神獣の呪いと鬼神の想い人について 壱




「あら、随分と物騒なものをお持ちなのね」
「え?何が?」

EU地獄のNo2の人妻である彼女とあの話をしたのはどれくらい前だったろうか。

旦那さんがあの鬼神の所に仕事で行ってしまったからと訪ねてきたリリスを、自慢の中国茶とお菓子でもてなしていた時だったと思う。
漢方に触れ合う機会の滅多に無い彼女にとっては壁にずらりと並ぶ薬品の類はあまり興味をそそるものではなかった筈なのだが、その一つを的確に指刺して意味深に笑うものだから、ちょっとした話のタネにとその話題に乗った時の事だ。

綺麗にネイルが施された指先をピンと伸ばして刺す先に視線をやれば、部屋の隅に置かれた木箱が目に入った。
物騒、そう囁かれるようなものは入っていない筈なんだけど…と、それを箱ごと引き出して彼女の前に置いてみる。
その中身は空になった瓶、使用期限の切れた薬品、使い物にならなくなった薬草の切れ端、殴り書きのメモや破れた布、その他色々。主にゴミ箱行きになる一歩手前のものが無造作に入っているガラクタ箱だ。
そのまま不燃ゴミの日に出したって構わない程に不要な物を一つ一つ確かめるように机の上に並べていくと、とある紙切れを取り上げた時に彼女の瞳がキラリと輝いた。

「それだわ!」

ポンと可愛らしく両手を重ねて嬉しそうに微笑む彼女はあざといくらいに可愛くて、ちょっと鼻の下が伸びる。

「私、こういう類には敏感なのよ。ほら、その表面から漂う邪気が見えませんこと?」
「僕にはよく分からないなぁ」

紙切れを手に取った彼女は、まるで宝物か何かを見つけたかのようにじっくりと鑑賞し始める。
しかし、邪気とはまた物騒だ。吉兆の神獣の店にそんなものがあれば、確かに魔女であるリリスが気にかけるのも当然なのかもしれない。だけど素手で触れても何も分からないし見えないただの紙。もしかしたら全部の目を開けば何か視えるのかもしれないけれど、そんな労力使う気分でも無い。

それは長方形の紙に何か記号のような暗号のような文字が書いてあり、パッと見は中国で使うお札のようだ。だが文字の組み合わせはどちらかというと日本寄りだし、小さいがEU寄りの文字も見てとれる多国籍な紙切れ。手触りは古札とまではいかないものの、随分と前に作られた印象を受ける。全体的に茶色いシミのようなものが付着しているし、札としての状態は良いとは言えないだろう。


その紙切れー…というか、何なのか分からないものは最近手に入れたものだ。
購入したとか望んで手に入れたという訳では無い。つい数日前まで遊んでくれていた女の子に残念ながら振られてしまった時の事。
強烈な張り手と暴言のオマケ付きで彼女から最後のお別れを受け取った僕は、張り手の衝撃で壁に激突してからしばらく再起不能だった。
女の子にしては凄い力だったなぁと苦い顔をして立ち上がった時にはもう彼女の姿は無く、代わりに足元に残っていたのがその紙切れだったのだ。
見覚えの無いソレは恐らく彼女が持ち込んだのだと思う。うっかり落してしまったのか、押し付けられたのかは定かではない。
もしかしたら後々に取りに来るかも…そう思って捨てる事はせずに箱の中に入れたのだが、こんなに日が経過してしまったのならば、忘れ物という可能性はもう無いだろう。

暫くして机の上に伏せた其れから手を離したリリスは、飲みかけたお茶を一口啜ると、にっこりと笑った。
これを、どこで?
そう尋ねるから、最近付き合っていた女の子と別れた事。彼女が最後に残していった事を素直に告げれば、それはそれは楽しそうに声を上げて笑われたのだ。

「白澤様、これは”呪い”ですのよ」
「ええええ!!」


じゃぁ僕呪われてるの?不幸になるの?そう焦って聞けば、リリスは首を横に振る。

「残念ながらNOね。…うふふ、よっぽど白澤様の事がお好きだったのね可哀相に」

可哀相と同情する割には少々小馬鹿にしたような顔をする彼女の様子に、何が何だか分からない。

「リリスちゃんは、コレが何なのか分かるの?」
「もちろんよ。これはー…」




そのまま彼女が帰った後、机の上に放置されたその呪いと言われた物騒な札をもう一度手に取った僕は、それを屑籠に捨てる事なく元の箱の奥底に仕舞い込んだのだ。


「全く、くだらないね。僕の作った媚薬の方が何倍もてっとり早いのに」
「うふふ、女心は複雑なのよ」

それが彼女から聞いた事に対しての第一印象だった。
それを聞いた彼女は笑っていたが、最終的には押し付けていった女の子の肩を持ったのだから、女性というのは不思議が多い存在だ。

別に呪いたい相手がいた訳じゃない。
あんな面倒な効果何の必要性も無い。使う気も無い。
ただ、本当に何となく捨てなかっただけだ。
暇になった時にそっち方面の知識を深める良いキッカケになるかもしれないと、そんな事を思った気がする。

そんな些細な気まぐれだったから、日々忙しく仕事と女の子との逢瀬を満喫していれば仕舞いこんだその札の存在自体すっかり忘れてしまうのも自然な事で、おかけで1か月もすればもう記憶の片隅にも残っていなかったのだ。

…あの瞬間まではー…。






【 神獣の呪いと鬼神の想い人について 】





春真っ盛りの暖かい気温に咲き乱れる花々。
綺麗に芝刈りされて整備された土地の至る所にたわわに実を付けた桃の木が並び、吹き抜ける風は仄かに甘いのではないかと錯覚する程だ。

