神獣の呪いと鬼神の想い人について 弐




作り終えた薬を小分けに纏めて注文通りの数量をひとまとめに袋へ入れ、目立つ場所に注文者の名前を記載して、配達するものと置いておくものとに分けて所定の位置へと収める。
箱一杯になった薬袋を棚に戻して、ようやく一段落ついたと桃太郎は大きく息をついた。

これなら予定よりも早く配達に出かけられそうだ。
色々回って戻るついでに仙桃の様子を見て、時間があるようなら軽く芝刈りをして帰れば、ちょうど良い頃合になるだろう。
夕方までの予定を考えながら周囲を見やれば、兎達が未だ忙しく薬草をすり潰し続けていた。
次いで白澤の様子を窺うが、今は難しい顔をして生薬らしい何かの根と睨めっこを続けており、桃太郎の視線には気が付いていない。

時計を見れば昼食の時間を少し過ぎている時間帯。
声をかけるべきかどうしようか迷うのは、妙にやる気になった師匠が怒濤の勢いで仕事をこなしているからだ。
既に今日作る予定の注文は先ほど袋に詰め終わってしまっている。それどころか、”何かノってきた”と言い出した男が翌日の注文分まで手を出す始末で、今大鍋で煮込んでいるのはまだまだ先の予定のものだ。

本当に忙しい時を除いて、普段なら一日かけて作業したとしてもその日の仕事の半分も終われば良い方だろう。
弟子達の教育もかねて順序立てて説明しながら作る時もあるのだから一概に怠けている訳では無いとは分かっているのだが、それでも日々どれだけこの男が仕事に手を抜いているかが分かってしまって、桃太郎は素直に喜ぶ事が出来ない。
今日のヤル気を少しでもいいから日々の生活で発揮してくれたなら…。そうモヤモヤと湧き上がる複雑な感情を気にしない振りをするのが精いっぱいだ。

どういう風の吹き回しかと云えば、チラチラと店の出入口を気にしているのがモロバレである。思い返せば今日一番最初に作り終わったのもあの鬼の注文だった。
昨晩の飲み会での事を聞いてきた事といい、午前中の仕事熱心ぶりといい、恐らく彼なりに罪悪感を感じているのだろう。
何かしていなければいつ来るかとソワソワしてしまうからという理由で日頃怠けている仕事が捗っているのだろうと勘ぐるのは容易い。

(もっと素直になったら良いのに)

きっと会えばまた喧嘩を繰り返すのだろう。
それはもう挨拶を交わすが如く口喧嘩に殴り合い。最後は此方がひやりとする程の暴力で師匠が瀕死の状態で床に這い蹲るまで繰り返し、それに満足した鬼が帰ってゆくのだ。
自分が芝刈り要員として此処に世話になる前までも、それこそ何百年とこの遣り取りを続けてきたのかと思えば新参者の己が何か出来る訳でも無いのだが…。なんというか、見ていて歯痒い心地になってしまうのは如何しようもない。
鬼灯の方は分からないが、白澤が口で言うほど鬼灯の事を嫌っている訳ではない事は分かっているつもりだ。
理不尽といえる暴力に付き合って、姿を見れば声をかけ、納期を知っている上であえて作らない。
トラブルを回避しようと思えばたやすく出来るだろうに、むしろ好んでいがみ合うキッカケを作っているのではないかと思う程。本当に心から嫌悪する相手に対して、知識の神獣ともあろう神がそんな事をする筈が無いではないか。


「白澤様。そろそろお昼にしませんか」
「えっ、もうそんな時間!?ごめんごめん、なんか集中しちゃってて。休憩しよう!」

真剣な顔つきから普段の表情へと戻った白澤は、慌てて兎達にも休憩を促しつつ、席を立った。
机の上には、難しげな書類が拡げられている。挿絵を見る限り何かの薬の調合らしいが、書かれている文章は桃太郎には解読出来そうも無いものばかりだ。

凝り固まった肩を解すようにう〜んと伸びをした白澤は手近な兎を抱き上げて撫でながらお昼は何かと聞いてくる。その姿は穏やかなもので、本当に…なんであの鬼とだけは相容れないのか不思議に思うのだ。

「朝収穫した野菜で炒め物でもしましょうか」
「うん、お願いね」

食事・掃除は基本的には桃太郎の役目だ。
たまに勉強の一環も予て白澤が腕を振るう事もあるが、師匠の世話は弟子の役目であるからして、確か昨日切った漬物が冷蔵庫に入っていた筈だと色々と献立を考えながら、桃太郎は店先の”営業中”の札を”準備中”に変える為に一旦外へ出る。

