兄誕+現世パロ 【ラブ、キティ】


終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
もう授業時間も終わり下校する時間。中には部活へバイトへと我先に駆け出すように出てゆく者や、放課後の時間をゆっくりと友人達と談笑しながら出てゆく者など様々。教室内はざわめき、活気に満ちている。
それは長時間学校という名の拘束に縛られていた生徒にとって喜ばしい開放の瞬間。しかし、とある教室の一角はそんな開放的な陽気とは正反対の空気で暗く淀んでいた。

目には見えない黒いオーラが霧のように周囲に渦巻いているような、そんな空間を作り出している一人の人物は授業が終ったというのに一向に机から動こうとはせず、目に見えて沈んでいるのだ。

もう下校時間だというのに、教科書すら片づける気配も無い赤毛の男、恋次はうつ伏せに机に伏せたままぶつぶつと聞き取れぬ独り言を呟きながら、頬の下に敷いてあるノートに何やら文字とも絵ともグラフともつかぬものを描いては止めを繰り返していた。
きっと今の男には授業が終わったという事すら意識の中には無いのだろう。どちらかと言えば明るく騒がしい部類に入る男のあまりの豹変ぶりに、周囲はドン引きである。

「何だよお前、昨日あんま寝てねぇのか?」
「おー…」

そんな男にようやく声をかけたのは、一緒に下校する事の多い黒崎一護。朝から除々に覇気や元気が無くなってきた友人を心配しての事だ。
気力も何も感じられない小さな声量で返すその様子は、普段の彼らしさがカケラも感じられない。

体力と食欲と睡眠欲だけは常にある恋次が寝れないという悩みを口にする事態普通ではなく、一護は何か悪いものでも食べたのかという想像が真っ先に浮かんでくるほどで。それほどまでにこの男はストレスという言葉とは無縁の世界で生きている。
もうとっくに教室を出ている者は運動場を校門へと横切ろうとしている姿が近くの窓から小さく見えていた。
片付けも終わり後は帰るだけになった一護は鞄を肩に掛けながら、相変わらず動く事も無い恋次を見るものの、どうするべきか考えあぐねている。
このまま置いて帰るという訳にもいかない。
一体何をそんなに熱心に書いているのかと目を凝らしてノートを見てみても、解読はできそうもない上に先ほどの授業内容すら書き記していない事が伺えた。
それに加え、オーラが暗い。暗すぎる。
何かあったのか?何か悩みでもあるのか?そう察してはやるが、自分からは決して聞いてはやらない。面倒な相談だろうというのは間違い無いからだ。
そうして無言のまましばらく帰ってゆくクラスメイト達を見送っていると、目線だけ一護の方へと向けた恋次はぽつりとその悩みを口にした。

「俺さー、すげー無力だと思うわけ」
「へえ?」

「時間もあんま自由になんねぇし、気も効かない上に包容力とか皆無だし。男らしさのカケラもねぇし」
「……」

内心その通りだと思うが、あえて反論はせずに黙って聞いてやる。普段、脳天気過ぎるほどの楽天家の男がこれでもかという程に沈んでいるのは本当に珍しい事だ。

「もし今の俺がもっと年いってちゃんとした会社に入ってたらなー」

まだ就活どころか大学すら先の話なのに、何をそんなに悔やんでいるのだろうか、一護には全く意味がわからない。
ヘタレはヘタレで良いではないかと思うが、それでさらに会社がどうかとか年齢がどうとか、一体何の話だろう。
だが、その駄目男告白がエスカレートするに従って、一護の心にある確信めいた考えが浮かんきた。
考えというよりも、ある一人の人物を思い出した事により、バラバラだった点が1本の線になるような、そんな感覚を覚える。

これは、間違い無く深刻な悩みなどでも、変なものを食べてしまったのでも無い。
本人は一生懸命でも、周りから見れば酷く馬鹿らしい悩み。そう、もしこの予想が正しければ今日一日中周囲を暗いオーラで巻き込んだ事を土下座させなければならないくらいとても詰まらない、贅沢な悩み事の筈だ。


「どうしよう。俺、週末の恋人の誕生日に何あげればいいのか全然思いつかねぇんだ!助けてく」

がばりと起き上がり様に最後を言い切ろうとする前に、一護の放ったラリアットは、見事に恋次の首にストライクした。

あまりにも見事に決まった事により教室中に机やら椅子やらが派手に音を立て、加えて成長期で伸び盛りまくった長身の男子が勢い良く床に倒れ込んだが、それはこの教室ではよくある事。
下校準備を初めているその他クラスメイトの中に、誰一人恋次を心配する者は無く、もちろん加害者の一護にも罪の意識はこれっぽちも無い。

