兄誕+現世パロ 【ラブ、キティ】


「好きなんすけど、」

そう告白したのは俺からだった。
確か友達の家に大勢で遊びに行って、若気の至りでこっそり持ち込んだ酒で歩けなくなるくらいベロベロに酔った時の話だ。
夜だからってルキアを迎えに来た年の離れたお兄さんに、家が近いからって便乗させてもらって。
後部座席で爆睡したルキアをそのままに、勢いで告白したのが始まり。

小さい頃からルキアがらみで面識はあったけど、会話もろくにした事無かった上に酔っぱらった男からの告白。それなのに、その人は冗談だろうと笑ったりも、怒ったりもしなかった。

「そうか」

ってたった一言返しただけで、後はもう沈黙。もう自分の心臓の音が相手に聞こえるんじゃないかってくらいバクバクで倒れそうなくらいだった事だけは覚えてる。
そのまま会話も無くて、俺の家の前まで着いた時別れ際に名刺だけくれたんだ。

朽木白哉。

それから、何回か電話とかメールして。
仕事の忙しい人だからそんなに頻繁には連絡できないけど、ちゃんとメールの返事だって返してくれるし、時々会ってくれたりしてくれる。
それで、「付き合ってる」つもりだったんだ。
一護の言う通り、まだキスはおろか手だって繋いだ事も無かったけど、会えるだけで、話ができるだけで満足だったんだ。

「どうした」
「え、あ!いえ何でも無い…です」

はっと我に返って大げさに首を降った。
車の窓から見える風景は加速に比例して流れるように通り過ぎてゆく。
ガチガチに緊張した今の俺に風景を楽しむ余裕なんて無くて、会話すらぎこちないのが痛い。

「休み前だからと夜更かしでもしたのか」

普段ならば自分の方から会話を降って、それにぽつりぽつり白哉さんが返してくれるのが、今は逆転している始末。
あまり喋る事の無い静かなこの人に気を使わせるほど沈んでいたなんて、本当に最悪だ。
本当は結局何も思い浮かばないばかりか、俺達って本当に付き合ってるのか?という一護が別れ際投げてくれた問題発言のダメージを未だ引きずって寝不足だなんて死んでも言えない。

「もっと遅い時間にすれば良かったか」
「いやっ!全然大丈夫っす!俺がちょっと朝弱いだけで」
「そうか」

ようやくビルの隙間から太陽が顔を出した時間帯。
学校に行く時間よりも少し早い朝、白哉さんからの電話で起こされて飛び起きて。そして30分後には家の前に車が止まってて、寝癖もまだ残った髪を強引にまとめただけの状態で行き先も知らされずにドライブに連れ出された。
日付は31日の日曜日。

「あの、何処へ」
「遠出だ」

そういう白哉さんはハンドルを切る。入った先は高速道路の出入り口。休日には大渋滞する料金所のETCも今はガラガラで、なんとなく新鮮な気分になる。
眼下に広がる見慣れた街も、朝日を受けて所々キラキラと何かが反射しているのが夕方と違った印象を受けてちょっぴり感動的だ。

どんどん加速する割に振動がほとんど感じられないシートに体を預けて、外の景色を楽しみつつ運転する姿を眺めていたら、気が散ると怒られた。
けれど、どうしても見てしまうのだ。
長い指だな、とか。肌綺麗、とか。睫長ぇなとか。深い瞳の色も好きだと思う。
目が合うと緊張しまくるから、横から盗み見るくらいが丁度良いんだけど。
無言の空間に耐えきれずにCDのボタンを押せば、流れてくるのはゆっくりしたジャズの音色。
ジャケットを探して開いてみても知らない上に全部英語で、自分の語学力ではさっぱり読めないのが悲しい。他に何か知ってるものは無いのかとあさってみても、どれも知らないアーティストばかり。

「こういうの、好きなんですか」
「たまたまだ」

少しだけ此方に視線を向けてくる白哉さんは何となく楽しげに見える。
あ、こんな柔らかい表情もできたんだ。

「…ルキアが」
「え」

「ルキアがここの所、お前の調子がおかしいと」

体調を崩している訳ではないようだなと前を向きなおした白哉さんは呟いて、俺はそんな事は無いと首を振った。
あの野郎、逐一兄貴に報告してんじゃねぇだろうな。本当に、誕生日の相談をしなくてよかったと思う。もししてしまったら速攻でネタにされていた所か来年までずっと何かにつけて言われていた事だろう。
その反面、自分の話題に興味を持って覚えてくれてた事に少しだけ嬉しくなる。

