月に宿る


「今宵は美しい月夜だと云うのに」

そのように背を向けるなど勿体無い。
縁側へと腰を下ろし、一緒に持ってきた酒を杯の水面に浮かべ、隣でもがく部下を観察しながら楽しんでいる白哉を、恋次はありったけの憎らしさを込めて睨み返した。
相変わらず縛道は解けない。

「それとも何か、柱に括られるのが貴様の好みか」
「好みはアンタだろうが!勝手に縛られた挙句晒し者みてぇに放置されて喜ぶ趣味なんて持ち合わせてねぇよ」

今度こそ悔しくて泣きたくなった。
自分の未熟さに、今の状況に。頭に血が上り過ぎて鼻の奥がつんと痛くなる。
好きでこんな状態を何刻も耐えていた訳ではない。
逃れられるならばとっくの昔にやっているのに。
悔しくて悔しくて。

「恋次」

ふいに伸びてきた指が俯く恋次の顎を捕らえ上向かせる。
次いで近づいたのは薄い唇。ふわりと香る湯上りの名残にそのまま唇を合わせれば、舌と共に流れ込む酒の香。

「…っ…ん…」

恋次は肩を震わせ思わず嚥下した。
鼻腔を抜ける香りに、咽を焼く感覚に、情人の甘い誘いに流されてしまいそうになる。
誤魔化すように優しく触れてくる唇が、指先が憎らしい。
口を離しもう一度、注ぎ込まれる酒を抵抗せず受け入れる恋次に気を好くしたのか、白哉は端から流れ落ちた雫を追って更に下、首筋を這う刺青へ。顎を捉えていた指も下り着物の合わせの中へと忍んでゆく気配。

「なっ…」

まさかこんな場所で。
こんな何時誰が入って来ないとも限らない場所で。 しかも外と大差ないこんな縁側で。
確かに呼ばれたからには雰囲気に流されて最終的にはこういう事をするのだろうと想定して屋敷に赴いてはいたが、だが今の状況では話が別だ。


「隊長…っ…解いてくれ…」
「先ほど解いてみせよと命じた筈だが」

「…んな事、…っ…」

反論する余地も与えないのか、塞がれてしまった口からは言葉とも云えぬ声が上がる一方だ。
大きく襟を開かれ、袴を固定している腰紐に手が掛かり、ますます恋次は焦る。
なんの冗談か。こんな状態で冷静に縛を解くなど出来るワケが無いではないか。それ以前に、今まで散々やった成果は酷くお粗末なものであり、例え今の瞬間白哉が手を止めようとも、恋次には解くことなど出来はしないだろう。
また、恋人同士の甘い雰囲気もすっ飛ばして行為に及ばれても心の準備さえ未だ出来てはいないのに。

「ぃ…嫌だ、待…」

せめてこれ以上させないようにと懸命に足をバタつかせてみても、白哉の動きを止める所までは至らなく、その行動が更に白哉を楽しませているのだという事を恋次は自覚していないのだ。

「そのように声を上げると皆の注目を集めるぞ」

耳元で囁かれた悪夢のような囁きにぞわりと肌が栗立った。
確かに部屋の戸は声をかけなければ開く事など出来はしないが、室内にいるとは云いがたいこの場所は外からでも観察しようと思えばできる位置。
陽が沈んだ夜だとしても、月明かりは夜目が利く者にとっては十分な程の光量で。もし使用人の誰かが近くを通りかかり、目を凝らして此方を見たとしたならば何をしているかなど直ぐに分かってしまうだろう。
別に白哉との関係を誰にも明かさず隠し通したい訳では無い。だがこんな事で大っぴらにバレてしまうのも嫌だ。
第一そんな事になってしまったらどんな顔をして今後この屋敷を訪れれば良いのだ。此処には義妹のルキアだって出入りするのに。

男同士とという事。上司と部下という事。貴族という身分の差。
何を取っても堂々と世間に胸を張って公言できる関係では無いのに。
この男は一体何を考えているのだ。


------------------------------

外気に曝される肌が秋を含んだ風に触れひんやりと感じるのに、身体の芯にふつふつと湧き上がってくる熱を抑える事ができない。

既に半襦袢も袴も強引に剥ぎ取られ、衣服としての役目を果たさなくなった死覇装の上、内腿をゆるりと撫でる白哉にほぼ全て曝されてしまっている。

「…ぅ…ん…っふ…」

胸の突起を口と指で弄られながら、恋次はひたすらに声を抑えた。こんな場所であられもない声を上げる訳にはいかないと、手で口を塞げない代わりに歯を目一杯噛み締めて、時折悪戯に動く舌に身体をビクリと震わせるだけに留めていた。

