布団の中で、聞いてみた。


理由…聞かないんすか?
そしたら、聞いてほしいのか って質問返し。

布団が一組しかねぇから服越しに触れる檜佐木さんの肩。
狭くて、足も半分はみ出て寒ぃ、けど。
触れ合う体温が温かくて、安心する。

縋るように体を近づけたら、うぜぇ、って布団全部取り上げられて。
ムキになって取り返して奪い合い、笑って夜中騒いだ。
心地良いから、甘えて。


逃げてる 俺。







[ 蒲公英 ]






日も耽(ふけ)り、辺りに人の気配も無い暗い部屋に、ぐちゅ、と粘着質な音と場所に似つかわしくない声が響く。
切なく艶を帯びた声を上げて机の上に縋り付いている恋次は大きく喘ぐと、板の上へと額を押し付けていた。

「…ぁ…っ…は…」

その体に覆いかぶさるようにして乗り上げ支配しているのは、その上司。

「…はっ…たぃ…っちょ…」

気を紛らわせられるなら何でも良いからと手繰り寄せ、ぐしゃぐしゃに握りしめるのは達筆な文字がしたためられている書類だ。
体を揺すられる度、力任せに引っ掻くようにして無残な皺がついてゆく。
今もまだ仕事中かのように筆や墨が置かれている筈の机なのだが、今は其れらも書類も半分以上が床へと落ちた状態で拾われる事は無い。

重い机が揺れる程に、揺さぶられる。

腹の奥に熱いモノが注がれる感覚と、脱力した白哉の荒い息遣いに、自分も強張らせていた体を解すように、ずるずると床へ踞み込んだ。
脱がされた袴の上に膝を立てれば、先ほど吐き出された精液が孔から流れ落ちて袴の上を濡らしてゆく。
もう何度目だろう、いや、今何刻だろうか。

恋次は肩を上下させ大きく息を吐き出した。


…何をやっているんだ。俺は。



背中越しに白哉が衣服を整える布擦れの音が聞こえる。
自分は未だ息も荒げたままの状態、足元の床を見つめるばかりでぼんやりと思った。

「…恋次」

もう終わりかと思っていたのに。
肩を掴まれ後ろに引き寄せられて、霞んだ目に映るのはその人の唇。
整えたのかと思っていた衣服はその逆で、邪魔になった羽織は机の上へと抛られて。
白い肌に浮かぶ汗で襟元は更に乱れ。…まだ終わりなどでは無い事に恋次は心の隅で笑った。

顎を捕まれ上向かせられ、まずはべろりと目尻に残った涙を嘗められる。
伝い落ちた跡を追うように下へ、何度か音を立て頬を吸われ更に下へ。
当然のように辿り着いた唇。無遠慮に口の端から差し込まれる舌を、自らも口を開いて絡ませた。
まるで恋人の様に。深く、永く。求め合う口合わせ。

「辛いか」
「…、平気…っす…」

嘘だ。
立ち上がろと力を込めた筈の足はまともに動いてくれそうもない。
キツイと、体中が訴えている。


「…そうか…」

なのに。
それを口に出した所で放してくれそうにない程未だ欲情しているこの男と。
先ほど接吻に誘われてしっかりと反応を示してしまった自分自身。

上辺だけの言葉を並べて従順に懐いてみせて何になるというのだろう。
硬い床に寝かされて、暗い天井を見上げて思う。



本当に、何をしているんだ。


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「九番隊の副官と、随分と仲が良いようだな」

ようやく事が終わったのは夜半を過ぎた頃。 未だ息を荒げたまま起き上がれずにいる恋次に白哉は呟いた。だがそれも問い詰める様子はなく、自分だけさっさと乱れた着物を整え職務を再開させてしうようだ。

「別に、…普通っすよ」

お互い職務に差し支えるような事は何もしちゃいませんよとでも言いたげに苦笑いを返した恋次は、それ以上何も答えず淡々と床に散らばった衣服を拾い身に着けてゆく。

情事の後は決まって白哉はそれ以上無関心というような素振をし、恋次は一刻も早くとでも言うかのように逃げるよう部屋を出ていくのが常。
今も体を繋げた直後とは思えないほど無愛想に答える恋次の様子に白哉は何も咎めるような事はしない。顔を合わせる事もしないし、そんな恋次の様子を白哉も気にかけていないようであった。

恋次はまたも苦笑する。
恐らく、白哉は知っている。恋次が時折檜佐木の部屋を訪れている事も。この部屋を出た恋次が浴場へ向かい体を清めた後、訪ねて行く事も。
男に抱かれた後に、違う男の部屋へと赴き一晩を過ごす事を。

一晩過ごすといっても、檜佐木とは最初からそんな関係になった事は一度も無い。寝付けない夜を過ごす為、ただ閨を半分借りるだけだ。
恋次も好色で男の相手をしているわけではない。ただ数をこなして慣れてしまっただけ。他の連中が望んだから、白哉が望むから応えているだけ。
白哉との関係を檜佐木に対しても望むという気はこれからも無い。だが、傍から見ればまるで娼婦のようだと思えて哂えた。



「…そうか」

その感情の篭らない一言だけで終わってしまった言葉のやり取りに、恋次は黙って頭を下げ執務室を出る。
その間も目を合わせる事は無い。もしかしたら白哉が此方を見ていたかもしれないが、やはり顔を上げる気にはなれなかった。

誰もいない浴室で手早く体を洗った後、向かう先は九番隊の隊舎。
檜佐木は何も聞かず、詮索したりもせずに黙って迎え入れてくれる。


…怖いのだ。
一人の部屋に帰ると、湧き上がる不可解な感情に心が揺れて眠れず、悶々と朝を迎える日が続いていて、そんな今の精神状態で檜佐木の存在は心地よく酷く安心できる場所だった。出来ることならその好意に素直に甘えていたかった。

僅かな時間だけでも、心に余裕ができた事に恋次は安堵する。


白哉といると酷く心が乱れるのだ。
言いようもない痛みと感情が重く胸の奥から競り上がってくる。
道具のように手荒く扱われる時も、時折見せる優しい愛撫も。
体ではない。心の奥底が侵されていくような感覚に恐怖した。
それが何なのか分からないが、少しずつ体を蝕み拡がってゆく逸れを止める術も無く。


このまま、時と共に飽きてくれたらいいのに。
痛くて、不快で仕方なくて。

きっとこの関係が終わればこんな感情も消えるのだろうと。
逃げるようにして執務室を出てゆくその背中を白哉がどんな顔で見送ったのかも知らずに、恋次は願った。





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