そのまま何事も無く帰された恋次は、廊下を歩きながら思う。
きっとこの想いを白哉は理解してくれる筈。
口にして伝えられた事への安堵と、未来への僅かな期待。


きっと良い方向へ変わってゆける。
そう、俺は勘違いをしていたのだろうか。

本質はもっと深い所にあり、幾重にも隠され見えないもので。簡単に、通じ伝わるものでは無いのだ。








「開錠!!」

開発局から通信用の小型発信機を受け取ると同時に重苦しい扉の音と共に門が開いた。
目の前には斬魄刀を腰へと携えて笑う檜佐木さん。
踏み出した先は深い深い樹海のど真ん中で、現地に着いた直後2手に分かれて巣の根絶。
数が多いだけで虚の分析も調査も終わっている。大した任務じゃない。


それなのに。


降り立った地面が、自分の体重を支えきれず陥没するような柔らかな感触に。目の前に広がる壮観な景色に。輝き過ぎるほどに光を放つ大きな月に。鼻腔を抜ける潮の香りに。
一瞬、目を疑った。


「……なん…で、」


寒々と波打つ浜辺。月明かりを受け反射する水面。さらさらと風に舞う砂。
海、だ。
此処は転送先の森の中では決して無い。
林でも草原でも無い。海だ。

俺は檜佐木さんの後を数歩遅れて門をくぐった筈だ。
行き先は森の中の筈で、目の前の檜佐木が先に到着している筈で、そこから2人で2手に分かれて…。

なのに。
目の前に広がるのは、人の気配さえない漆黒の海原。

なんで。

「誰か!!オイ応答しろ!」

受け取ったばかりの通信機は砂嵐の音しか拾わない。

「クソっ、一体どうなってやがる」

現在位置も把握できない。瀞霊廷との通信もできない。
そうなれば、自力で霊圧を探って檜佐木の所まで辿りつかなければ。

背中を駆ける焦燥感を誤魔化すように深呼吸し、助走をつけて大きく砂を蹴る。
大丈夫だ。遠過ぎる距離じゃない。霊圧も掴めきれない距離じゃない。
檜佐木さんも一人で単独行動や無茶な行動はしない筈、そのうち自分の異変に気づいて連絡や応援がきっとある筈。
きっと、何かのトラブルがあったんだ。



どこからが、予定外だった?
どこからが、異常だった?


「檜佐木さんっ!!!」

次第に強くなる檜佐木の霊圧が大量の虚のいるだろうその巣のど真ん中だった事?
俺が海に飛ばされたと同じ頃に、檜佐木さんは遠くから周り込む筈のその順路をすっとばして数多巣窟の真上に落とされた事?
情報にあったその虚が資料と全く異なる種だった事?

無我夢中に走って、走って。
血まみれの檜佐木さんに追いついて。報告や資料以上のその異常な群の中心で退路を経たれて。



いつから異常だった?
任務が始まる時から?檜佐木さんから任務を聞かされた時から?
それとも、ずっと前からー…?





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返り血でぬめる蛇尾丸を握り直す。 反撃の機会を狙いつつ何とか檜佐木を連れて巣から一旦離れて後援と救助を待たなければ。
こんな時こそ、もっと真剣に鬼道を習っておけば良かったと自傷めいた笑いが込み上げてくる。

傷ついた体を肩に担ぎ上げ、深呼吸を一つ。
切れた額から頬を伝う血を拭い、ぐっと足に力を込めた。





「…っ!!!」

振り返った頭上、鋭い爪が風を切って振り下ろされる。
避けられない!
動けない檜佐木を庇うように衝撃に備え、恋次は思わず目を強く閉じた。

「………」

だが、自分達に向けて落ちてくる筈の攻撃は、痛みは、予想していた衝撃は予想を裏切り何時まで経っても襲ってはこない。

「……?」

その違和感にゆっくりと瞼を上げると、頭上に見える筈の虚の姿は確認できなかった。
いや、姿はあったのだが、見えなかった。
自分達と、虚の間に佇む影は月明かりを受け白く浮かび上がるようで。

その凛とした立姿に。
風を受けたなびく白い羽織に。

目を奪われる。



「…なんで、…」


至近距離から聞こえる虚の断末魔が鼓膜を激しく揺らすのも気にならないほどに、ただ恋次は見上げていた。
足元から空へと舞い上がる無数の花弁が月を受け煌くのが視界の隅に映る。直後、周辺にあれだけ在った虚が原型も残さずに次々と切り刻まれてゆく。そんな事など目には入らない。
腕に抱えるその人の存在さえも。その時は意識に入らなかったのだ。


「…なんでー…」




何で、あんたが此処に。

一度だけ振り返ったその人の顔は、やはり能面の様に白く整っているばかりで。それも直ぐに反らされてしまう。
その顔を、表情を見た恋次は、冷たいものが背筋を這い上がる感覚に身体が震えるのを抑える事ができなかった。


