彼女を救った唯一の人だと信じていた。

尊敬が、憧れが、音を立てて崩れた。


あの時の悲しげな顔は、優しい口付けは錯覚だったのだと、言い聞かせる。






[ 雪の下 ]









「大人しいな」
意外だと言わんばかりの声音に、思わず言い返したくなるのを堪えて、恋次は無視するように顔を反らした。

「前回のように、抵抗しても一向に構わぬぞ」
「…っ…」
余裕ありげに言い放つ白哉は、まだうっすらと恋次の手首に残っている紐の痕に唇を這わせ強く吸い上げ、わざとらしく音を立て、放す。
その仕草が前回の情事を思い出させるようで、傷があるわけでもないのにその痕がピリリと疼いた。
優しい仕草とは反対に、自分を見つめる瞳は相変わらず鋭く冷たい。


…サド野郎。


その言葉を口には出さず無視を決め込むと、ぎっと白哉を睨みつけた。

それが今可能な精一杯の抵抗である事、それ以外には何もできないのだと恋次も白哉もお互いに理解しており、先ほどの白哉の一方的な問いかけは答えの出ぬまま、無言という形ですぐに終わった。



…数日前の、あの雪の夜から、全てが変わってしまった。


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―ふと、思い出す。

あの連中に廻されるようになってからどれくらいになるだろうか。


始めは確かアレだ。入りたての頃赤い髪が珍しいと目を付けられて、ルキアをネタに脅されたんだっけ。
そんな些細な事だったかもしれない。


まさか見つかるとは思ってもいなかったし、見られた相手が悪かった。

あんな現場を。

今までは、例え気づかれようとも流魂街出身の自分を助けてくれるような人間はいなかったし、自分が犠牲になっていれば彼女に被害は及ばない。


自分は五番隊で入隊したし、ルキアは十三番。どうあがいても出身で差別する連中の好奇な視線から守ってやれないから。

その時はまだ入りたての新米平隊員で、貴族という肩書きがどれだけ凄いものなのかもよく分かっていなかったから。

だから、常に彼女に付いて守ってくれているあの人に感謝した反面、嫉妬して、だけどその強さに憧れた。


六番隊隊長。朽木白哉。




あの夜に、全てが崩れた。








何十年間の想いが、たった一晩で変わってしまう事をあの人はした。
脅してきた連中と同じ。


性急に布団の上へと組み敷かれあの人が自分の上へ乗り上げてくる。
髪紐を解かれて流れた長い髪をすくように動く指を目で追って。
感情の読み取れないその人に一度視線を移したが、直ぐに反らした。

「…っふ…」

着物の間から入り込んでくる指が胸の飾りを嬲る。
その感触に身震いしながらも、勤めて表情に出さないようにして、口に重ねられる唇を、入ってくる舌を自分から開いて受け入れた。


感情の通じ合っていない接吻の感触は生ぬるいだけで。
お互いの舌の体温を伝え合う度、胸の奥が冷たくなっていくのを感じる。

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あの雪の夜からしばらくして、自分が副隊長候補に上がったのだと噂で聞いた夜。
一人、執務室で終わらない仕事を片付けていた時に襲われた。


2度目の、夜。


力づくで押しつけられて、そのまま床の上で。
元々男と寝る興味が白哉にあったのかのかは知らない。
あったとして何故自分なのか、どんな気まぐれなのか分からない。知りたくもない。
声をかけるのを辞めた朝も、あの人は何一つ変わっていなかった。
だから、気まぐれだと割り切って忘れようとしたのに。



自分よりも細い筈の貴族の腕は予想以上に強くて。
必死に抵抗し、蹴り上げ、爪で引っかき、暴れた報復は、抵抗をしなかった最初の夜と比べ酷いものだった。
体の中も外も全て探られ、じっくりと教え込むように何回も犯されて。
それでも抵抗したから、殴られて傷ついた口の中が未だに痛い。

それに優しさは…ましてや愛なんて存在してないのは明らかで、ただ…受け入れて耐え続けるだけの夜。




その夜から数日後の、数刻前。

正式に自分の副隊長決定が言い渡され、引継ぎ係や他の偉い連中と任命式やら何やらが行われた。
その真ん中で自分を見る冷たい視線が気になって、何を言われたかよく覚えていない。

悪い予感は当たるもので…その後、白哉の命で2人きりにされた挙句、隊首室に連れてこられて今に至る。

抵抗して先日のような、あんな生き地獄のような快楽を味わされるよりは、あえて無抵抗で早く終わってくれたほうが幾らなりともマシな筈。
どんなに懇願しようとも解放してくれず、翌日は体中の痛みと疲労で仕事どころか普通に歩くこともままならなかった。

そうだ、あの連中と同じ。ただ、相手にする人間が限定されただけの事。


あの現場を見られた翌日から、俺があの連中の姿を見ることは二度と、無かった。

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首筋から胸へと下ってくる舌のヌルリとした感触がぞっと背筋に走り、思わず息がつまる。
白哉の指先と、長い黒髪が自分の体の上をはい回るむず痒さを紛らわそうと体を強ばらせてみても無視できるものではなくて。
時折ビクリと体が揺れてしまうのを満足げに見下ろしている、この男を呪いたい。
それが、名門貴族様の本性なんだろう。

「…っ」

はだけた衣服をそのままに袴の帯に手をかけ、一気に下衣まではぎ取られた。
露わになった足の間に自分の体を入り込ませた白哉は早速と言わんばかりに秘部へと自身の肉棒があてがう。


「隊長!待っ…」

そんな。
いくらなんでも急すぎる。
だが訴えは当然のように聞き入れてはもらえなかった。

「――ひっ…あぁアっ!」
口を押さえる暇も無く突き入れられ、もちろん声を出さないで無視を貫こうという些細な誓いなんて初めから考えて無かったかのように、胃の底から声が悲鳴が吐き出される。
初めの衝撃で麻痺していた痛覚が1、2秒遅れて裂けるような痛みを体中の神経に伝えたが、それは唇を噛んで何とか耐えた。
2度のうちに何度も慣らされた質量だが、今は何の準備もほぐす事さえまだしていない。
もしかしたら切れて血が出ているかもしれないと一瞬冷や汗が流れたが、動き始めて増した痛みを耐える事に専念する為、もう考えないようにした。


逃げる事はやめた。
抵抗も、もうしない。
所詮野良犬なのだから、そんな事だって平気でやっていたし、これからも同じ。
だが、野良犬なりのささやかなプライドだけは、絶対に無くすものか。
そう誓い、口をきつく結ぶ。




01 / 02 / 菊の跡



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