!注意!

この話は、押しの強い兄様と、人様には言いにくい事態になってる恋次があわあわしています。
サイト内にある他の話と比べると、ちょっと下品です。
裏もありますので苦手な方はご注意ください。

















昨日は最高の夜だった。
最高に美味い酒、最高に美人な恋人、雰囲気ばっちり二人きり。
そんな素敵な夜を過ごした筈なんだ。

…全然記憶がねぇんだけど。
その筈だったんだ。



 [ 損失過多 ]



…やばい。
そう気がついたのは、朝方目が醒めてからの事だった。

穏やかな日差しが室内を満たすいたって平和な朝。
小鳥の囀りが耳に心地良く今日も一日晴天に恵まれそうな予感がするのに、そんな外の爽やかさとは正反対に室内はどんよりとした空気で満ちている。

まず目に付くのは、昨日着用していた死覇装が畳の上に乱雑に散らばっている事だろう。
まるで脱ぎながら床にたどり着いたかのように袴、帯、襦袢などが入り口から床まで転々と放置されている。それを除いても決して整頓されたとは言えない部屋の中心。使い慣れた布団の中で恋次は低く呻いた。

「…、痛っ、ぅー…」

起き抜けの体に一体何だと苦い顔をして床の中でうんうん唸りながらうつ伏せになる。外はあんなにも爽やかで、今日も一日気分良く出てこいと誘っているのに…ああ、なんて事だ。

昨日の事を思い出してみても、こうなる理由など一つしか無くて、何だか情けない気持ちになっておもむろに毛布を頭から被った。
布団からはみ出た足を引っ込めて丸まってみても、現実逃避になりはしない。
芋虫のように丸まったままごろごろしてみるが、体に張り付いた違和感と痛みはたやすく去ってはくれず、ズキンと駆け抜けた衝撃に悲鳴を上げ、しばし停止。

「…ーーっ、マジか…」

やっちまった…、そう後悔しても後の祭り。
こりゃあれだ。腰痛に加え絶対アッチは悲惨な事になってる。見えねぇけど、つうか見たくねぇけど。


「あー…最悪だ」

それもこれも全部、あの人のせいだ。
珍しく仕事終わりに酒になんか誘ってくれるからだ。
それもとびきり美味い酒だなんて反則だ。
普段安い酒にしか耐性の無い俺はあっという自分の限界値を飛び越えて、気が付く暇も無かった。

次から次へと新しい酒が出てきてテンションが上がったのは覚えてる。
珍しく話の華も咲いたりしてめちゃくちゃ良い感じだったのも覚えてる。
隣で飲んでたあの人をちょっと困らせてみたくて、ほろ酔いの勢いで体を寄せてもたれ掛ったのも覚えてる。
てっきり嫌がられるかと思っていたら意外にも優しく目じりが緩んで…それが綺麗過ぎて見とれたし、その隙を付かれて唇を奪われたのも覚えてる。
縁側から見える月が見事な満月で、酔いが回ったせいなのかやけに大きく見えて感動したのも覚えてる。
それからお互い飲んで、…どんどん飲んで。

それ以降の記憶が見事にすっぽりと抜け落ちた。ぼんやりだとか、所々とか、そんな曖昧さすら無い。さっぱり無い。

…まぁ飲んだ後にする事といえば決まっているけど。今更過ぎて合意が云々とかあったもんじゃねぇけど。
ぎしぎしと悲鳴を上げる腰の様子から、相当手荒に扱われたのだろうという事だけは理解できて余計に凹む。
進んで自分から落ちたのか、落とされたのか。
どちらにせよ、ロクな抱き方をされなかったのは確かなのだ。

(薬って何処に仕舞ってたっけ)

四番隊に分けてもらった軟膏は数日前、鍛錬中にできた傷を直す為に全部使いきった事を思い出して、気分は更に絶望的。
その他に関節痛や腰痛に効果のある湿布などなど、有効な治療薬は手持ちに無い。
早々に何とかしなければ私生活に支障ありまくりだ。
せめて湿布だけでもあったらちっとはマシだったのに…と独りごちてまた丸くなる。


