見上げた空は、まだ陽が出ている筈の時間帯にもかかわらずどんよりと薄暗く、時折思い出したように吹き抜ける風は肌を刺すようで。今にも雨か、はたまた雪が降ってくるかのような。そんな色で覆われていた。
道を歩く各々は寒さからか、皆首をすぼめマフラーや防寒具に鼻先をこすりつけつつ歩いている。空を見上げた所で希望に満ちた太陽や暖かな日差しは差し込む気配すらない。
天気予報の画像には低気圧の記号しか見えないそんな日は、空を見上げ落胆し、視線を落としたまま足早に帰路を急ぐのだ。


そんな空を二つの黒い影が横切ったが、誰の目に入る事も無かった。




[ 灰空 ]




夕刻前。
場所は空座一校。

生徒か教師しか入らないであろう建物の最上層、フェンスがずらりと周囲を囲む屋上に人影が2つ。冬の寒空の元に並んで佇んでいた。

一人は黒いスーツに長めの黒いコート。黒髪に奇妙な形をした髪飾りを付けている事を除けば、教師のような出で立ちである。
首に巻いた白く長い襟巻きが時折の風を受けてはためいている様が寒々しい。
もう一人は若い容姿で生徒のように見えなくも無いが、おおよそ学校では許される事の出来ないような真っ赤な頭髪。さらに額には堂々と刺青まで。此方は草臥れたジーンズにブーツ。ファーがふんだんに付いた暖かそうなダウンを着ている。

外目から見ても、どう見ても部外者。
そして間違いなく不法侵入であったが、校内の誰もその2人を見つけた者は無い。
校庭から見上げたなら遠目にうっすらと小さく2つの影は見えていたが、こんな寒い日に好んで上を見上げる者などいなかったのである。


予鈴が響く。
帰宅の合図だ。

ぞろぞろと出てき始めた学生達も校庭を横切り早々と外へ出て行く。
それを並んだ影は黙って見下ろしていた。
冷たい風が2人の長い髪を揺らしている。風よけになる壁も屋根も無いその場所でただ立ち尽くす二人の男。

「それで」

片方がようやく沈黙を破った。
だが両者未だに視線を合わせる事はなく、まるで独り言の呟きのようである。

「結局貴様はどうしたいのだ」

帰りゆく生徒達の群から目を反らした男、朽木白哉は静かに、だがうんざりと言ったような口調であった。その言葉の端にはため息まで混じるほどに。
もう一方は、そんな男に気を向ける事なくただ黙って群衆を眺めたままだ。

「恋次」

こんどは先ほどよりも少し強い口調。
もうすっかり眼下の群から興味が無くなった白哉は、屋上をぐるりと囲む錆びかけたフェンスを視線だけで見渡した。
ここ数日に降ったり止んだりした雨のせいか、所々水滴が溜まりあちら此方が濡れている。
雨さらしの屋上も例外では無く、設置されている椅子も床も、とても座れる状態では無かった。

「すんません。もう少しだけ…、」

呟いた声は小さい。
この場所に降り立つ前の。果ては任務の為に現世に降り立つ直前のこの男の表情を思いだし、白哉はますます不快げな顔をした。

「黒崎一護、」

その言葉に、無言で恋次の肩が揺れた。
その僅かな動揺すら白哉は手に取るように分かってしまうのだ。
それほどに分かりやすいこの男が、何を思い誰を待っているのか。
それすらも白哉は分かっている。
だからこそ。

だから、それで一体何だと言うのだ。
気に入らない白哉は、不機嫌に眉を潜めたまま再び視線を反らした。


ーーーーーーー


「これ着て現世に降りるなんて1年ぶりっすかね、前は夏で用意された服も布がえらく少なくて頼りなかったんすよ」

笑いながら自分の義骸の感触を確かめる恋次は、久々の現世任務に加え、人間にも見える形で現世に降りるという事が久々なせいか、妙に楽しげに見えた。

目的の場所はあの男のいる町では無かったが、地理的に近い場所にあった事もあり、恋次は口には出さなかったものの、何を考えてこの日を心待ちにしていたのかは2人がいかに意気投合した親友であったのかを知る者であれば、おのずと感じ取ってしまうほどであったのだ。

もちろん、隊長及び副隊長としての任務が最優先事項であり、加えて彼の望みは職務外の用事である。
それがあっけないほどに終わってしまったからこそ。恋次は白哉に「お願い」をしたのだ。



「帰る前に、ちょっとばかし寄りてぇ所があるんス、けど」


それが何処であるか、目的は何であるのか。職務中に立ち寄るにふさわしい用件であるか。
その理由も目的すら白哉は分かっていたが、申し訳なさそうに言い渋っている彼に対し、その理由を問う事はしなかった。
事実、任務終了の予定時刻までは少し余裕がある。
恋次の真意を汲み取りその申し出に無言で頷いてやったのは、この男のささやかな優しさであったのかもしれない。




霊圧が無いという事は、なんと不便な事よ。
以前部屋を訪ねた時には、同じ空間にいるというにもかかわらず、黒崎は此方には全く気づきもしなかったのだ。
どんなに呼ぼうと叫んでも聞こえる事は無い。
こちらから手を伸ばしたとて触れあう事もできない。
頭では理解していたが、それを改めて思い知らされた恋次と義妹の落胆ぶりを後方で眺めていたこの男ですら、心が少しも揺れなかったと言えば嘘であった。
あれほどに巨大であった奴の霊圧はあとかたも無く消え去り、もうその他大勢の魂と同等でしかない。
意識して消しているのでも無く、それ自体消えてしまったのだ。
これが、かつて己を打ち負かした相手なのか。魂をぶつけ合い、共に戦った仲であった相手か。

それを目の当たりにした恋次の落胆ぶりは、相当なものだったのだ。
ようやく平和な日常に戻ったというのに、ため息ばかりで破棄も無く。仕事は何とかこなすものの物思いに耽っている姿がよく見かけられた。
そう思えば、時折ふらりと出かけては傷だらけで帰ってくる。
豪快で大ざっぱな見た目とは裏腹に中身は繊細であったようで、それを一番間近で感じ取っていたのは上司である白哉であった。


だからこそ、姿が見えるこの姿ならば、久々に「再会」する事ができる。言葉を交わし合う事が出来る。
そう恋次は期待していたのだ。

「上からなら、霊圧が無くたって見つけられますから」

そう笑顔で此方を向いた眼差しは、今はフェンスの向こう、制服の群を凝視したまま。
必死に目を凝らし、彼を探している。




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