「白哉さん」

今日誕生日でしたよね。おめでとうございます。
そう言いたいのに。

「…、今日、晴れて良かったすね」
「そうだな」

何となく、言えなかった。
車の窓に広がる景色は、もうビルばかりの街を通り過ぎ、森の木々の間にぽつりぽつりと田圃や集落が見える田舎の風景。休日は街に上る車の方が多いようで、反対車線からはどんどん車やトラックがすれ違うのに、同じ方面に向かう車は本当にまばらで、絶好のドライブ日よりではないだろうか。

パーキングで朝飯代わりのサンドイッチと珈琲を奢ってもらってようやくエネルギーを補給できれば、テンションも除々に上がってくるというもので。それからは最近見たテレビ番組の話とか、雑誌の話とか学校の話とか。

「もしかして、海行くんですか」
「ああ」
「やった!俺すげー久しぶりっす夏以来!!」

通り過ぎた道路の標識と、除々に近くなる海に更に浮き足立った気持ちになる。
雑談の話題は限りなくあるっていうのに、何で大事な一言が言えないんだろう。

プレゼントは何も思いつかなかったけど、せめてお祝いの言葉くらいは。そう思うのに、このまま知らないふりを続けて一日を終えた方が良い気までしてくるのは何故なのだろうか。
一方的に好きってだけで告白までしたけど、それじゃ駄目なんだ。想いが伝われば満足なんて、告白する前のお話。伝わってしまえば今度は見返りが欲しくなる。
振り向いて欲しくなる、触れたくなる。
相手の気持ちを無視して沸き上がってくるのはご都合主義の身勝手な欲ばかりだ。


海岸沿いを走った車はやがて砂浜近くの駐車場へと入った。
夏は海水浴客の盛んな砂浜のようだが、冬の今は止まってる車も無く、歩いている人も誰一人と見えない上に砂浜へと続く道は進入禁止という立て札まである始末。
天気は良くとも吹き抜ける風は塩を含んで随分と強く冷たくて、荒々しく岩にぶつかる波は引いては戻りを繰り返す。高々と上がる水しぶきが風に乗って此方まで届くような気がして、着ていたジャケットのジッパーを上げた。

「ひゃー、やっぱ冬の海って感じ。ドラマとかだったらこうゆう所で犯人はお前だって言うんすよね」

火サスとか正にそんな感じ。崖上とかこういう所で緊迫した犯人明かしが繰り広げられるんだろう。
だけど、こんな寒い場所で風もガンガンで、会話も結構大きな声出さないと聞こえない場所でわざわざ犯人明かししなくても良いじゃないかと言えば、白哉さんは呆れたように微笑んでくれて余計にドキドキして会話が中途半端に途切れた。
長い髪が風に煽られて揺れる、それを鬱陶しげに耳の後ろへとかける仕草とか綺麗で、見惚れてしまう。

赤くなっているだろう顔を隠すように海岸沿いの道を先へと歩き出せば、遅れて白哉さんが後ろをゆっくりと付いて来る。
今が夏の海ならば、服をたくし上げて波間まで走っていって馬鹿みたいに大声上げながら飛び込んでしまいたい。それくらい恥ずかしい。

何であの時に、酔った勢いで告白してしまったんだろう。
もっとちゃんとした時に、ちゃんと自分の気持ちを伝えていれば、もっと相手に自分を知ってもらって、それからだったら。
これじゃ自分だけ勝手にどんどん好きになってしまう。
後戻りできなくなるくらいに好きなんだって自覚したら余計に後悔の気持ちばかりが募ってくる。

「恋次」

ああ、もしあの酔った勢いを帳消しに出来たなら、俺は絶対に今この時に告白するのに。
それだけ良いムードだってのに。

「恋次」

ひたすら瞑想してどんどん歩を進めていた俺の腕を白哉さんが掴んだ事で、ようやく呼ばれていた事に気が付いた。
ぐいと引かれて振り向かされた先には少し険しくなったその人の顔がある。
また考え込んで勝手に落ち込んで、心配させてしまったようで、情けない。

「…今日は私に付き合わせて本当に良かったのか」
「何でですか」
「どことなく、無理をしているように見える」

確信を付かれて目を反らした。
本当は捕まれた腕も振り解くつもりだったのに、その前に力を込めて引き寄せられて距離は余計に近い。

「私と共に過ごすのは詰まらぬか」

思っても無い事を言われて、そんな事無いと否定したくて首を振る俺はもう情けなくて顔すら上げられない。
誤魔化すように明るい話題を振って話を反らすとか、言い訳する事すらできないくらい頭の中が真っ白だ。

「恋次」

そのまま腕を掴んだままのその人は問い詰める事もせずにずっと俺の言葉を待ってくれている。
自分を呼ぶその声が優しくて、切なくなった。

空は本当に快晴。冬の透明な空は高く、日の光は海面や打ちあがる波をキラキラと反射させている。
周囲は相変わらず誰の気配も無く、ただ風の音と波の音だけが響いて、吹き抜ける風に白哉さんの長いコートの裾がバタバタを音を立てた。
捕まれた方の腕の手が、冷えて痛い。