「うー…」

チラリと横目見た時計は既に起床時間。
ああもう、のんびり呻いている暇なんて無いじゃないか。
急いで支度をして時間通りに出勤しなければ仕事人間の上司から桜が飛ぶ。
昨晩の情事がどんなにハードであろうとも、ご無体な事をしでかした張本人だろうと、そんな事言い訳の理由にはならないのが悲しい所だ。

うつ伏せの状態からゆっくりと膝を立てて、起きあがろうとすれば痛みで反射的に涙が出そうになった。それを気合で誤魔化して立ち上がり、まるで独り立ちが出来たばかりの赤子のようにふらふらと覚束ない足で身支度をする。

ああ、畜生。こんなに翌日に引きずるまで散々可愛がってくれやがって。どんなアクロバティックな事をやったらこんなに痛めるんだ。恐らく過去最悪じゃねぇ?

何とか新しい死覇装を身に着けて、洗顔の為に水場に立てば鏡に反射して映った自分の顔にくっきりと浮かぶ疲労の痕。
朝っぱらからこんな顔では部下に示しがつかないと何度も顔を洗ってみるものの、目の下の隈は簡単に消えるものでも無く、出勤する気力がどんどん無くなってゆく始末。

(休みてぇ…)

出来もしない事を考えてみても仕方が無いのだが。
かろうじて覚醒している今の頭が、昼過ぎあたりで睡魔に負けてしまいそうだし、この腰の状態では何かあった時の場合、特に戦闘においては使いものにならないだろう。

(つうか、歩くだけでも若干痛いんだよ馬鹿野郎)

ああ、全部あの人のせいだ。
訴えた所で貴様が悪いとか言われてしまったらもう負け確定。
実際に昨晩の記憶が無い分勝率は遙かに低い上に、もし泥酔した自分が相手のご機嫌をしこたま落とした挙げ句のお仕置きであったならもう土下座するしかない。

とりあえず、結果的にこうなっちまったもんを今さら悔いても仕方ねぇ。
相手の反応次第ではあるが、無事に自分の部屋に帰りついているという事は最悪の失態には至っていない…筈だ。
もしそうなら起き抜けに叩き起こされて、長々とお説教されている筈である。

…大丈夫。うんきっと、たぶん。
そう自分に言い聞かせると、恋次はもう考えない事にて、結い上げた髪をキツく縛った。



「おはようございます恋次さん!…あれ、なんか顔色悪くないですか?また二日酔いですか」
「またって言うんじゃねぇよ馬鹿」

平静を装って、いつものように出勤。
掃除の最中だった理吉が駆け寄って来るのを適当にあしらって執務室の扉を開ければ、普段の通り出勤している麗しい上司様。
陶磁器の様な白い肌。櫛が通され整えられた艶のある髪。皺ひとつ無い死覇装。死神の見本の如くきっちりとしたその姿が朝日にキラキラと眩しくて、普段なら尊敬の眼差しでうっとりできるのに、今日ばかりは朝からボロボロの自分との落差にげんなりする。

挨拶して一礼すれば、ぎしりと軋む腰がめちゃくちゃ痛い。けど、我慢。
チラリと窺い見た限りではいつも通り。特にご立腹だとかそんな事は無く、無言で頷く様子はいつもの光景である。

(ちくしょう、何で俺だけ)

顔合わせで速攻説教されなかった事にほっと胸をなで下ろし、余裕が出来た心中で悪態を付きつつ自分の席に座った。
うっかり普段通りに座ったものだから、ズキンと背筋を駆け上がった痛みに顔を顰めて固まるものの、声を上げるわけにはいかないと歯を食いしばって耐える。

仕事を始めたら隙を窺って適当な要件でっち上げて四番隊行ってこよう。誰かに頼んで腰痛だけちょちょいと治してもらってから、傷薬の軟膏分けてもらって何食わぬ顔で戻ってこよう。それで2,3日安静にすれば良いだけだ。
うん、さっさと忘れよう。まずは仕事だ、仕事。



