数刻前には聞こえていた夜虫の声も、今は只静まり返っているだけで。体中は疲労感を訴えているのに頭は妙に冴えて寝付けない。
障子に透けてみえる月がゆっくりと西の地平線に沈み、変わり東の山が明るくなるのを、ぼんやりと眺めていた。
隣には同じように首だけを反対側に向けて眠る人の気配。
右腕は未だ緩く掴まれたままで、軽く動かせば逃れられるのは分かっているのに、重い枷のように己の腕を捕らえ未だに動かせずにいる。
情事の終わったままの体に掛けられた上掛は暖かく、肌を包む感触はこんなにも心地良いのに。
繋がれた腕から伝わる体温は優しく体に溶けてゆくのに。


静かな寝息が耳に届くのが忌々しく、されど逃れる事ができないでいる自分自身を心の中で罵倒した。



眠ってしまえ。
そうすれば忘れていられる。










[ 紫陽花の香 ]








微睡みの中、長い指で髪を梳かれているような優しい感触が心地良くて、ふと頬を緩ませたら、額に柔らかい何かが触れたような、そんな気がした。



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眠ろうと目を閉じると浮かび上がってくるのは数刻前、だらしなく声とも呼べない呻きを吐き出していた頃。

あの時も、あまりに力の入らなくなった指で緩く掴んでいる敷布を、ただぼんやりと眺めていた事を思い出す。
動かされる度に響くのはぐちゅりとした卑猥な音。
下半身が覚えるのは息苦しい程の圧迫感と、自分の体温以上の熱だけ。
両脚は高く持ち上げられ、何度も吐き出されグズグズになった穴は未だに硬い肉が抜挿を続け、その度にヌメった白濁が音を上げているのが部屋中に響いている感覚に囚われる。
なんて光景だろうと思っても、どうする術も無い状況ならば終わるまで耐える他無く、痛みも不快感もとっくに快楽に塗り潰され、促されるまま吐き出した己の精液が腹に散った匂いだけが鼻につく。体はもう自分の意識など関係ないと言うように、眼前の男の為すが侭にされるのを喜ぶばかりだ。

びくり、と好き勝手に弄られていた己が白哉の手の中で弾ける。
もう何度目だろう。中の前立腺を散々刺激され意思とは無関係に射精を促されて、もう出尽くした自身からは薄くなって透明に近い液体が僅かにだらだらと流れるだけで、それでも達成感に跳ねのたうつ体を支配するのは快楽で。
無理やり広がった穴の口を強く擦られると溜まらなく持ち良くて。
体を折られ触れ合う肌にはお互いの長い髪が張り付き、動く度に汗が散っていたのを思い出す。
妙に上擦った声で女の様に突っ込まれ善がる事に嫌悪感を感じ無くなったのは等の昔。
今では男の上で腰を振る事さえ慣れたもので。
流魂街でも、真央霊術院でも、瀞霊廷でも。
結局、こんな生き方から抜け出せてない現実に呆れるが、どうしようも無いと諦めた。
少しだけ体を動かし寝返り打つと、静かな部屋と隣に眠るその人を眺める。

ずっと追いかけていた人が、すぐ傍にいる。

僅かに湧いた感情で触れようと伸ばした手は何も掴む事無く、また敷布に落ちただけで。
再び月を眺め、ゆっくりと目を閉じた。


非情で異常な生活を繰り返して、日常になった俺の世界。
この人が俺の薄汚れた世界なんかに落ちて来るわけねぇのに。





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ふと、風を切るような…規則的に繰り返し聞こえる音に、浮上した意識に任せ瞼を開いた。
月明かりに照らされていた頃の視界とは対照的に、夜が明け太陽の日差が差し込みはっきりと目に映る部屋の景観。
住人の物欲が乏しいのか、必要最低限の家具のみ置かれている室内はがらんと広く自分の存在だけがやけに際立っているように思えて、酷い違和感を覚えた。
隣には部屋の主の姿は無く、眠る時に横になっていた場所に手を伸ばすとひんやりと冷たい事から、自分よりも随分早く起床した事が伺える。



「…っ…畜生」


起こしかけていた上半身を倒れるようにして、また敷布に顔を伏せた。
寝起きの機嫌の悪さや、寝不足の体で朝から書類に追われなければならない副隊長としての仕事の事もあるのだが、何よりも。

