!注意!
このお話は過去に行った裏アンケートで1位になりましたリーマンパロ設定になっています。
前半では裏な展開になる事はありませんが、後々そういった展開になりますので、苦手な方はご注意ください。














「夕方から突如降り始めた雪は止む気配無く、強風も加え猛吹雪になっております。高速道路は一部交通規制をー…」

イヤホンから聞こえるニュースの音声は、繰り返し現在の気象情報を伝えている。
スマホの画面に映し出されている降雪図の真っ赤に染まる地域ど真ん中は、今まさに自分がいる辺り。
朝出かけに流し見た天気予報では崩れるという事は全く言って無かった筈だ。それなのに一体何だこの天気はと恨めしく思っても、意識して確認したのは関西の地域だけ。
それ以外の、通過するだけの地域をチェックしていなかったのは自己責任なのだ。




【 乗り合わせ 】




入社2年目の営業である恋次は、日帰り出張の為に朝早くから関西を訪れていた。
始発で到着し、支社や取引先を回り打ち合わせや挨拶を済ませ、その日の内に東京の本社に戻るというハードスケジュールである。
夕方、新大阪の駅に到着した頃はまだ雲の隙間から太陽も覗いていたし、気温は低いものの雪はおろか雨すら降る気配は無かった。全国的に寒波が訪れるという事も聞いておらず、至って普通の冬の空といった感じだった。

通常ならば19時過ぎには東京に到着し、本社に寄ってレポートを書いたら21時までには家に帰れる予定でいたのだが。腕時計を見れば現在19時30分を過ぎた所で未だ新幹線の中。
…どうやら現実は巧い具合にはいかないようだ。

窓の外は景色どころか街灯の明かりすら隠してしまいそうな程の猛吹雪。
歩いた方が早いのではないかと思えるほどの低速で進む新幹線の車内は、落ち着いて下さい。しばらくお待ち下さいという車掌のアナウンスが繰り返し流れている。
ワンセグ表示にしたスマホから流れる気象情報のニュースは、視界不良で起きたらしい高速道路の玉突き事故の映像が繰り返し流れるか、新人アナウンサーが強風と雪に凍えながらリポートする様子を放送するだけで、有益な情報は得られない。
次いで開いたJRのホームページには「吹雪の為全線運行停止」の赤い文字が並び、この地域は在来線すら止まってしまったのだという悲惨な情報を知らせるだけに終わってしまう。
ざわつきが次第に大きくなってゆく様子を眺めながら、恋次はどうする事も出来ない状態に溜息を吐いた。


暖房の効いた明るい車内とは対照的に、窓の外は通路側に座る自分の姿と背景がガラスに反射する以外、暗闇と窓を打つ雪しか映さない。
記録的な大雪だと報じられているその中心にいるのだから、外は一体どれ程積もっているのだろう。僅かな窓枠の凹凸に引っかかる綿雪は、どんどん嵩を増す一方だ。

強風で時折揺れる車内は僅かにでも駅に向かって進んでいるのだろか。それとも進んでいると思うのは錯覚で、もうとっくに動かなくなってしまったのかもしれない。
もしかして、このまま線路の上で立ち往生したまま車中泊決定で、朝のニュースや新聞の一覧にでも小さく載るのかも。
風呂にも入れず夕食も食べれない状態で座ったまま吹雪が落ち着くまで待ちぼうけ?

(うわ、最悪じゃん)

家族へ電話をかける者。疲れ果てて寝てしまった者。どうなっているのだと苛立ち、席を立つ者。
自分と同じように情報を得ようと携帯の画面を凝視する者。
騒然とする車内を見渡した後、恋次は再び横を伺った。

横には何度も見ている暗闇しか映さない窓があるのだが、今回は外を見る為にでは無い。
先程からその手前の窓際の席に座る人物が気になって仕方無いのだ。
通路側の席を割り当てられた恋次の隣、窓側の席に座るのは知り合いでは無い。偶然乗り合わせた仲というだけの、全くの他人だ。
普段ならば気にもならないし、気になったとしてもほんの一時の時間。すぐに興味など無くなってしまうものだが、今回ばかりは違っていた。

(優雅だ…)