戸を開けば、外の穏やかな風が店内へと吹き抜けた。
爽やかな陽光に新鮮な空気。今日も本当に良い天気だ。
至る所に、昼食中らしい兎達の姿が草木に隠れてちらちらと白い耳が動いているのが見えるし、若草は鮮やかな緑色の葉に陽光を受け小さな花を咲かせている。
2日前に種付けした土からは可愛らしい新芽が顔を覗かせているし、この調子ならきっと大きく成長してくれるだろう。

「…あれ」

ふと、遠くにパステルカラーの桃源郷に似つかわしくない色を目に留めて桃太郎は声を上げた。
ゆっくりと近づいてくるのは赤の刺色が入った真っ黒な着物を纏う長身の男。誰かと考える必要すら無い見慣れた姿に、桃太郎は準備中に掛け替えていた札を再び営業中に戻した。

「白澤様ー、鬼灯さんがいらっしゃいましたよ」

今日くらいは穏やかに会話が成立すれば良いのだけれど…そう祈りながら店の中で寛いでいる師匠に来客だと声を掛ければ慌てて立ち上がった音と、その拍子に何かを落して声を上げる様子が聞こえてくる。
ああ、まだ心の準備が出来てないのか。

「こんにちわ、桃太郎さん」

普段と変わらず金棒を肩に担いで訪ねてきた鬼灯は、ぺこりと頭を下げた。先端にひっかけてある金魚草をあしらった風呂敷からは書類や何やらが見え隠れしていて、金棒の重量と併せて相当重そうであるのに、本人は全く気にする事も無い。

普段なら問答無用で金棒で扉を粉砕するか、足で蹴って張り倒すのだが、今日はコチラが先に気が付いて待ち構えていた分、扉の被害は回避出来たらしい。良い傾向だ。

「いらっしゃいませ、薬の受取ですよね」

店内に入るように促しながら自分も店に戻れば、今日散々鬼灯が来る事に対して意識していた白澤は何故か後ろ向きで大鍋をかき回していた。
もちろん中身は出来ているので、もう混ぜる必要など無いのだが…。
ぎこちない仕草で無関心な振りをしながらも、入って来た鬼灯をチラリと盗み見たと思えばすぐに背を向けてしまう。ああもう、しょうもない師匠だ。

「出来ていますか?」
「ええ、持ってきますのでちょっと待って下さいね」

その言葉にピクリと白澤の肩が跳ねる。
きっと「どうだ、納期通りだろう!流石だろう!」と自慢したいのだろうに。…妙な事を考えずにそのまま口に出してしまえばいいのに、何の意地を張っているのだろう。

鬼灯の方と云えば、店に入るや否や師匠に罵詈雑言や、一発殴ってご挨拶…という普段の先手必勝は無く、足元にすり寄ってきた兎を膝に抱えて椅子に座って大人しく待っている。
白澤は白澤で声をかけるタイミングを計っているようで挙動不審になりかけているし、その様子に関心を寄せる事も無くひたすら兎を撫でている鬼灯との距離感が妙に怖い。

「あ、桃太郎さん、お茶は結構です。薬を受け取ったら直ぐに帰ります」
「そうですか?もしお昼がまだでしたら今から丁度作る所なので、一緒にどうかと思ったんですけど」
「ちょっと!桃タロー君!コイツと食事なんて嫌だよ!!」

うっかり声を上げてしまった白澤が、しまったという顔をする。
チラリと鬼灯の方を窺い、目が合う。
普段ならば「この牛と一緒の食事なんて私こそ願い下げです」と言う言葉から始まって、尻揚げ足取りに発展。鬼灯の金棒で殴られて粉砕した机もろとも床に沈んだ師匠を更に踏みつけた鬼が「桃太郎さんが作って下さる食事なら戴きます」と答えて、賑やかな食事風景が始まって…そう桃太郎は期待していた。
そうすれば、白澤が昨晩の非礼を謝罪する良いキッカケ作りになるのではないかと思っていたのに。

