神獣の呪いと鬼神の想い人について 壱




両腕にすっぽりと収まる華奢で小さな背丈。
柔らかな体。甘い香り。
胸は大きくても小さくても好ましいし、小鳥がさえずるような高めの可愛い声もハスキーで色っぽい声も好き。
素直で初々しい感じも、妖艶で淫乱な感じも両方好き。

一緒にいてくれるだけでも癒されるし、それ以上の関係なら更に大歓迎だし、女の子なら僕は何だって大好きだ。
だから、そんな女の子を二人も両手に抱えて歩く僕は、最高に幸せな筈なんだ。

同伴の為に迎えに来てくれた女の子達と衆合地獄の入口で待ち合わせた後、軽く食事をするために適当な店に入って適度に酒が回った僕らはこれから彼女達の店で本格的に飲もうと考えていた。
そのまま部屋を借りて大人な時間に雪崩れ込むのも悪くないし、店を梯子して更に楽しむのもアリだ。腕を絡めて体を寄せてくるものだから、二の腕に丁度柔らかな膨らみが触れてテンションが上がる。
憎い鬼は今頃閻魔庁で書類に埋もれて忙しく働いてるんだろうし。ああなんて良い気分!!
それなのに。

「げっ!」
「白澤様?どうなさったの?」

視界の端に映ったアレを知らない振りしてしまえば良かったのに、がっつり二度見してしまった1秒前の僕の目を潰してやりたい。
心配そうに声を掛けてきた右側の女の子に、何でもないと誤魔化してもう一度見れば、長身の背丈に鬼灯紋が描かれた漆黒の着物は見間違える筈も無い。あの闇鬼神だ。

ここは地獄なのだから遭遇する事は時々あるのだから可笑しくは無いのだけど、アイツだってずっと衆合地獄にいるわけじゃ無い。住んでる場所も働いている場所もまるきり違うのに、一日に2度も会ってしまうなんて何て運が悪い日なんだろう。
日頃なら先に気が付いた鬼が問答無用で金棒を投げてご挨拶してくるのだが、はるか前方を歩くアイツはまだ僕の視線には気が付いていないらしい。
人の流れにそってゆっくりと進む後ろ姿を視界に入れながら歩けば、ふつふつと沸いてくるのは数時間前に受けた非道数々の恨みだ。

今日だって納期時刻を少し遅れたという理由だけでどれだけの仕打ちを受けだろう。
出会い頭に店の扉を破壊され、殴る蹴るの暴行は数えるのも面倒になる程、僕の饅頭を勝手に食べるし店内を食堂扱い。帰り際のバルスで指の骨を折られた上に扉は直さず仕舞いで結局桃タロー君が修理した。
それも会う度々毎回だ。これを理不尽と云わずして何と言う。
そうだ、声をかけて仕事中のあの鬼に労いの言葉でもかけて遊んでやろうか。きっと徹夜に徹夜を重ねようとしてるアイツは疲労で酷い顔をしている筈だ。
両手に花を抱えてアフターを満喫する僕との差を見せつけてやるのも悪くない。

「あら、鬼灯様だわ。ほら、あのずっと前」
「本当ね、お仕事かしら」
「えー、僕がいるのに他の男の話なんてしないでくれる?」
「あらやだ、ごめんなさい」

今正に冷やかしてやろうとしていたのに左右の女の子がアイツの姿に気がついた途端、その衝動が失せてしまうのは何故だろう。
今にも水が溢れそうになっている池の底を抜いてしまったかのように、上昇していたテンションが降下してゆく。
彼女達だって花街で働いているのだから、アイツの姿なんてそんなに珍しくもないだろうに、僕を挟んで鬼の話しなんか楽しげにするからだろうか。少しだけ胸の奥がざわついてくる。

