
何故ならば、鬼灯が店に来店するのも、カウンター近くの椅子に腰をおろして兎を撫でるのも、茶を誉めるのも、菓子の食べ方に苦戦するのも、この台詞も何もかもが今日5度目の出来事だからだ。ついでにその菓子をいたく気に入った鬼灯が、もう一つ無いのかと聞いてくる事も分かっている。
今更過ぎてもう演技する気も起きなかった。

「………――、」

鬼灯と白澤が無言で見詰め合う事数秒。先に動いた鬼灯は抱き上げていた兎をそっとカウンターに戻した。
兎が引き留めるようにその手にすり寄るが、彼が再び其れを撫でる事は無い。
ゆっくりと立ち上がった拍子に椅子がガタンと音を立てて倒れ落ちる。それを気にかける事無く、金棒を手に無言でふらりと店の戸口から出てゆく鬼灯の目は何も映してはおらず、白澤はおろか桃太郎すら視界に入っていなかったのだ。

「また、ですね」

遠ざかる鬼灯の背を黙って見送った桃太郎は、彼が飲みかけていた湯呑みと使い終わった茶器を流し台へと運び、茶葉を捨てながら長い長いため息を吐く。
もう一度彼が来店するのを出迎える為に、茶器を洗い湯を沸かしておかなければならない上に、次はどう出迎えようかと案を考えておかなければならないからだ。

しばらく無意識に来た道を引き返していた鬼灯が、再び極楽満月を訪ねてくるのは一時間程経過した頃だろうか。
そのままふらふらと歩き続け、ある程度地獄門に近い場所まで戻った所で立ち止まり、一体何をしていたのかとふっと意識が浮上する。そうして、再び薬を受け取る為に極楽満月の方へと足を向けるのだ。これは2度目の時に、白澤と共に出ていった鬼灯を追いかけた事で判明した。

これで5度目。
次を合わせると1日6度も、意識の無いまま店を往復している事を鬼灯は気づいていない。気づいていない所か、記憶すら無い。
今やりとりした言動や飲んだお茶の香りや味、兎さんとのモフモフタイム、菓子が食べにくい事も全て忘れてまるで今日初めて来たかのような態度を取る。
もちろん演技でも嫌がらせでも何でもなく、本当に覚えていないのだ。
そうなる引き金は鬼灯が白澤を意識した瞬間なのだと、散々疑っていた桃太郎は漸く理解した。

本当は知りたく無かったなぁと、もう一度ため息を吐き出すのは、師匠の問題事に自分が巻き込まれてしまう事が確定してしまったからだ。

「白澤様」
「……」
「アンタの話、信じますよ」
「…うん」
「鬼灯さんに、なんて事してくれたんですか」
「……うん、そうだね。ごめん」
「謝るなら、鬼灯さんに言ってください」
「……うん」

カウンターに伏せり落ち込んでいる師匠がぐうの音も出ない様子で情けない顔になる。
その悲壮感たっぷりの顔を見ると怒る気力も沸いてこないのだから、もう仕方の無い事だ。

”地獄の第一補佐官が呪いにかかっている”

最初その話を白澤から打ち明けられても桃太郎は素直に信じる事が出来なかった。
告げられたのは数日前、しぶる師匠を連れて閻魔殿に行き、喧嘩中である二人の仲を取り持とうとしたにも関わらず土壇場で師匠が逃げ出した後の事。

「はあ?何言ってんですか。いい加減にして下さい」
「だから!あいつの視界に僕がいても気がつかないし、声も聞こえなくなってるの!」
「それは…良かったじゃないですか」
「良くないよ!!!」

鬼灯に会いに行くと駆けて行った師匠を見送った時には、ようやく関係を改善する気になったのかと閻魔大王と共に安堵していた。
それなのに、戻ってきた鬼灯に問うてみれば白豚には会っていないと答える始末。

あ、逃げやがったなあのロクデナシ。
最初にそう考えるのは当然の事で、無理矢理何とか電話という形で二人を繋いだものの、桃太郎は内心非常に怒っていた。
自分に嘘をついた事も理由の一つだが、そんな事よりも、あれ程うじうじと悩んで問題の解決を望んでいたのは白澤自身のくせに、いざ対峙する気になったのかと思えば直前で敵前逃亡した事が何よりも腹立たしい。文句の一つも言わないと気が済まないと心に決めて怒り心頭で広い閻魔殿を探し回り、金魚草の庭で体育座りのまま蹲っている師匠を見つけ出した時に打ち明けられたのだ。