その男だけは、周囲の不安や喧騒などちっとも感じない程の独特な雰囲気を持っていたからだ。
先ほど吐き出した絶望感に満ちた溜息とは別の息が思わず漏れる。
車内に閉じ込められて随分経過したが、喧騒とは無関係とでも言うのだろうか。
視線は手元の本に向けられたまま、ページをめくる度にゆっくりと動く指先ですら気品があり、見た目は恋次よりも少し年上といった所だろうに妙に落ち着いて見える。
長い髪を後ろで束ね洗練されたスーツに身を包むその姿は最初モデルか芸能人かと思った程だ。いや、自分が知らないだけで本当にそうかもしれない。
こんな人間が庶民な訳は無いではないか。絶対違うだろう。

「…何だ」
「あ、いや、…すんません。」

読書中で伏せられていた筈の視線が自分に向けられているのだと気が付いたのは、その声で我に返った時であった。
真っ直ぐに恋次へと向けられたその顔は整い過ぎるほどに美しく、甘いテノールの声が耳の奥で良く響く。

まさか気づかれるほどに眺めていたのだと自覚の無い恋次は、一気に跳ね上がる心拍数を気取られないようにするのが精一杯。
相手はイケメンという言葉では表現しきれない程の相当な美人。いくら人見知りしない性格だと言っても、緊張してしまうのは仕方の無い事ではあるのだが。
女性ならばともかく、同じ男である自分が「うっかり見とれていました」などとは口が裂けても言える筈は無く、居心地の悪さを誤魔化すように愛想笑いを浮かべたが、不快そうに眉を寄せる男から返答は無かった。
関心無さそうに再び手元の本へと落ちる視線までも目で追ってしまい、いくら何でも見ず知らずの人をガン見するのは失礼だろうと意識して違う方向を眺めてみても、やはり気になって仕方がない。

閉鎖空間で危機的状況に陥った場合、人は仲間を作り群れたがるものだ。
偶然お隣同士になった間柄だけだったとしても、今の不安を共有し少しでも安心感を得たいと思いたくなるものだというのに、先ほどからこの男は読書を続けるだけで、携帯を取り出し外部の情報を得ようとする所か、周囲の様子を伺う気配も無い。

「…、吹雪、止みませんね」
「そうだな」

「ポッキー、食べます?」
「……」

声を掛ければ返答が無い訳ではないのだが…。
ああ、お隣がもっと社交的な人だったら良かったのに。
気まずさを紛らわせる為にゲームでもしようかと、手元のスマホへ再び意識を向ければ、充電が残り10%を切ったという悲惨な事を訴えてくる始末。
もちろん充電器など持ちあわせている訳も無く、暇つぶしをする手段を絶たれた恋次は、無理やり寝た振りをするしかなかった。


(大変ご迷惑をおかけしております。当新幹線は、低速運転の後、次の駅に到着次第運行停止となります。つきましては、払い戻しのお手続きなどー…)


車内放送が鳴り響いたのは、それから更に1時間程経過した頃だった。
周囲から安堵の声が上がり、ピリピリとした空気がようやく落ち着いてゆくのが分かる。
何をする事も出来ず、かと言ってこんな緊張感の漂う車内では寝ようと思っても眠れるものでも無かった恋次は、ようやくこの空間から解放される事にほっと胸をなで下ろした。


「…つうか、次の駅って何処…?」

安心したのも束の間、次に皆一斉に思い当たるのは、宿泊の確保である。
見知らぬ駅で降ろされ、その場で動けずに1泊する事になった場合、ホテルの手配は自分で行わなければならない。
ビジネスホテルでも、民宿でも、最悪ネットカフェやカラオケでも良い。とりあえず一晩寝れる場所をと皆一斉に電話をかけ始める声が前後からボソボソと耳に入ってくる。それを聞いて初めて、恋次は自分も1泊する為の宿泊場所を探さねばならないことに気が付いたのだ。

現金は無いが、確かキャッシュカードはあった筈だ。慌てて財布の中身を確認した所で、恋次はぴしりと固まった。
その間にも、雪はどんどん降り積もり、暗い闇を僅かばかり明るく染め上げてゆく。

ざわつく車内の窓際で、読み終えた本を閉じて顔を上げた男は、慌てて鞄の中を探る隣の男を興味深げに眺めていたのだが、恋次がそれに気が付く事は無かった。




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