「痛ッテェ!!何しやがる」
「あー悪ぃ。手が滑った」

涙目で訴える親友の剣幕も何のその、謝罪の言葉すら棒読みだ。
とりあえずくだらない事で落ち込んだ馬鹿は荒療治により無事復活を果たしたなと自己完結させた一護は、支度の終えた鞄を手に持つとさっさと教室を出ようと歩きだした。ノロケなどに付き合ってやる時間は無いのだ。

「おい!人が真剣に悩んでるってのにその言い方は酷くねぇ?」

慌てて机の上の物を全部鞄に突っ込んだだけの恋次が追いかけてくるが、待ってやる親切心は今の一護には無い。
いくら思春期真っ盛りであろうとも、人の恋愛話を親身になって聞いてやるほど一護とてお人よしではないのだ。
それも、その相手を知っていれば尚更にウザい。

「つーか、白哉の誕生日だろ?俺に聞くよかルキアに聞けば良いじゃねぇか」
「聞ける訳ねぇからお前に聞いてんだろ!」

「何なら俺がルキアに聞いてやろうか」
「これ以上ヘタレ呼ばわりされたくねぇから却下」

ならばこれ以上人を頼るなと言いたい所だが、言い出したら聴かないという性格は付き合いの長い分よく知っている。さっさと解決してやらなければ家の前まで付いて来られても迷惑だ。そう考え直した一護はようやく目の前の課題にしぶしぶ取りかかる事にした。

よく雑誌などに乗ってる恋人が貰って喜ぶもの…と考えてみたが、男性が女性へと贈るものならば花やアクセサリー、服などなど。だが相手は女性では無い。
男が男へ贈ると考えたならば、好きな雑誌や漫画、ゲームや雑貨や菓子くらいだろうか。

だが相手は白哉である。娯楽という言葉が全く当てはまらない上に筋金入りの金持ちである。
かたや恋次は普通一般のどこにでもいるような高校生。
これは難問だろう。

「とりあえず予算は?」
「…、よ…450円…」

「はぁ?!」
「しょうがねえだろ小遣い日は月初めの1日なんだぜ!一応何か物がいいかと思ったんだけど、あの人の持ち物って全部ゼロが3コくらい余計についてそう」

確かにそうだが、それ以前に450円ではお話にもならない事をこの男は分かっているのだろうか。せいぜい雑誌くらいが関の山。というか、その金額で1日かけて悩むくらいならばいっそスッパリ諦めた方が良い気がしてくる。
450円のプレゼント予算であれだけ悩んでおいて、諦めるという選択肢を何故思いつかないのだろうか。

「あー、…コレやるよ」

ごそごそと鞄の奥底から引っ張りだして差し出したのは1本の赤い紐。
長い間鞄の底に敷かれていたからか、よれよれになったその紐はよく見ると最近流行のゆるキャラが可愛くプリントされている。
ほら、と差し出され、恋次はその紐を持って首を傾げた。

「遊子からもらった菓子に巻いてあった。コレ自分の首に巻いて、プレゼントフォーユー?」
「俺らまだそんな関係じゃねぇのにいきなり出来るか!!」

顔を真っ赤にして否定した恋次に、今日初めて一護は「意外性」という名の衝撃を受けたのだ。

えーと、コイツから付き合い始めたって話聞いてからどれくらい経ったけか…クリスマスよりは確実に前だった筈だ。
このご時世、うっかりヤっちゃってから付き合い始めたという話は良く聞く話。当然も付き合い始めたと言うくらいだから、とっくの昔にそういう関係は越えてしまったのだろうと思いこんでいた訳で。
もしかして手と手が触れ合うのさえ恥ずかしいという昭和の純愛街道をひた走っているのか?
それかもしかして白哉ってあの歳で枯れ…いやいやそういう事じゃない。


「一応聞くけど、キスは」
「…まだ、だけど」

「お前ら付き合ってんだよな?」
「…お、おう…」

除々に微妙な表情になってゆく恋次に、一護はため息しか出てこない。


「じゃぁやっぱりソレ巻いてフォーユーだって」

「………」


がんばれと背を向けた一護には、もうこんな馬鹿らしい相談に割いてやる時間など無かった。
プレゼント以前にハッキリさせなければならない問題が山積みではないか。それで贈り物など、笑いを通り越して呆れてくる。

「じゃ、またなー」

結局恋次にはさっさと歩きだした一護を黙って見送る事しかできない。
手の中で握りつぶして余計によれたリボンを恨めしげに眺めると、捨てる事も出来ずにポケットに突っ込んだ。




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