救援が来た事への安堵では無い。
命の危機から救われた事への安堵でも無い。



感じたていたのは、底知れぬ恐怖。

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それからは呆気ないほどに進んだ。


遅れて到着した後援部隊に、白哉一人でほぼ全滅させた後処理を任せ、呆然と座り込む恋次と重症の檜佐木は救護班に連れられて瀞霊門を潜った。
待ち構えていた四番隊に檜佐木は引き渡され、急ぎ搬送される事に。
何もかもが手早く行われ、終息へと向かっていたのに。

「檜佐木さん!!!」

その急な状況に付いて行けない者が其処に唯一人。

「阿散井副隊長!お留まりを!今は治療中ですので誰も入れません!」
「檜佐木さん!檜佐木さんっ!」

四番隊へと続く廊下に悲鳴に近い声が響きわたる。周囲は騒然となった。何事かと駆け寄る周りの目も目に入らず、着替えもせず血だらけのまま檜佐木に付き添おうとする恋次を、数人の隊員が必死に押さえつけている。

「放せ!!」

だって、可笑しいだろ。
初めから何かが変だったんだ。
何かが異常だったんだ。
何でこんな事に。
整理のつかない混乱した頭の中には負傷した檜佐木の安否の不安だけが付きまとう。
今、檜佐木から離れたら、もう逢えないような気がして。


「騒々しい」


決して大声ではない、だが凛とよく通る声が耳に入った。
気がつけば廊下の先に白哉が一人、大勢に押さえつけられる恋次を遠くから見据えている。
先ほどまであれほどまでにいた虚の群をいとも簡単に殺戮した白哉の瞳は何時もと変わらずに静寂した闇色を保ったまま静かに佇む姿は何もかもが自分とかけ離れた場所に在る様で。その静かさに、背筋に先ほど覚えた悪寒が走った。

目を合わせたのは一瞬だけで、直ぐに去ってゆく白哉の背を恋次は呆然と眺めている。 ふと、数日前の不可思議な白哉の言動を思い出していた。

あの時離れようとする俺に何も話さなかったのは。黙って帰されたのは。
こうなる事も全部知ってたから…?
あの時、あの夜呼ばれた理由は、もっとずっと違う事だったのではないのかー…?

足元の何かが崩れ落ちるような感覚に囚われたまま、恋次は確信した。


「っ…阿散井副隊長?!」


意識する前に、恋次は隊員達を振りほどき駆け出していた。
先ほどとは間逆の方向へ。
その人の元へ。


「朽木隊長!!」

気がつけば、歩き続ける白哉を止めるべく羽織を掴んでいた。
振り返りもしない白哉が淡々と口を開く。

「騒々しいと、言った筈だが」

相変わらずその声は冷たく威圧してくる様で、掴んだ手を放しそうになる。
だが、確かめなければならない事があるのだ。
恋次はその横顔を睨み付けた。


「教えてくれ」

初めから変だったんだ。
別々に転送されて、通信も遮断されて。情報も偽りで。
まるでワザと追い詰めるように。狂わせたように。


「あんたは今回の件に関わっていない筈なのに」

なのに、何故。

「なんで、―…アンタが」


あの場所に。





沈黙の時間は長かった。
いや、短かったのかもしれないが、それはとても永く感じられた。
未だ羽織を掴んだまま放そうせず、縋るような視線を向ける恋次を、視線を動かし見る事もせずに白哉は静かに答えた。


「貴様は、知らなくとも良い事だ」


回答は、それだけ。
たったそれだけの答えにもならない言葉だが、恋次は胸の中で燻っていた疑惑が形を成してゆく感覚を覚えていた。
そのまま白哉が歩き出すと、掴まれていた羽織は恋次の指からするりと流れてゆく。

そのまま姿が見えなくなるまで、恋次は立ち尽くしていた。
疑惑が確信へと変わっていってしまう事が恐ろしいのに。止める術が無い。
心のどこかで、その人がその疑惑を否定してくれるのを期待していた自分がいて、それを自覚して哀しかった。



ああ、そういえば。
だから、あの時離れようとする俺に何も話さなかったんだ。

こうなる事も全部知ってたから。
仕組まれた上での当然の結果だからか。


あの人の手の上で良い様に転がされていたのか。
全部―…最初から。

「は、…はは…」


その結論に達すると、絶望を通り越して笑えた。笑える状況でも無いのに、後から後から競り上がってくる。
絶望感から、恋次は両手で顔を覆った。



何で、こんな事に。










fin...



■あとがき


唐綿=とうわた
花言葉は「行かせてください」


はふぅやっと動き出した感じです。
いつも連載の続きをお待たせしててすみません。けっこう今回の話で今後の流れが決まってくるし慣れない戦闘シーンとかあるしでぶっちゃけ書き難かっ(略)いえいえ、欲望のままエロスに持って行けなくて残念がってる腐者でございます。
ああ、甘くえっろい白恋が恋しい…。

次回もこんな感じだと思いますが、最終的ラブに向けて頑張りますのでよろしくお願いいたします。
読んで下さりありがとうございます。



だんだん花言葉のレパートリーが無くなってきました(汗)





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