「けれど、女性連れなんて珍しいわ」
「ええ、本当に」

「え…女?」

女の子が指刺す方向を目をこらして見れば、周囲の人ゴミに時折隠れてしまって分かりにくいけれど、確かにアイツの隣には女の子。
ふわふわと柔らかそうにカールした黒髪はお香ちゃんよりも長く、背丈はアイツの肩にも満たないくらいの小柄だ。
明るめな色合いの着物と最近流行しているふわふわの飾り帯を付けている様子から後ろ姿だけ見れば若い女性のような印象を受ける。
顔や表情は見えないものの両腕が時折何かジェスチャーするように動くのを見る限り、会話は随分と弾んでいるらしい。

最初は獄卒かと思っていたが、次いで二人連れだって入って行った先は連れ込み宿が多く連なる細い路地。
それを一緒に見ていた左右の子が少し顔を赤らめて意味ありげに微笑み合った。
ここは花街。これ以上の詮索は野暮というものとでも云うのか。ああ、これでもう決定だ。

「…徹夜じゃなかったのかよ」
「え?何ですの?」
「何でも無いよ」

あんな極悪非道な鬼にも、デートをしてくれる心の広い子がいたという事がびっくりする。
本当に、明日槍でも降るんじゃないの?
亡者の大反乱とかどっかの国が攻めてきて大戦争とかになるんじゃないの?世界が滅んじゃうんじゃないの?
(何か、モヤモヤする)

結局その日の夜、2人を床に連れ込む気分にならなかった僕は、彼女達と別れた後も店を渡り歩き、独りでぐだぐだと飲み続け、酷い二日酔いに苦しめられて翌日桃タロー君に呆れられたのだった。



くそ、それもこれもアイツのせいだ。
本当に嫌いだ。大嫌いだ。

「白澤様、俺今晩はシロ達の飲み会に参加してきまー…」
「僕も行く!!!」

それなのに、またそれから数日後、桃太郎ブラザーズ+αの動物もふもふ飲み会に同行したその横で、閻魔庁メンバーの飲み会に遭遇してしまったのだから、本当に最悪だったのだ。
店の中は動物半分と獄卒半分に分かれいて、ほぼ閻魔庁連中の貸切状態といって良い。

「あ、桃太郎!!こっちこっち!!」

シロがきゃっきゃしながら桃太郎を引っ張り、閻魔大王が”せっかくだから白澤君も一緒に飲もうよ”と誘うものだから、店を変える暇も無く同席する事になったのは不可抗力だ。
もちろん険悪なオーラをビシビシ当ててくるアイツはいたけれど、もふもふの方に混ざって芥子ちゃんの柔らかな毛を堪能中だったからか暴力は無し。けど舌打ちして目ぇ反らしやがった。ムカつく。

(ふん、お前なんかと酒を飲む趣味は無いんだ)

向こうの席から笑いかけてくれるお香ちゃんへ一直線に向かうと、その横を陣取った。すると自然とアイツに背を向ける形になったのは良い事だ。
美人なお香ちゃんがお酌をしてくれるなら、まぁ良いか。
そんな事を浮かれた頭で思いつつ、並んでいた料理に手を伸ばしたのだった。






「…、やっぱり誠実な方が…」
「見た目は…」

あれか1時間だろうか、2時間だろうか。
ふいに耳に入った会話に、意識がゆっくりと浮上する。
あれ?どうして寝てるんだっけ…そう周囲を見渡せば、綺麗な女性の指先が肩に触れているのが目に入る。

(ああ、そっか。お香ちゃんの膝枕…)

酔いつぶれた挙げ句に彼女の膝を借りて、しばらく眠気に任せてうつらうつらしていたのだ。
ああ、やっぱ柔らかいし良い香りだ。何の香水だろうか。ふわりと着物から漂う女性的な香りが心地良く、もう一度眠ってしまいたくなる。
酔いはすっかり抜けていたが、幸せ空間から起きあがるの勿体ないからと暫く狸寝入りを決め込む事にして、周囲の会話に耳を傾ける。