「本当なんだ。僕の事をアイツは認識出来ない。目の前にいても声をかけても、アイツは僕だと気がつかない。僕のせいなんだ。僕が…、僕がアイツに呪いをかけちゃったから!」
「何でそんな事する必要があったんですか。ていうか、それが原因って分かっていたならここ最近の白澤様の挙動不審っぷりは何なんですか!鬼灯さんに会いたくないからって適当に嘘を付いているんじゃないんですか?」
「嘘じゃない!僕だってこんな事になるなんて思わなくて。…軽率だったよ。本当に反省してる」
「白澤様って鬼灯さんの事、大嫌いだって言ってましたよね。鬼灯さんが白澤様の事を分からなくなって、本当は清々してるんじゃないんですか?」
「違うんだ!アイツの事はそうじゃないんだ!お願いだよ。桃タロー君に協力して欲しいんだ。僕はアイツの呪いを解かなきゃいけない!!」

実は…。そう切り出されたその話は何とも真実味の薄い作り話のように聞こえた。逃げた事に対しての適当な言い逃れだと思ったし、最初は信じなかった。
それでも必死に食い下がる師匠の、あの説破詰った表情は嘘を言っている風には見えなくて…。

「それがもし本当だとして…、それで俺は何をすれば良いんですか」

何度も助けを請うてくる上司を前に最終的には折れて従ったものの、それでも桃太郎は半信半疑だったのだ。
だってまさか。そんな心境だ。
能力はあってもセンスがまるで無い上に、呪いというマイナスイメージの単語が全く似合わない桃源郷の残念神獣と、精神力も戦闘力も桁外れな地獄の鬼神だ。生半可な呪いなんて裸足で逃げ出すイメージの鬼灯に、一体どうやって呪いをかけたのか。かける事が出来たのか想像がつかない。
いや、ここは仮にも神獣だったんですねと関心するべき所なのだろうか。

「僕から鬼灯に何を言っても駄目だったんだ。だけど、桃タロー君からなら大丈夫だと思う。僕とアイツが対峙している時に、アイツに指摘して欲しい。僕が白澤なんだって」



それから幾日か過ぎた頃。鬼灯が薬を取りに来る日…即ち今日の事だ。
店にやってきた鬼灯はカウンターに立つ師匠の姿を全く無視していた。いくら白澤が声をかけても無関心。
いつもの通り、桃太郎とは椅子に座って兎を撫でつつ世間話をするものの、店主に対してはフル無視。
聞いてない訳では無いが、反応は普段の1割も無い程で、もちろん言い返したり暴力を振るったりガンを飛ばしたりも無い。

「静かすぎて…気持ち悪いですね」
「でしょ!!」

こっそり耳打ちして話す間も、鬼灯の意識は桃太郎か兎のどちらかにしか反応せず、ついに桃太郎は言ってみたのだ。
白澤様はここにいますよ、と。
そうすれば、きっと「知っています」と普通に返答があるだろうと思っていた。わざと無視して師匠の悔しがる顔をせせら笑うだろうと…思っていたのだ。

「……」

そして確かに、その言葉をキッカケに鬼灯は反応を見せた。
白澤を認識したのでは無い。突然ふらっと店を出て行ったのだ。
桃太郎の声すら聞こえていない様子に面食らったのは白澤の方で、桃太郎は茫然と鬼神の背を見送る事しか出来なかった。

「…何?どうしたのアイツ!!」
「知りませんよ!怒って出て行ったとかじゃないんですか?」
「それは違うと思うけど…やっぱり駄目かなぁ?桃タロー君の指摘だけじゃやっぱり失敗かなぁ?」
「いや、俺に聞かれても…」

上司が喚くのを見ても奇妙な素振りを見せる鬼灯を見ても、桃太郎はこれが「呪い」によるものだとはまだ信じられなかった。
呪いでなくとも無視したり聞かなかったフリをしたり、他人に自分の胸の内を悟られないよう振る舞う事は誰にだって可能だし、特に鬼灯ならば職業柄そういう事も得意だろう。
嫌がらせの為に一晩かけて地獄まで落とし穴を掘るくらいだ。徹底的に無視を貫いているという可能性を思考から除外するまでには至らない。
嘆く上司を横目に、受け取らなかった薬をどうしようか考えていた時だった。


「こんにちわ、桃太郎さん」

何食わぬ顔で戸口に立っていたのは先程出て行った鬼灯だったのだ。
それからは何度繰り返しても同じ事で、それに比例して白澤の落ち込み具合も酷くなってゆく。変わっている事があるとすれば、鬼灯が店を出て再び戻ってくるまでの経過時間が最初よりも長くなっている事くらいか。
そうして、これから6回目。
これまでも術を変え策を変え思いつく限りのキッカケを作ったが、どれもが失敗に終わっていた。白澤を鬼灯が一瞬でも認識した段階で、思考や意識がまるで機械か何かがフリーズした時のように止まってしまう。
真上だった太陽は今ではもう山の向こうに隠れる時間帯になってしまい、今日の終わりを告げるかのように山へと帰ってゆく鳥達が名残惜しげに鳴いている。