「…俺…今日白哉さんの誕生日だって知って。プレゼントとか色々考えたんですけど、何も浮かばなくて」

ああ、せっかくのこの人の誕生日に、俺は何て事を告白しているんだ。

「けど、よく考えたら俺が勝手に告っただけで、白哉さんの返事聞いてないし。だんだん全部不安になっちまって、俺…」

情けなくて鼻の奥がツンとしてくる。
何て俺はこの人に比べて子供なんだろう。誕生日を祝う事と、付き合っているのかという事は全く繋がらない違う話だというのに、一緒に考えて一緒に言っちまってる俺。
それも誕生日なんかにこんな事言われて、楽しい訳が無い。こんな無茶苦茶な事告白されても、迷惑でしか無いだろうに。
ついに何も言えなくなった俺は白哉さんの足元を見る事しかできなくなった。
砂浜に不釣合いな黒い革靴が、体重を受けて少しだけ埋まっているのをもうぼんやりと眺める。

ふいに、捕まれていた手が腕から離れた。
そのままその手は肩へと伝い、上へと上がる。頬にひんやりとした感触を感じて顔を上げれば、頬に触れる冷たいものが白哉さんの指先だと分かる。
ゆっくりと俺の頬を撫でるその人の表情は読めない。


「私が今日この日にお前を誘ったという事の意味は酌まぬのか」

溜息交じりにそう呟かれて、意味が分からなくて首を降った。
酌むとか酌まないとか、そんな遠回しな台詞なんて言わないでくれ。
欲しいのはもっと直感的な台詞、態度だ。
単純でいい。難しい事なんて分からないから、分かり易いものがいい。それが欲しいのに、どう言えば伝わるのかも分からなくて、結局マイナスに否定する事しかできないでいる。

「俺、あんたが好きだ」

俺が言える事はこれだけなんだ。酒に酔っていたっていなくったって、伝えられる事はこれだけしか無いんだ。

「知っている」

その声に我慢していた涙が溢れそうになって目を瞑った。
そうじゃなくて、俺が聞きたいのは、そんな事じゃなくて。

「恋次」

不意に唇に触れた柔らかい感触に、はっと目を開ければ視点の定まらない程の近くに、長い睫毛が映った。
腰に回された腕に引き寄せられて体が密着し、思わずコートを掴むと、直に離れた綺麗な顔と鉢合わせる。

「私の想いは、これでは足りぬか」
「…足り、ない」

そう答えれば、少しだけ微笑んで、もう一度近くなる顔。
今度はちゃんと目を閉じて、少しだけ長くキスをした。
恐る恐る腕を回せばより一層強くなる抱擁に、心臓が跳ねる。


「あまりにもお前は幼い。だから手を出せずにいると言ったら」
「…そんなの、狡い」

頬が、触れた唇が熱い。
何食わぬ顔をして此方の全てを奪ってゆく、全部知っているって言うかのような余裕ぶった態度が、それがムカつく。
ああ、身長は追い越せても自分はまだまだ餓鬼で、いくら考えても答えが出ない悩みなんか幾つもあるってのに、この人はその全てを知っている遥か向こうの大人なのだ。


「さて、今日一日お前からの祝いの言葉を待っているのだが、何時まで待てば良いのだろうな」

耳元で囁くような声に、耳にかかる息に首筋が震えた。
そんな声で、そんな顔で強請られて俺がどんな顔をするのか知ってるくせに、言わせようとするこの人は狡い。
全部、ずるい。

逸らせた視線を戻せば、深い闇色に覗き込まれる。
音を立てて心臓が早鐘を打つ。
その色に、その音に負けないくらいに、俺は叫んだ。




ハッピーバースディ!!







<END>




■あとがき

兄誕です!遅れて申し訳無い上に何だかよく分からないパラレルで本当にもうぐだぐd(略)
まだ子供が抜けきれなくてジタバタしてる恋次と、余裕ありまくりな兄のお話でした。結局恋次の告白の答えは言わず終いの兄、やっぱズルイね。
10歳くらい歳の差があるのが理想的です。

和訳すれば「可愛い子猫ちゃん」というタイトルからしてとんでもないですが、書き始めた当初はギャグっぽい軽い話の予定だったんです。それが何故こんな事に(笑)
ウチのサイトでキスさえもまだという清い関係の白恋って書いた事なかったのでなかなか新鮮でした!

それでは、読んでくださってありがとうございました!!



Page: 前半 /  後半



【 戻る 】

Fペシア