さらさらと筆を滑らせる音が室内に響く。
思いの他項目が多いアンケートに苦戦しているからか、静かに白哉が席を立ったのが視界の端に映っても、目の前に来るまで恋次は気が付く事が出来なかった。

「…?」

ふっと顔を上げれば、目の前に立ちはだかる白哉の姿にちょっとビビる。
相変わらず少し不機嫌そうだ。


「…隊長?」

無言で手をの伸ばした白哉が捕んだのは書きかけのアンケート用紙ではなく、恋次の手のひら。
じっとその手を見つめる姿に未だ言葉は無く、ゆっくりとした動作でその手をひっくり返したり指先に触れたり。
肌理の細かな肌が何度も敏感な指先を滑るのが何となし気恥ずかしい気持ちになる。
まるで、何か確かめるようにまじまじと見つめられているが、普段と変わらない筈だ。
指先はささくれて若干堅く、節がごつごつと骨ばった男の指であり、ごくごく普通の指。

「何…すか?」

そっと触れるその仕草とは正反対に、見つめるその視線は険しい。

「爪が長過ぎる」
「へ?、はぁ…そうっすか?」

訳分かんねぇ。
筆も持てねぇ程に滅茶苦茶伸びてるなら指摘されるのも分かるけど、どう見ても普通じゃん。深爪する派でもねぇし、あと2、3日放置しても気にならないくらいだぜ?


「日頃の身だしなみまで口煩く言う気は無いが、貴様も自覚があるならば気をつけよ」
「…すんません」

とりあえず謝ってみたものの、腑に落ちない。
怒られている。けど、何で?
自覚?
自覚って何だ?

「私も油断していたようだ。貴様ごときにこの失態は誠に遺憾であるが、過ぎた事をどうこう言っても始まらぬ」

意味は分からないけれど、酷く馬鹿にされた気がして睨みつければ、その反抗的な視線が気に入らないのか、フンと鼻を鳴らす白哉は威圧的に恋次を見下すばかり。

「何が言いたいんスか。…仰っている意味が分かりません」

見つめ合ったまま険悪な間が続く事、数十秒。
先に折れたのは白哉の方だった。
「そんな事も理解出来ないのか」とでも言いたげな、呆れを含んだため息を吐き出すと、おもむろに羽織を脱ぎ始める。

「たっ…隊長??」

訳が分からずに慌てる恋次を余所に、白哉は無言のまま。
布擦れの音を立て羽織が落ち。それから着物の襟合わせに手を添えて大きく開く。緩めた衣服から覗いたのは、普段は隠されている肌理細やかな白い肌。
鎖骨から引き締まった胸元までも惜しむ事なく、更に腕を抜き着物も襦袢も全部腰まで落としてゆく。

そこまでやって、ようやく事の重大さに気づいた恋次は立ち上がったのだ。



(うわ!何だコレ…!!)

そして白哉の着物の下から現れる、赤黒く変色した皮膚。細く長い無数の引っ掻き傷。
左右対象に伸びるその痕は、抱き合った際に相手の指が背に回る辺り。力任せに引っかいたとしか思えない爪痕であり、見るからに痛々しい。
更に極めつけは、肩口にあるどう見ても歯型としか思えない痕まで。
それらが綺麗な肌にくっきりと刻まれ主張しているのが日の元に現れる。


「これは貴様の仕業であろう?」

若干の疑問系ではあるが、確信めいたその言葉に、ひくりと肩が跳ねた。
それでようやく先ほど指先を見られていた理由に至る。その傷を付けたのがまさか自分なのかと、思わず両手の爪先を確認したが、やはり分からない。
ってか疑問系って何だよ失礼な。
情事の痕跡が俺以外だったら恋人として凹むだろ。
いやでも確かに俺なんかが隊長に爪痕や歯形付けるなんて恐ろしい事出来る訳ねぇ筈なんだけど…。

「答えろ」
「……」

すいません覚えてないです…。
と言っていいものなのだろうか。

「恋次」

「…覚えて、いません」
「貴様、私を侮辱しているのか」

そんな事これっぽっちも思って無いです!!
首を降って否定する間に、じりじりと間合いを詰められ、気がついたら壁を背にして追いつめられた格好が完成していた。

「随分と舐められたものだ」

意味有り気に笑った顔が綺麗過ぎて怖い。
目を合わせたまま、ゆっくりと近づくその顔が、綺麗過ぎて怖い。
責任という名目のお仕置きで、過去何度か受けた制裁が脳裏を過ぎり、一気に体温が下がった。
…これは、絶対怒ってる。

「たっ、隊長だって!!」
「何だ」

「えっと、…隊長だって…その…」

もごもごと口ごもった俺を見て眉間に皺を寄せる隊長の視線に、出かけた言葉が喉の奥に引っ込んでしまいそうになる。
だが誤解は説かなければならない。俎板の上で好き勝手料理される前になんとしても回避しなければならないのだ。
でなければ、これに乗じていかがわしい薬だとか、玩具だとか。思い返したくもない悲惨な事が繰り返されるだけだ。
それだけは嫌だと裏返る声で叫んだ。

「俺だって今朝から酷ぇ腰痛で!…っ、ケツだって切れちまってて、…歩くのも辛いくらいマジ今日は最悪なんです!!」

ああもう、どうにでもなれ!

