灰色の空を見上げる2人には、沈黙のみ。
蟻のように列を成す人の群からは目的の橙色は見つけられず、長い時間立ちぱなしの体感温度はますます低い。


「理解できぬ」

そう白哉が口から発した音は今度こそ不快げであった。

「彼奴は今や只の人でしかない。貴様はそんな魂魄に何の用があるのだ」

死者や虚を見る事すら適わない彼は、守る側から守られる側へとなった。
もう戦闘に加勢してくれる所か、全く関わり合えない部外者となったのだ。
それにあと80年そこらもすれば嫌でも此方側へとやってくる。
人の100年は一生であるが、死神にとってはそれ程の時間では無く、加えて黒崎と別れてから数ヶ月。未だ数年も経過していない。
懐かしむには、まだ早過ぎるのではないか。

「このような所から探さずとも、直接出向けばよかろう」

この距離から帰宅する待ち人を見つけた所で、大声を張り上げでもしなければ声は届かない。運良く届いて彼が振り向いたとしても、屋上の我々に気が付いてくれるかも怪しいものだ。
以前のように堂々と校内に入り、彼の教室まで出向けば良い。住まいすら分かっているならば、その前で待てば良いというのに何故このような場所から探さねばならないのか。
それが白哉は理解出来なかったのだ。
むろん、探しているのは恋次だけで、白哉は最初から興味など無いし、探す気も無いのが本音だ。

会いたいなら会えば良いではないか。
すると、恋次は苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。

「いや、会いてぇと思って来たんスけど、何て話しかければいいかって考えたら…ちっと困っちまって」

そうして言葉に詰まる。目を反らす。
気まずく笑というよりは、照れ笑いを浮かべた恋次を前にして、白哉は今度こそ場違いとも言える感情が背筋をせり上がってくる感覚を覚えた。
そうして目を反らしたまま、再びその視線を蟻の群に向けてしまうのだから、それこそ致命的である。
そう、ハッキリ言って気に入らない。
数日の彼の落ち込みを陰ながら心配していたのは此方も同じであるというのに。常に側にいるのは自分である筈なのに。その意識にはあの子供の事しかないのか。
気に入らない。

もう半数以上帰宅したのだろう。もう群れというには少なく、どこからか運動部の声が聞こえてくる。
もしかしたら何か部活動でもしているのか。そう諦めかけた時であった。
不意に校舎からゆっくりと出てきた人影に見間違える筈の無い色を認めて、恋次は声を上げた。


「、あ」



ガシャン!

その瞬間、フェンスが大きな音を立てた。
何か大きな物がぶつかったかのような衝撃に、雨に濡れたフェンスから飛び散った水滴が床へと落ちる。
雨よりも大粒なその水は冷たく、幾分汚れていて決して良いものでは無い。

「…、っ…う…」

頬を伝うその水が首筋へと流れ、その冷たさから恋次は悲鳴を上げ身震いしたが、声に出る事は無かった。
力づくでフェンスに押しつけられた為か、頬を時折撫でる柔らかなファーも今は水気を含み気持ちが悪い。

「…は…んんっ…、」

押さえつける力に抵抗し、フェンスがガシャガシャと大きく揺さぶられる。その動きに合わせ未だ落ちてくる其れが無遠慮に肌を濡らすものだから、恋次はその冷たさに眉を潜めた。
だが、それを違う意味に受け取ったのか押しつけるその力は強引さを増すばかりで一向に解放してくれそうもない。
噛みつくように押しつけられる唇が、無遠慮に口の中を蠢く。

「ちょ、った…ぃ、隊長!」

久方ぶりの突然の熱烈な口づけに、照れて良いのやら怒ったら良いのやら。軽く酸欠を催し混乱したまま、恋次は声を荒げ突っぱねた。
こんな時に情人のアプローチに付き合ってしまったら、校庭を横切る一護の姿が見えないではないか。せっかく見つけたのに、見失ってしまうではないか。
だが力任せに押し返しても、両腕をフェンスに縫いつけるその両腕の力は衰えない。
それどころか、再び押しつけられた唇に、抗議の声はすぐに吸い取られてしまう。

「!!」

ガリ、と下唇の皮膚が破れる痛みに、じわりと舌に広がる鉄の味に、恋次は体を強ばらせた。
そのまま音を立てて滲む血液を吸い上げられ、首筋をぞわりとした感覚が走る。


「…、何っ…考えて、んスか!」


困惑気味なその瞳が自分へと向けられている事に、僅かに安堵している事を自覚して、白哉は薄く笑う。
このままずっと此方を見据えていればどんなに良いだろうか。


「そんなに会いたければ会いに行けば良かろう」

ただしー…。

「私を置いて行けばいい」



この歪んだ独占欲は、いつまでこの男を縛っておけるのだろう。
先ほど噛みついた下唇はまだ赤く血を含み痛々しい。そっと撫ぜるように指を寄せて、柔らかい肌を記憶する。
できる事なら、もっと優しくしてやりたいのだが。それは今の自分では難しいだろう。
次は、もっと手痛い痕を残したくなるに違いないのだ。

フェンスの向こう、校庭を横切る橙色の子供は、もう校舎の半分にさしかかった所。
それを忌々しく認めて、縫いつけていた腕を解いた。
そのまま背を向け、歩き出す。

「…、アンタ。」
「刻限は、忘れるな」

背後から呼ばれた驚きを含んだ声は聞かぬまま、白哉の姿は屋上から消えた。
遠ざかる霊圧、強い気配。


一人残された恋次は未だフェンスに背を預けたままの格好で固まっていた。



「あー、…もう」

がしがしと頭を掻いて呟いた声は苦々しい。
先ほど白哉が最後に触れた傷跡を舌で舐め、未だ鉄の味がする様に舌打ちを一つ。
ちらりと校庭へ視線をやれば、今校門をくぐったばかりの友が、ゆっくりとした足取りで右へ曲がった所。
まだ追いかければ、間に合う距離ではあるのだが。

だが、恋次はそれきりその橙色から目を反らした。
向き直った視線の先には、先ほど手痛い主張して去っていった上司の霊圧。



「しょーもない人だ」

ああ、そういえば。
こんなキスですら、いつぶりだったか。
乱暴に噛みつかれた跡を舌で舐めると、口の中に広がる独特な味を唾液と一緒に飲み込む。
そうして溜息をひとつ。
どうせ何処かでふてくされているのだろう。
何と声をかければ機嫌を直してくれるだろうか。
それとも言葉は無用と抱きついてやろうか。
そのまま先ほどのお返しとばかりに、此方から奪ってやろうか。

吐き出した息は白く視界を曇らせる。
ちらほらと雪が舞い降り始めた灰色の空を見上げて、恋次は拗ねた恋人を想って少しだけ吹き出した。





誰もいなくなった屋上は再び静寂に包まれる。
校庭を横切る人影もほとんど無くなった静かな校舎で。
灰色の空から落ちた雪は、水たまりに落ちてじわりと溶けた。



...fin


■あとがき

実はコレ、今年の2月から書いては詰まり、また書いて…とあーだこーだしてたものです。
主人公が死神に戻る前にできれば完成させたかったですが、…すみません。

読んでいただき、ありがとうございました。



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