日記にて気まま更新。獣系注意


隊首会議を終えた白哉は、次々と退室してゆく他の隊長らをぼんやりと目で追っていた。
会議は終わったのだから、自分も退席しなければと思うのに、何となし動く気になれず、その場に立ったままだ。

「くーちーきー君」

あまりにも軽々しく声を掛けられ、振り向いた先の相手を確認した白哉は目に見えて不快感を露にした。
要らぬ用ならば声を掛けるなとばかりに睨みつけられた相手ー…八番隊隊長の京楽は、そんな視線も気にせずに厭らしいほどの笑みを満面に浮かべている。

「やだなぁ。そんな露骨な顔しないでいいじゃないの。」
「兄ほど形容しがたくはない」
「あはは、素敵な顔だとおじさん思ってるんだけどなぁ」

関わりたくないと云わんばかりに白哉は歩き出す。
誤魔化すようにひらひらと手を振りながら後を追う京楽は相変わらず笑顔を絶やさない。
それがなんとも嘘くさく、そして不気味で。白哉は後ろを振り返る事なく足を速めた。

「ちょっと、失礼するよ」

ふいに肩に何かが触れた気がして、白哉は驚いて足を止めた。
見れば、京楽が己の肩から何かを摘み上げたような素振りで1歩近づいていた距離を離している。

「さっきから気になっててね」

そういいつつ指に絡めるのは1本の長い長い糸。
色は艶やかな、赤。

「もしかして、良い人でも出来たのかなって」

人の良い笑顔に、好奇心をいっぱいに貼り付けたような、そんな顔に白哉はうんざりする。
なんという目ざとい男だ…。
うっかり付いた犬の毛に気がつかなったのも落ち度であるが、そんな些細な事にすぐに反応するこの男も恐ろしい。

「そのような者などおらぬ」

無言のまま無視しても良かったが、無言を肯定とされても、それこそ不名誉であった白哉はつとめて冷静に言い放った。
事実、それは犬の毛であり、決して恋仲などと呼べる間柄の者との逢瀬の証拠ではない。
内心は、では何だと根掘り葉掘り問いつめられやしないかという事と、この男の詮索をさっさと切り上げるにはどうすれば良いかという事に思考はフル回転している。


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「なんだか今日は調子がおかしかったから、もしかしてそんな事かなぁと思ってたんだけどね」

間違っていたのなら失礼。そうおどけた様な笑みを返されて、白哉は昨日犬に噛まれた腕がじんと痛んだ気がして僅かに眉を寄せた。
そういえば、普段ならば一晩で治る程度かと思っていたのに、未だ塞がっていない其処はじんわりと痛みを発している。
頭も酷く重く、確かに時々上の空であった事は白哉も自覚していた。
…日々の疲れが出たのだろうか。それとも犬の様子が気になり集中できないでいるだけだろうか。
今でも頭を過るのは犬の事だ。
大人しく執務室で待っているだろうか。知らぬ者に軽々しく付いていってやしないだろうか。…腹はすかせていないのだろうか。
気にかけても懐こうとしない犬だが、時折見せる不安げな眼差しが酷く気になってしまう。
ルキアの様に愛嬌でもあれば、きっと犬も気軽に接する事ができるのだろうか。
ふと、白哉は目の前の男を見た。
…愛嬌、というほど可愛らしくも無いが、親しみ易さという点では、確かにそうかもしれない。

「…兄は、…動物を飼った事があるか」

ふいにそんな事を白哉が言い出すものだから、京楽は首をかしげた。

「まぁ…無い事はないけど。ずいぶん昔に七緒ちゃんが拾ってきた子猫を貰い手が見つかるまで隊舎の裏でほんの数日一緒に面倒みた事があるくらいかなぁ」

「猫ではない。犬だ」

「…もしかして、君」

飼い始めたの?という問いに白哉がこくりと頷いた。
あまりに素直に頷くものだから、京楽はうっかり吹き出しそうになる衝動を堪える。
(だって、堅物で無表情なおぼっちゃんがどんな顔をして犬と接しているのか想像してみてよ!)
そう自分の中で突っ込んで、京楽はそれを誤魔化すように咳払いを一つ。

「妹から預かったのだが、…どのように接して良いのか分からぬ」

朽木の妹といえば十三番隊のお嬢さんだ。そしてそういえばその隊長の浮竹は確か犬アレルギーであったなという事も京楽は思い出していた。
きっと、飼えない事情のできた彼女に、浮竹が白哉に頼んでみようと言い出したのだろう。
そして、妹の頼みを断れないこの男は、きっと渋々ながらも承諾したのだろうという事まで想像できて、ますます京楽は顔のにやけが収まらない。

「えー…と、経験者じゃないから上手いアドバイスも思いつかないんだけど、そうだねぇ」

本に詳しい七緒ちゃんでもいれば、色々とその類の本を貸してくれそうではあったのだが今は残念ながら別行動だ。動物と言えば屋根でゴロゴロしている時に一緒に戯れてくれるスズメくらいしか身近にいない京楽は助言しようにも良い言葉が思い当たらない。

「とりあえず、「愛情」だと思うよ?」

動物は以外に飼い主の事をよく見ているものだしね。
そう言われ、白哉はますます困惑に陥る事になる。

「愛…」

それこそ、自分の生活の中で最も欠如しているのでは無いのだろうか。


京楽と別れた後も、白哉は六番隊に戻る道なりを歩きながらひたすらに考える。
いっそ躾やら規律やらが大事だと教えられた方が気が楽だと思う。
自分も他人も厳しく律する。そんな生活で愛などと。


(考えても埒が明かぬ)

とりあえず、恋次を四番隊に連れて行かねばならなかった事だけは確かで、先ほど卯ノ花隊長にも仕事終わりに時間を割いてもらう手はずも取っていた。
腕の傷も、その時に治療してもおう。

「愛情か…」

執務室の扉の前で白哉は考える。
開けたその先にいるだろう犬に、どう接するか。
起きていたならばとりあえず頭を撫でてやろう。寝ているのならば、そっと起こさぬように…。


そう思いながら扉を開けた直後、白哉は妙な違和感を覚えた。


「恋次…?」


その部屋に、置いてきたはずの執務室に、恋次の姿はどこにも無かった。







08 / 09 / 10



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