「次は、桃太郎さんの番ですよ」
「え、俺は別に…」

どうやら、もふもふの一団と桃太郎を交えて恋バナをしているらしい。
好みのタイプを話せとけしかける外野に、桃太郎の気焦っている声が何だか面白くて、自然と頬が緩む。

「そういえば、鬼灯さんはどうなんですか?」
「あ、それ僕も知りたいー」

なんとか話題を反らそうと桃太郎が話を振ったのは、よりにもよってあの闇鬼神である。
その瞬間に、小動物と鬼畜と弟子の恋バナを珍しがってか、茄子と唐瓜、閻魔大王まで加わって場が一気に盛り上がった。
つうか、あの仕事中毒の闇鬼神に恋バナって本当に似合わないな。

「まぁ、私も男ですから」
「ほら、あの味噌汁の話とか有名ですよね」
「実際の所、好きな人はいたりするんですか?」

無関心を装って寝返りを打とうとした時だった。鬼の口から発せられた言葉に、僕の体は金縛りを掛けられたかのようにビシリと固まってしまうのだ。

「そうですね…、お慕いしている方なら」
「え!いるの?どんな人!!」
「鬼灯様恋人いるんですか!!」

「残念ながら付き合っていませんね。ずっと長い事片思い中です」
「えええ!!誰ですか!!」
「秘密です」

「駄目だよ茄子君。ワシが持ってきたお見合い話全部断ったくせに、相手が誰なのかいくら聞いたって教えてくれないんだよ」
「一方的にお慕いしているだけですから。聞くのは野暮というものでしょう」

ああくそ、なんかムカつく。
この飲み会の中で一番の盛り上がり所だと云わんばかりに周囲が囃し立てる。その沸き立ちっぷりが煩くて正直寝ていられないじゃないか。
涼しい顔して清酒を煽る鬼は周囲の声に対してずっと一定のペースを崩さずに淡々としている事も、余計癪に障るのだ。

「告白しないの?」
「…」

シロ質問にしばらく無言の鬼灯は、その柔らかな毛を撫でるだけだ。無視しているという風では無い。人影の隙間から見える横顔は困っているというよりは、幸せそうに微笑んでいるように見える。

「そうですね、機会があれば…想いを伝えられたら良いのですけれど」

ああもう、頭が痛い。
聞きたくない。耳障りだ。

「大丈夫?顔色が悪いわよ」

心配してくれるお香ちゃんの手を避けて、ふらりと立ち上がった。
起き上がった気配に此方へと顔を向けた鬼に向けて、嫌な笑みを作ってみせる。

「へえ、朴念仁に好きな人?うっわ似合わない!つか、思われてるそのコが可哀相!」

腹を抱えて大爆笑しながら叫べば、周囲がシンと静まり返った。ああ、お香ちゃんや閻魔大王まで引いているのに、何で此処で止めておく事が出来ないのだろう。
ここで何時ものように笑って冗談だと、一言謝ればそれで良いじゃないか。それどころか、ちっとも面白くないのに笑いが止まらないなんて。

「この、…」

鬼の傍にあった空の一升瓶が音速並みのスピードで飛んで来たと思う間もなく、頭部に物凄い衝撃が走って目の前が真っ赤になった。
意識を飛ばす直前に、視界の端に店を出てゆく鬼の背が見える。ああ、アイツが帰ってしまう。





次に目が覚めた時には、桃タロー君の背におぶられて桃源郷の帰り路を歩いている最中だった。

「今日の白澤様は酷いと思います」

冷静な声で桃タロー君に諌められて、目が覚めてない振りをして黙り込む。ああもう最悪だ。
普段ならこのタイミングで反省しているのに、それでも収まらなかったのは散々暴力を振るわれているストレスがもういい加減限界だったのかもしれない。
桃源郷に帰ってからも黒い感情は消える事なく、どんどんと溢れていく始末。

(アイツに、想い人)

