ボンっ!!


そんな音が少量の煙と共に部屋中に響き渡った。
それはまるで何かの実験を行っているかのような、そんな爆発音。
だがその部屋はどこらかの研究室でもなければ薬品など無縁な場所である。

此処は六番隊執務室。
突如として響き渡ったその音に、白哉はもう少しで書き終わる書類を盛大に書き損じ、恋次は耳の奥まで響くその音と衝撃に意識を失い、手に持っていた食べかけの鯛焼きを手放していた。
まだ少ししか齧っていない鯛焼きが机の上を跳ねて無残にも床へと落ちる。
普段なら「何てもったいない事を!」と声を上げる筈の恋次はあまりの衝撃に未だ気絶していた。
平和な昼下がりの事である。




[たかぶる にゃんこ]




この日、恋次はいつものように執務室で書類処理に追われていた。
朝一番に机の上に積み上げられた書類の山に軽くげんなりしながらも、次から次へと回ってくる書類を運んでくる隊員に軽い殺意を覚えながらも、文字が汚いから読めないと無言の威圧をかけてくる白哉に負けそうになりながらも筆を休める事はない。
我ながらよく頑張っていると思う。だがそれも昼過ぎにもなれば集中力も途切れがちになるというもので。茶を入れに給湯室へと入った恋次は、ふうと大きなため息をついたのだ。
気まぐれに腕を回してみても、朝から殆どまともな休憩を取っていない体から感じる疲労感がずっと筆を握り続けた肩にこたえる。
これが外で走り回れるような仕事ならば幾らかマシなのだが、朝から晩まで机について筆を滑らせる書類生理が得意ではない恋次にとって半日経過した段階での疲労はかなりのもので。
何か頭の気分転換になりそうなもの。甘いもの。菓子は無いかと戸棚を開いた時に見つけたのが、皿の上に無造作に積み上げられた鯛焼きであった。

(誰が置いたんだ?いやでも此処にあるって事は、自由に食っていいんだよな)

冷えてしまってはいたが、それでも好物は好物。
丁度良い糖分補給にと、恋次は何の警戒心も無くその一つを無造作に掴み口に入れたのだ。そのまま残りの鯛焼きの皿と茶を手に執務室に戻った恋次は、またもう一つ手に取り齧りつく。
そうして、白哉と二人。執務室で黙々と執務を行っていたのだが、その沈黙は数刻と経たず爆音に破れてしまうのだった。



「恋次」

何が起こったのか。
白哉は目の前で派手な音と煙を上げた恋次に目をやった。
その爆発は明らかに目の前の副官から発せられたもので、けれども確か先ほどまでは鯛焼きを咥えながらも静かに書類を書いていた筈。決して爆発に結びつくような行動などしていなかった筈なのに。

「ケホケホッ」

数秒遅れて意識を取り戻した恋次は、白い煙を散らすように大きく手を振りながら慌てて周囲を見渡した。
一体何がどうなった。

「隊長!一体何っすかこの音は!!!」
(にゃー!にゃー!!!)

そう勢い良く恋次は白哉と目を合わせる。
何故か猫の声が聞こえた気がしたが今はそれどころじゃない。

「隊長?」
(にゃー?)

何か言いかけて、口を開いた白哉は普段の3割増し目をむいていて、それからみるみる不快そうな顔に変化していくのを恋次は首を傾げながら見ていた。
無表情としか言いようの無い白哉の能面の様な顔が、あまりにも解りやすく変化していったので、恋次は内心ちょっと面白いものが見れたと場違いな感動をしながら、だまって上司からの言葉を待っていた。

「恋次、…」

暫くの間黙ったまま見つめているだけだった白哉が何故か頭をぽんぽんと叩く仕草をするものだから余計に恋次は首を傾げた。
なんとなく、頭を触れという指示の様な気がして、余計に首を捻りながらも素直に自分の頭に手を伸ばす。
触れた頭には、髪の毛の手拭いがしっかりと固定されている筈だ。
それなのに。

(ふわふわ、する)

何だコレ。何かふわふわ。柔らかくって暖ったけぇ…蛇尾丸みてぇなふわふわな感触…。
頭に何か乗ってんのか?何か動物でもいるのか?
撫でるだけだったそのふわふわを指で摘まんで撫で上げてみた時だった。

「っ!!」

ぞわっという妙な感覚が頭から背筋までを駆け抜けて、思わず恋次は身震いした。
触っているのは自分なのに、触られた感覚があるという事はどういう事だ。
何だコレ!何このふわふわ!
思いっきり引っ張ってみりゃ良いのか?
ぐいっと。

「ッギャン!」
「煩い」

慌てて鏡を見に飛び出して。自分の頭の光景に悲鳴を上げて。自分に起こった事を自覚して絶句して。
そうして戻った執務室。

「原因は」
「にゃー!!」
(分かりません!!)

恋次の頭には耳が生えていた。
それも、猫耳。
更に輪をかけて、声まで猫になっていた。




さて、原因は分からないと言ったもののどう見ても直前まで食べていた鯛焼きが一番怪しいのだが、無造作に戸棚に入れていたその鯛焼きの出所を誰に問い詰めても「知らない。置いてない。分からない」と言うばかり。
とりあえず何かあれば技術開発局だ!というノリで乗り込んでみても、「覚えが無い」とあっさり追い出される始末。むしろ面白そうだからちょっと調べさせてくれと、ノコギリやら何やら非常に危険な物が取巻く手術台の上に拘束されそうになったものだから半ば逃げ出したようなものであるが。

白哉の後ろをしゅんとしながら歩く恋次の頭には未だ猫耳が生えたまま。とりあえず食べかけの鯛焼きに何か仕込んであるのだろうという事で、技術開発局にその分析だけを頼んだ帰り道。
すれ違う隊員達に何事かと後ろ指をさされたり、含み笑いをされる屈辱に、恋次はもういっそ穴があるなら入りたかった。

「犬が猫になるとは何とも奇妙な事だな」

呆れたままの白哉が冷たい視線を送ってくるのにも申し訳なく下を向くしかない。
そりゃ、勝手に食ったのは俺だけど。
俺が悪いけど。けど。

「猫は好かぬ」

そう隊長に言われてしまったら、立ち直れないじゃねぇか。


「朽木隊長!阿散井副隊長!探しましたよ!!急ぎの書類がこんなに!!」

今日がもっと余裕のある日ならばよかったのだ。
それならば、少し抜けさせてもらって四番隊に相談に行ったり、もう少し技術開発局でも原因を詰められたかもしれない。

手がかりの無いまま戻った執務室。涙目で探し回っていた部下に引っ張られるまま、自分の机の上に積み上げられた大量の書類の山に軽い眩暈がした。
それからもうあれよあれとという間に書類との格闘が再開。
白哉に緊急の収集がかかったり。恋次も何処でこんなに止まっていたのかという程の書類が次から次へと回ってくるのに対応するだけで精一杯で。
そうなると自然に猫耳や声の事は後回しとなり、恋次自身もこれから自分の身に起こる事の重大さを理解していなかったのだ。





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