気合いを入れ直して硯に墨を入れ、筆を取った所だった。
ふと感じた気配に、机に向かっていた視線を上げればそのお人と目が合う。

「…?」

相変わらずシミや汚れ一つ感情すらも無い能面みたいな綺麗な顔が、心なしか少し不機嫌に歪んでる気がして首を傾げる。
普段なら仕事中うっかり目が合っても偶然だ。
無愛想に視線を反らされて、自分の気のせいだったという事でそれで終わりなのに。
合わさった視線はそのままに、達筆な文字を書き綴る為に握られた筆をゆっくりと脇へ置いて、前で手を組むその様子は明らかにおかしい。
めっちゃ見られている。ガン見レベルで。

「…な、なんスか…?」

ぎこちなく問うてみても無反応。
やべぇ、提出した書類がまた間違えてたとか?
誤字脱字ありまくりだったとか?
…それとも…昨日の事…とか。


「昨晩の事だが…」

やべぇ!やっぱり怒ってんのか?
ていうか俺全然記憶が無いんですけど!!
昨晩の事って何すか!どっからの事っすか!
すっげぇ気になるけど、聞いたら俺が確実に後悔するじゃん。

「え、昨日…あ!誘って下さってありがとうございました。あんな旨い酒が手に入るなんて、流石隊長っスね!」

「……」

とりあえず精一杯の笑顔。
その先の話には触れないでくれませんか、という必死のアピールを込めてまくし立てれば、一瞬訝しむように眉を寄せる朽木隊長。
結局、ひきつった顔の俺を無視ってまた筆を取って仕事を再開させてしまった。
…何だよ。今の間は。
てっきり話をする体勢だったから身構えちまったけど、俺の気のせいだったのか?まぁそれなら良いんだけど…。


「失礼致します。朽木隊長いらっしゃいますか?先日の書類の件なのですが…」

扉の向こうから声がかかる。
許可されて入ってきたのは他隊の名も知らぬ隊員だ。

今日の執務室は二人きりになる時間が少ないようで、朝から何度も声がかかる。それは書類の件だったり報告だったり、隊長への要件だったり俺への要件だったり様々だ。
別に書類や何やらで忙しいのは普段の事なんだが。ふっと人の出入りが無くなった時などに先ほどの疑問がぶり返す。

それは書類を書いている時だったり。
資料を確認する為に棚をあれこれ探している時だったり。
面倒な報告書を書き終えて肩をほぐしている最中だったり。

「………」

やっぱり前言撤回!気がするなんてレベルじゃねぇ、盗み見るとか一切しない隊長は見る時だって堂々と見るんだぜ。
視線が霊圧並みにバシバシ当たって全然集中できねぇんだが…。やっぱ俺、昨日何かやらかしたのか?
書類を書くふりをしながら無い記憶を必死に探ってみる。
例えば失礼な事でも言ったとか、したとか。
いやでも、それなら直接言うだろう。死神の模範みてぇな人が部下の非礼を放置する訳ねぇんだし。


悶々と考えていても答えなど出る訳も無く、かと言って聞く勇気も無い。集中力散漫な状態で書いた書類は誤字脱字のオンパレード。
書き直そうと気合いを入れても同じ所でまた間違える始末。
座り仕事のおかげで傷の痛みはじわじわと体を浸食するように疼く始末で、何とかしようと考えても何も浮かびはしない。
また新たに書き損じた書類をぐしゃりと握り潰し、恋次はため息を吐いた。全然集中出来てない所か気になって仕方が無い。
適当に引き出しを漁って、何か無いかと気分転換を謀ってみる。

(そういやぁ、以前乱菊さんから頼まれたアンケートがあったような…)

奥の方で皺だらけになった状態で見つかった其れは、依然の副隊長の会議で配られた書類だ。
確かやる気が無くて放置したままだった事を思い出す。
だって、真面目に答えたってどうせ俺達男連中の意見なんて反映されねぇんだぜ。答える必要性超低いじゃん…という本音は、死んでも口に出せない。

(…次回の交流会でやってほしい出し物、希望のお菓子…罰ゲーム?)

内容は主に娯楽の類である。
これなら、頭を使わずとも書き上げられると、恋次は適当に空欄を埋めてゆく。
内容はアレだが、十番隊副隊長サマから依頼された書類には違いない。これを多隊に出かける口実にすれば、この部屋から早々に退出できそうだ。




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