神獣の呪いと鬼神の想い人について 弐
地獄門をくぐれば、そこは真っ黒な雲が空を覆う灼熱の地獄だ。
ゴツゴツとした岩場や大きく裂けた亀裂からどす黒い炎が吹き上がり、まともに葉を付けている植物など皆無。
亡者の悲鳴が響き、濃い血の匂いが充満するおどろおどろしい世界。
「今日ぉ〜のお昼は〜、唐揚げ〜定食〜♪」
注文した特盛りの御膳を手に、遅めの昼食を取るため食堂に入った閻魔大王は、何処へ座ろうかと室内をぐるりと見渡した。
お昼の繁盛期にくらべれば、もう食事を取っている獄卒も少なく、全体の2割も埋まっていれば良い程である。
「あれ?」
何となくいつも座る辺りへと足を運べば、こんな所に居る筈が無い部下を見つけて声を思わず掛けたのだ。
「君も此処で食事なのかい?」
テレビが一番良く見えるいつもの席に座っていたのは腹心の部下、鬼灯である。
閻魔大王の声に顔を上げた彼は、さっき口いっぱいに頬張ったお握りをもごもごさせているようで返答は無く、咀嚼する口元を隠すようにして頭を下げた。
空いていた正面の席に腰を下ろした閻魔大王は、鬼灯の前に広げられたお昼のメニューを見て更に首を傾げた。
ちなみに自分が今持ってきた御膳には、大盛りごはん。キャベツの千切りが添えられた山盛りの唐揚げ。味噌汁とコーンがかかったサラダ。今日のおススメ定食である。
「君、外出ついでに白澤君の所でお昼食べるって言ってなかったっけ?」
昼前に、彼はそう言って外出したのだ。
食堂でテイクアウトしたお握りを持って、桃源郷に出かけて行った筈なのに、彼はそのお握りを今食堂で広げているのだから、これはどうした事だろう。
既にテレビ画面に視線を戻している鬼灯はゴクリと喉仏を動かして大きな一口をようやく飲み込んだ。
「…、ええ。そのつもりだったんですが」
手についた米粒を舌でペロリと舐め上げた鬼灯は、大王の定食の付け合せの味噌汁に手を伸ばし、ひょいと引ったくる。
「ああっ、儂の味噌汁。酷いよ鬼灯君〜」
「これで少しは痩せたら良いんです」
ずずっと味噌汁を啜った鬼灯は、憎らしいと言わんばかりの顔をして脇に置いていた極楽満月の薬袋を睨んだ。
「…居なかったんですよ」
本当に使えない白豚だと舌打ちしながら小さく愚痴った鬼灯は、もう一つのお握りを再び大きく口を開けて頬張りながら、付け合せの沢庵をボリボリと噛む。
「それは残念だったねぇ」
機嫌悪く食事を続ける鬼灯の様子を眺めて、閻魔大王はふんわりと微笑む。
昨日の事があったから、仲直りという名の喧嘩をふっかけに行っただろうに。またあの神獣は花街にでも出かけているのだろう。
常にふらふらしているイメージのある白澤と、仕事中毒の部下の遭遇率はあまりよろしくない。
それでも、暇を見つけては桃源郷に足を運ぶ様子を見ていれば、なんとなく分かってしまうものがあるというものだ。
手や口が先に出るのは照れ隠し。その事を身を持って理解している閻魔は、目じりの笑い皺を更に深くする。
微笑ましい…そういう心地になってしまうのは、彼が部下を超えて息子のような存在になっているからだろうか。
「ほら、こっちの唐揚げも少し分けてあげるよ。お握りと味噌汁だけじゃ足りないでしょ」
「…いただきます」
頬についた米粒を取ってやりながら、閻魔大王は少し拗ねた様子を見せる可愛い部下の頭を撫でてやった。
「何ですかキモイです」
「ええー、儂は慰めてあげようと。わぁぁ食事中は金棒禁止!!禁止ーっ!!」
「慰めていただく事など何もありませんが?…もしや私が出かけている間に何かありましたね?」
「いえ何もアリマセンー!」
「から揚げ全部戴きます。後で書類の不備が見つかったら…分かっていますね…?」
「あああ!!さりげなく儂の定食のメインがー!!じゃぁこのサラダのコーンも食べなさい!!」
「…チッ」
「そんな目をしても駄目ー!好き嫌い駄目ー!」
和やかな昼食は続く。
その場で食事を取っていた他の獄卒はそんな二人の遣り取りを恐々と見守っていたのだった。
何かが少しづつ変わってゆく。
その変化を、…未だ誰も気が付かないでいた。
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