「こんにちわ、桃太郎さん」
「いらっしゃいませ、鬼灯さん」

開かれていた戸から声がする。
ああ、今度はどうしよう。そう白澤の方へ目線を向けるが、カウンターに伏せったままの白澤は恨めしそうに鬼灯を睨み付けるだけだ。
とりあえず、決められた台詞を口に乗せてみる。

「お茶はいかがですか?」
「いえ、遠慮します」

何故だか腹が膨れて何も入りそうにないのだと、お腹をさすりつつ首を傾げる鬼灯の言葉に、桃太郎は洗い終わっていた茶器を棚へと戻した。
そりゃそうだ、だって今まで5杯も茶を飲み菓子を食べたのだからいくらなんでも腹は膨れるだろう。そう突っ込みたいのをぐっと堪えて、つとめて平静を装う。

「すみません、こんな時間なのでゆっくり貴方を撫でる時間が無いんです。もっと早くにお邪魔したかったのですが…」
「お忙しかったんですか?」
「いえ、今日は休みで…昼頃に地獄を出た筈…なんですが…」

今日一日の行動を頭の中で振り返る鬼灯は、首をひねりながら酷く曖昧に答える。
モフモフが足りませんと、残念そうにカウンターの兎に声をかけて白いふわふわの頭を撫でる鬼灯を横目で見つつ、桃太郎は用意していた薬袋を手に取った。
声をかけられている兎は鼻をひくつかせるだけ。今日散々鬼灯にモフられまくっているという事実を、撫でた本人だけが覚えていない。

昼に来た時には、午後から読みたかった和漢薬の資料があるのでそれを読みつつ、新しい薬の調合を試してみるのだと話していたのを思い出して、桃太郎はその時間を丸々潰してしまった事を心の中で謝罪した。

「そういえば、白豚は今日も花街ですか?」

その言葉にチラリと師匠の様子を伺えば、もう今日は止めようというジェスチャー。

「…ええ、そうですね」
「チッ、金を落としてくれるのは歓迎なんですが、度が過ぎやしませんかあの淫獣は。次に会ったら即ミンチコースだと伝えておいてください」
「分かりました」

代金を桃太郎に手渡し、今度こそ薬を受け取った鬼灯は普段通りの様子で店を後にした。それを見送った桃太郎は白澤に視線を戻す。
頭を抱える師匠はぶつぶつと何かつぶやきながら熟考を繰り返すだけ。今日の試みが失敗に終わった事に桃太郎は肩を落とすだけだ。
もうここまで来るともう桃太郎がどうにかできるレベルではない。

「次は、どうしましょうか…」
「今考えてる」
「神獣の力で、鬼灯さんの呪いを浄化とか消滅させたりとか出来ないんですか?」
「そんな術ができるならとっくにやってるよ。鬼封じとか攻撃系の護符とかで外側を何とかするならともかく内側だからね。…僕は知識や力はあるけど、それを使いこなすのは苦手なんだ」

そういえばセンスが無いと前に誰かが話していた事を思い出す。
中国妖怪の長と云われるだけあって力は相当にある白澤にはそれを使いこなすセンスが無い。もし呪いを消滅させる為に大量の神気を送り込んで内側から呪いの札を焼こうと試しても、うっかり鬼神の中の鬼火や外側の肉体まで一緒に消滅させかねないのだという。
例えその方法が存在し、白澤が実行したとしても奇跡が起こる可能性は蜘蛛の糸よりも細く、安易な考えでそれに縋りつくわけにはいかなかった。

「自然に元に戻る事は無いんですか?」
「本当はその筈なんだけど…。あ、ちょっと僕今から出かけてくるから、片付けお願いできるかな」
「分かりました」

そう言い残して直ぐ様店を飛び出して行く師匠は、先程出て行った鬼灯を追いかけたのだろう。
ここ数日、花街に行く暇も惜しんであの鬼神の様子を観察しているのだという。
認識されないからいっそ堂々と尾行できるのだと話していた上司に、アンタは新手のストーカーかと突っ込みを入れたくなった程だ。

扉にかけてある札を「本日終了」に掛け替えた桃太郎は、兎達と店の中を片付けつつ不毛な師匠の事を思い、溜まりに溜まってゆく注文の事をもう考えないようにした。



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