「いえ、急いでいますので…せっかくお誘い戴いたのに申し訳ありません」

白澤から目を反らし、桃太郎に謝罪する鬼灯の反応に、桃太郎だけでなく身構えていた白澤さえも言葉を無くしてしまうのだ。

「これお代です。またよろしくお願いします」

懐から取り出した財布から金額通りの紙幣を桃太郎に差し出すと、薬袋を受け取った鬼灯はぺこりと頭を下げて店を出て行った。
何一つ暴言も暴力も無く、出て行ったのだ。

「ちょっ…オイ!」

慌てて後を追って戸口まで駆けた白澤に、鬼灯が振り返る。

「何だよ闇鬼神、体調でも悪いのかよ」
「…いえ、別に」

白澤を見る鬼灯は苛々している様子も無く、機嫌が悪いという事も無い無表情。いたって普通。
普通過ぎて逆におかしいのだが…。

そのまま何も返さない白澤に興味を無くしたのか、背を向けて帰り路を歩く鬼灯の背を、白澤は見えなくなるまで茫然と見送っていた。


「何アイツの態度!!本ッ当ムカつくな!!僕がせっかく納期通りに作ってやったのにお礼の一言も無いってどうよ!!糞常闇鬼神!朴念仁!!仕事中毒!!!」
「いや、納期通りに作るのが普通ですって。けど、今日の鬼灯さん何か変でしたね。仕事が忙しいんでしょうか…」

地団駄を踏む師匠を宥めながら、もう一度店の札を”準備中”に戻した桃太郎は、首を傾げる。
本当に、こんな2人の様子を見るのは初めてだ。
顔を合わせて店の備品が壊れなかったのも初めてだし、暴力が発生しなかったのも初めてだ。
白澤の様子が変なのはまぁ通常運転だとしても、鬼灯のあの無関心っぷりはどうなのだろう。
やはり、意識して無視をしているとしか考えられないのだが、それを考えれば考える程に昨晩のやりとりを思い出してしまう。

想い人がいると語った鬼灯を白澤が嘲笑った。
それが、鬼の地雷をガチで踏んでいたとしたのなら、未だに怒りが収まっていないという事も十分に考えられる。

散々文句を言って騒いでいた白澤が、力なく机に伏せるのにそう時間はかからなかった。

「…やっぱ、怒ってるのかなぁ…」

嘆きだした師匠の呟きが微かに耳に聞こえて、苦笑を浮かべるしかない。やはり同じ事を考えていたらしい。

「ああああ、やっぱりめちゃくちゃ怒らせちゃったんだ!どうしよう桃タロー君!!」
「俺に聞かないで下さいよ」
「だって…、僕だってあんなにアイツが怒ってるの初めてで…無視とか…初めてで、うわぁぁあどうしたらいいんだよー!」
「次に会った時に、ちゃんと謝れば許してもらえますよ」
「…うん…」

(本当にそうだといいんだけど)

縋り付いてめそめそと落ち込む師匠を宥めながら桃太郎は思う。
鬼灯は真面目だ。吹いたら飛びそうな程不誠実なこの師匠とは対比に在る程。例え怒ったとしても翌日にはケロリとしている白澤と違い、もしかしたらとんでもなく根に持つタイプなのかもしれない。
そうだとしたなら、しばらくは怒りが収まるまでそっと見守る事しか出来ない訳なのだが…。

くっ付いて離れない師匠を引きはがして、昼食の支度をすべく桃太郎は台所へと向かう。
袖が濡れないように襷掛けをしようと、懐から紐を取り出した時だった。

「あれ?」

衣服の右腕の辺りに付いた染みが、緑色の服に黒く付着しているのが目に入る。
指先で触れてみれば、じっとりと濡れて張り付くソレはまだ新しく、鮮やかな赤色。

「白澤様。怪我でもしてます?」
「え?僕何もしてないよ」
「だって…ほら。あ、そこですよ血が」

床にパタリと落ちた一滴の赤。
見れば、白澤の左手から血が滴っていた。

「あれ?」

不思議な顔をする師匠の手を取って見てみれば、掌の傷口から鮮やかな血が流れているのだ。
茫然と見るだけの師匠に焦れて布で軽く拭き取ってやれば、そんなに酷い傷ではないようだが、ぱっくりと裂けた皮膚が痛々しい。
神獣の肌なのだから気にする事も無いのかもしれないが、掌は仕事上よく使う箇所だ。応急処置として包帯でも巻いておこうかと、救急箱を取り出した。

「…何でだろう…」

桃太郎が包帯を巻いてくれるのを大人しく眺めていた白澤は、首を傾げてポツリと呟いたのだった。



 1 / 2 / 3 


【 戻る 】

Fペシア