そんなのどかで穏やかな昼過ぎに突如響く爆音は、いつもの鬼が引き戸である筈の店の扉を前開き仕様に破壊した音である。

「ごきげんよう、白豚!!納期時間になりましたが頼んでいた薬は用意出来ているんでしょうね?」
「毎回戸を破壊すんじゃねぇよ馬鹿力!!ちゃんと直して帰れよ!!」
「予定時刻になりましたが」
「…が、頑張って今やってる。もう少しだから座って待ってろ」
「ろくでもない貴方の事ですから、どうせ忘れてたんでしょう?」
「煩いな!思い出しただけでも有難いと思えよ痛だだあだだだ!!」
「駄獣が、否定もしないなんてもう終わってますね。もう痴呆が始まりましたか耄碌爺」
「いい加減な事言うな知識の神獣を馬鹿にするのもいい加減にしろよこの朴念仁!!」

「はい、負け」
「くっそおおおお!!!」

ふいに始まるしり揚げ足取りは鬼の方からふっかけてくる事の方が圧倒的に多い。
それは出会い頭突然だったり、暇を持て余した時にだったり。何の脈絡も無く始まるものだから、心の構えが出来ない分不利なのは断然此方だ。しかもスケコマシだったり駄獣だったり色狂いだったりとバリエーション豊富な暴言に対して、朴念仁だったり闇鬼神だったり「ん」が付く単語が多い此方の勝率は更に芳しくない。
ああくそ、腹立たしいったらありゃしない!!
「あ、桃太郎さん、お構いなく」

桃タロー君が入れたお茶は素直に飲むくせに僕が入れる茶は絶対に飲まないし。
従業員のうさぎを許可無く勝手に膝に乗せてモフりまくるその手は優しいくせに。金棒でガツンと殴られて叱責されるのはいつも僕だけだ。

「ほら、ボーっとしてないで手を動かす!!」
「痛ってぇだろ!!手元が狂うから大人しく座ってろ」
「仕事を途中で抜けてきたので時間が無いんです。さぁ早くしろロクデナシ」
「ははーん、さては昨日も今晩も徹夜だな仕事中毒。こんな所で油売る暇があるんなら仕事の効率でも考えた方が良いんじゃ」
「あア゛!!??」
「ナンデモアリマセン」

不機嫌を更に最悪にした顔でメンチを切ってくる上に、八つ当たりに振り下ろした金棒のせいで床が抜ける。
毎回毎回この調子で、店中が破壊されて迷惑この上ない。ああくそ、アイツだけは本当に相容れない。

「よし出来た。桃タロー君、これ包んでくれる?コイツ用だから適当でいいよ」
「容量を1gでも間違っていたら値引きを要求しますよ白豚」
「桃タロー君がそんな事する訳ないだろバーカ!!」
「叶う事なら一度でいいから私、この豚の四体を分けてみたかったんですよー…」
「ぎゃぁあああ!寄るな鬼畜!!あああ助けて桃タロー君!!」
「はい、負けですよっと」
「痛い痛い痛い!!!!」

ああもう、ほら。桃タロー君がドン引きしてるじゃん。
あげく本当に仲良いですねとか引き攣った笑みを向けられるなんて心外だ!!
問答無用でコブラツイスト掛けられて関節外れるし、素手で僕の手足を引っこ抜こうとかどんだけだよ。

「あれ?僕が食べてた桃饅頭が無い…」
「それなら、どうしてもと言われたので此処にお迎えしましたが」
「此処ってお前の胃袋か!勝手に食ってんじゃねぇよ!お前にはちゃんと別のを出しただろうが!!」
「あれっぽっちで足りるとでも?」
「お茶受けなら十分だ!出してやっただけ有難いと思え!!」

「もしかして鬼灯さん昼食は?」
「出掛けが多かったので、今日はおにぎりを持ってきました。桃太郎さん、お茶もう一杯戴けますか?」
「あ、はい…もう夕方ですけど、そんなに忙しかったんですか」
「そうなんですよ。もうお腹が空いて空いて。そこの豚が食べかけて放置された哀れなお饅頭さんの言葉が理解できるくらいには」

「お饅頭さんとかキモイ事言うな!勝手に広げるな食うな!あー、もうヤダこの鬼!!」
「鬼です」

どれだけ文句を言おうがお構いなしだし。
桃タロー君には普通に会話が成立してるのに、僕に対しては会話(笑)+8割暴力だ。

「それでは、桃太郎さん、美味しいお茶をありがとうございました」
「いえいえ、またいらして下さい」
「ふん、二度と来んなー!!」

結局遅い昼食(おにぎり2個だけの場合、栄養学的にどうかと思う)を食べて従業員のうさぎを名残惜しげにぎゅっと抱きしめた鬼灯は、桃タロー君には礼儀正しいくせに薬を作ってやった僕には別れ際に一発バルスして帰っていった。

もう何なのコイツ嫌いだ。大嫌いだ。
一回ぎゃふんと言わせてやりたいのに腕っぷしは完全に負けてるし、もう本当に嫌だ…。



「よし!こういう時には女の子に癒してもらうのが一番だ!!」
「アンタ本当にめげないな…」
「ふふん、今夜も徹夜で仕事のアイツを思いながら遊ぶのって本当に気分が良いよね!桃タロー君も一緒にどう?」
「同意を求めないで下さい。俺は行きませんよ」

最近弟子の視線が痛いけど気にしない。
そうと決まれば早速と携帯を取り出して、今晩遊んでくれそうな子に声をかけると、すぐに可愛らしい声で了承の返事。
ああ、やっぱり女の子は良いよね。どっかのアイツとは大違いだ。



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