ずっと長い事慕っている相手がいる。
「想いを伝えられたら良い」とはにかむように呟いたあの穏やかな声が言葉が、頭から離れない。
「秘密です」と答えた声が僅かに楽しげで、それがどれだけその相手との関係を大事に想っているかを如実に表していて。
馬鹿にした時のあの顔はいつもの理不尽な時のじゃなくて本気で怒っていたし、怒りに燃える瞳の奥が一瞬悲しく揺らいだのを見てしまった。

それもこれもきっと全部、あの時の女の子の事だ。
小さくてふわふわの黒髪ロングの女の子。
楽しそうに話を弾ませながら、一緒に路地に消えていったあの子。きっと鬼灯の大事な人。

鬼灯があの子に触れたり。
あの子が鬼灯に触れたり。
お互いに愛を囁きあったり、生涯の伴侶になったり?
(なんて気色悪い)

どうせプライベートよりも仕事を優先するアイツの事だ。もし両想いになったとしても長く続く筈無いし、相手の事をないがしろにするのは目に見えている。
そうだ。あんな鬼は仕事だけしていれば良いんだ!
あんな仕事狂いのドS闇鬼神はずっと独りがお似合いじゃないか。



気が付くと、僕は暗い店の中で明かりも点けずにとある木箱を引っ張りだしていた。
手探りで見つけて取り出したのは、グシャグシャになった汚い紙切れ。それを掴むなり店を飛び出して向かったのは先は地獄門。
息を切らして本来の姿から人型に戻った僕はアイツの掘った落とし穴以外の方法で、桃源郷から閻魔庁までの自己最高速記録を打ち立てた。

しんと静まり返った閻魔庁内は誰の気配も無く、鬼灯の紋が刻まれた目的の部屋の前に立ち、威圧感のある扉を音を立てずにゆっくりと開く。

一歩二歩とそろりと入室しても、中で眠っている鬼は起きる気配が無い。コイツは一度眠ったらなかなか起きない爆睡型だ。堂々としていても大丈夫なのは知っている。
肩まで布団を被って寝ている鬼灯は規則正しい呼吸を繰り返していて、起きている時よりも随分と違った印象を受けるのは今が完全な無防備状態だからだろうか。

(ああ、本当ムカつくなその顔。)

これは、完全な嫌がらせだ。
お前も一度痛い目を見れば良い。
悔やむんなら僕を散々コケにした非道の数々を悔やむがいい。

懐に入れていた札を取り出せば、静かな室内にカサリと紙の音が響く。
ヤツの机の上に放置してあった手頃な小刀を手に取り左手を目の前に掲げて宛いそのまま刃を引いた。
滴り落ちる血をその札にべったりと塗りたくる間に傷口は塞がってしまったが、これで充分だろう。

ジジッ…
書かれている文字が一瞬燃えるような淡い光を発したが音はさほど無い。
それを、未だ眠り続ける鬼の額へとそっと落す。
まるで虫食いのようにボロボロと穴を空けながら、やがて光が札全体を浸食する。鬼灯の体に溶けていくようにその札が消えてゆくまでを見届けて、すぐに部屋を出た。

結局、鬼灯が目を覚ます事は無かった。
誰にも悟られず知られずに、呪いは滞り無く発動したのだ。

後ろ手で静かに戸を閉めて、そのままずるずると扉を背に床へと崩れ落ちる。
してやった…そんな達成感も僅かにあるが、それ以上に高ぶる動悸で手足が震えた。

ああ、これであの鬼に一泡吹かせる事ができる。
なんて気分が良いんだ。なんて楽しいんだ。
僕には効かなかった呪いは、コイツには有効だという確証があったのだから尚更当然だ。
もちろん効果は折り紙付き。何といったって神獣の血だ。
大丈夫。何もずっと効果がある訳じゃない。その内何事も無かったかのように元に戻るだけだ。ちょっとした悪ふざけだ。

一時でも想い人を忘れたアイツを笑ってやろう。


「あはっ、はははっ」

誰もいない暗い廊下に自分の笑い声が、やけに大きく響いた気がした。



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