「これは…アンタの仕業じゃねぇのかよ」

キレた者勝ちだ。そう無理やり強気に去勢を張ってお返しする。
本当なら同じように脱いだ方が説得力があるのかもしれないけれど、そんな事をしても俺が情けなくなるだけだ。
つうか、仕事中に交わす会話じゃねぇよ。
こんな会話部下に聞かれたらどうすんだ。そう頭の端で冷静な自分が突っ込むけれど、今はこの誤解を解く方が先なのだ。


「……」

ヤケクソで叫んだ言い訳を理解してくれたのか、ふっと空気が軽くなったように隊長の怒りが消えた事も、嬉しいような悲しいような。

「歩き方が普段にも増して妙だったのはその為か」

うるせえよ。
考え込むように腕を組んでしまった隊長の視線が俺の腰から外れない。
雰囲気も、さっきまで怒ってた様子と違い今は…何か憐れんでるような気がするのが余計居た堪れないんだが…。
ちくしょう。何で仕事中にこんな事態になってんだ。

要するに俺も隊長も昨日の事をさっぱり覚えていないって事だろう。
酒を飲みながら気分良く話に花を咲かせて、一緒に月を眺めた所で記憶がぶっ飛んで…それで、朝起きたらお互い酷い事になっていた…と。
しばらくの沈黙に、気まずくて目も合わせられない。
つうか、マジで本当に俺ら何やったんだ。


「昨晩は互いに悪酒をしてしまったようだな」

「そうみたいっすね。だから、本当は四番隊に行きてぇんです。その時に隊長の分の軟膏も貰ってきますから、それでお互い痛み分けって事にしませんか。もう、俺…しんどくて…」

「それは、すまなかったな」
「隊長…」

ようやく誤解が解けたのだと安心したのも一瞬だった。

「だが心配するに及ばん。軟膏ならば此処にある」

袖の奥から取り出した小さな器にはしっかりと四番隊のマークが印字されている。

「それ故に、脱げ」
「はいぃい?!」

予想外な発言に声を上げれば、先ほどの謝罪してくれた時の雰囲気は何処へ行ったのか、とんでもない言葉を口にした上司は薬の上蓋を開けながら更に体を寄せてくる。

「痛み分け相分かった。貴様が付けた傷は責任を持って償え。私が付けた傷は、私が償おうではないか」

衣服の上から腰をするりと撫でられた。思わず反応してきゅっと締まったソコが悲鳴を上げる。
つまり…、塗りっこしようという事デスカ。

いやいやいや、肩とケツだったら明らかに俺の方が恥ずかしいだろ!こんな日も高い時間から、何くそ真面目な顔で言ってんだこの人は。
つうか今仕事中だって!!部下だっていつ来るか分かんないのアンタだって知ってるだろう!!実際今日出入り激しいだろ。

「ぇ、遠慮します!いや、隊長のは責任持って塗らせていただきます!!けど俺は厠にでも行って自分で塗りますから!!本当、大丈夫っすから!それに、ほら!書類も提出しに行かないとっ!!」

実は書きかけのアンケートの納期は来月だったりするんだけど、そんな事は関係無い。
ひっつかんでまずは執務室を脱出だ!!こんな部屋に1秒でも一緒にいたら何されるか分かったもんじゃねぇ。

「遠慮するな、くだらぬ案件なぞ後でも十分間に合おう」

悲しいかな、所詮上司と部下の間柄。
逃げようとしていたのがバレバレなのか、持った書類という名のアンケートには目もくれない。
逃げようとする腰を押さえつけられて、痛みで思わず息を詰めれば、ますます面白そうに目尻を細める朽木隊長。

「…っひ!!」

机に押しつけて強引に股の間に足をねじ込まれ、動きを封じられ…。
ちょ、マジこの体制ヤバいって!

「ここが、痛むのだろう?」
「…いっ…、」

腰を撫でる指が双丘をなだらかに下り的確にソコを突く。
ねっとりと耳元で囁きながら、耳朶に歯を立てられて、思わず出た声と冷や汗が半端無い。

「や…ちょっ…本当にマズイ…って」

ぐいと後ろから開かれた項に湿っぽい息がかかる。ちゅっと音を立て触れる唇が、首筋にかけてのラインをなぞり軽く歯を立ててまた吸い付く。

「…、ぅ…」

ごくりと喉が鳴る音が耳に響き、体はますます強ばるばかり。




Page: 1 /  2 /  3



【 戻る 】

Fペシア