「…痛ぇ」
ぴりりとした激痛が腰の辺りから響いてくる感覚と、腹の底からせり上がってくるような鈍い痛み。
気持ちが悪い。

戻るなと言われ、その後も散々相手をさせられ事後処理なと出来なかった結果である事は明白で。こうなる事は分かっていたのに、捕まれた手を振り解かなかったのは自分の責任で。
最悪だ。

だが、それ以上の最悪が一つ。
それは寝ている間に自分の体が綺麗に清められていた事。
あれほど汗や精液で汚れていた自分の体は寝汗の不快感さえ無く、新しい着物までご丁寧に着させられ。皺でぐしゃぐしゃになっていた筈の死覇装は綺麗に畳まれた換えの物が床の横に用意されていた。

誰がやったのか考えるまでも無く、それは白哉が行ったのだろう。意識を失ったまま男に清められる自分の姿を想像して、酷く情けない気持ちになる。
恐らくは知らないのだ。
女と違い、男の場合は事後処理が必要な事も。
本来の目的とは違う穴に吐き出されたままの精液は未だ昨晩のまま腹の中に残っており、起き上がれば内臓の奥に溜まっていたソレが重力に任せ流れ出てくる。
早く、指を突っ込んで掻き出さねばならない。この体はいずれは時が経てば体から排出されるように出来ている女の体では無いのだ。

清めてくれたのは、白哉なりの配慮なのだろうと思うと、腹の不快感と共に吐き気さえした。
誰のせいでこんな最悪な朝を迎えねばならねぇんだよ。
最悪だ。最悪だ。



じゃぁ…、なんであの時捕まれた腕を外して帰らなかった?
湧き上がったその疑問を無視して、恋次は枕元の死覇装を乱雑に襖へと投げつけた。


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もう部屋に戻って着替える余裕も無い時間帯。先ほど投げた死覇装を結局着る事にした恋次は、まだまともに動かない体でのろのろと袖を通していた。
ふいに、外の音が耳に入る。

それは継続的に繰り返される小さな音で、先程からずっと聞こえていたものだ。
風を斬るような、聞き覚えのある心地良い音。
興味を引かれて少しだけ開いていた障子の隙間から音の聞こえる庭を覗こうと体を前へ。 そっと隙間に顔を寄せた瞬間、呆けていた頭が一気に覚醒するほどの鋭い霊圧に、体が一瞬の内に強張った。

…息が、詰まる。

恋次の視線の先、…庭へと続く障子の向こうで白哉が一人、刀を構えていた。
しばらくの沈黙の後、体をゆっくりと落とし足の開き半歩前へ、しなやかな動作で抜刀された千本桜が小気味宵い音を上げ風を斬る。
何でも無い、朝の鍛錬の風景。

それなのに、恋次の体は冷や汗が噴出すような感覚と共に背筋が凍りつき動かなかった。


今まで隊長格の鍛錬に居合わせた事が無いわけでは無い。
前の上司、更木剣八や一角などは部下や他の連中に対し朝・昼と言わず常に好戦的であったし、勿論患部無きまで叩きのめされる事など日常よくある光景で。
それでも恋次は強さの高みを求め度々手合わせを望んだものだ。


あの男に追い付く為に。
あの男を越える為に。




だが目の前の此れは、過去の在れとは異質のものだ。
剥き出しの殺気を全身に受け、先にある極限までに鋭い命のやり取りを感じ取り、体中が高鳴り歓喜するものとは違う。

漂う此れの輪郭にほんの少し充てられただけで。もしあの矛先が敵意を持ち自分に向けられていたとしたなら、情けなく尻餅を付き後退った事だろう。


此処は戦場でも、ましてやあの男は虚と対峙しているわけではないし、あれは自分に向けられているのでも無い。
ただの鍛錬を覗き見ているだけの筈なのに、思い知らされる現実。


なんて遠い。

「…くそ…っ」

今の自分の状態を、立場を思い出して。
情けなさを通り越して笑えた。













「恋次」

白哉が再び部屋に戻った時には床も綺麗に積み上げられ、置いた筈の換えの衣服も恋次の姿も既に無く、…ただ、爽やかな日差しが広い部屋を明るく照らすだけであった。




01 / 02 / 蒲公英



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