「恋次」

声という逃げ道を塞いだ分過剰反応し、囁く呼び声にさえ息を詰める様に白哉は満足し、更に追い詰めようと動く。
当の本人はそんな白哉を見る余裕さえなく頬を染め小さく震えているだけだ。
月明かりに浮かぶ鍛え上げられた身体を、筋肉の付き具合を確認するように撫で上げ這う様に張り付く刺青をなぞり、更に下へ。先走りに茂みをも濡らし主張する其れを、白哉は何の躊躇も無く口に含んだ。

「ぃ…っ!…ぁあ…」

直接的な刺激に思わず声を上げていた。
普段ならば上下の立場上する事はあってもされる事はよほど白哉の気が向いた時にしか無い行為だ。
ぬるぬると唾液を塗りつけるように口の中で舌が動き、いよいよ声を抑えている事などできない状況に追い込まれる。

「隊長っ!…た…ぅあっ…やめ…、っ隊長…」

唯一自由の利いた両足も、下から抱え上げられ不安げに宙を蹴るだけ。あまりの刺激に恋次は顔を仰け反らせ、快楽とも苦痛とも取れる表情を浮かべながら、時折嫌々と言いたげに首を振る事しか出来なかった。

射精を促すように吸い上げられて、恋次は小さな悲鳴を上げた。と共に細い指が先走りの流れ落ちた蕾へと伸ばされる。

「…ひっ…ぃ…」

遠慮なく侵入してくる指は一気に奥深くへと分け入ってゆく。力の抜けきった身体は違和感はあれどさして痛みや抵抗を見せる事なくすんなりと侵入を許し、内側からも暴かれるその快楽に、今度こそ堪える事ができなくなった恋次は声を上げて鳴いた。

「全く、耐え症の無い男だ」

口の端に残る白濁を指の腹で拭いながら、白哉は月明かりに照らされて浮かぶ肢体の美しさと、精根尽き果てた表情で恥辱に耐える情人の色香を堪能していた。 余裕が無くなろうとも、相変わらず周囲を気にしているのか集中する事もできず意識が漫ろになる恋次に白哉は呆れたように一つ息を吐く。

そのように過剰になって声を抑えずとも、周囲には大方バレてしまっているというのに…。
だからこそ、向かいの廊下も部屋の周辺さえも人の気配は一切無い。それは白哉が人払いなどせずとも理解のある使用人達が気を利かせているからで、冷静に周囲を探れば分かるようなものなのに。
いつの間にか両腕の縛道も解かれていたが、恋次は其れさえも気がつく事が出来ず、ただただ白哉が早く満足し己を解放してくれる事だけを切に願った。


この夜、晴れて屋敷公認になった事実を白哉から明かされ軽い眩暈を覚える話はも少し後の話。
頭上遥か彼方で煌々と光を放つ月を、照らし出される自分の姿を忌々しいと感じながら、恋次は翻弄されるままに目を閉じた。









fin...



■あとがき

本当に遅くなりましたが、恋次誕生日オメデトウ! という事で。
本当は、通されたお部屋は恋次の為に兄が用意したお部屋で、晴れて公認の部屋持ちになったのはアリガタ迷惑!というオチを付けよう思ったのですがぐだぐだに終わりそうだったのでキリ良く切らせていただきました。

さてさて、読んでて気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、この話は、リンクを貼らせていただいておりますマンボ様のPCサイト「箱庭」に掲載されているイラストをそっくりそのまま文に起こさせていただいております。
もう…本当に素敵なイラストで、ぼんやりと考えていたネタにあの素敵イラストがバチっとハマって妄想が膨れ上がってしまいまして…(汗)そのイラストに色々と個人的模造を付け加えております。
許可していただいたマンボ様にはこんな駄文しか書けずお恥ずかしい限りなのですが、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

読んで下さった方々様も、宣言からかなりお待たせして申し訳ありません。ありがとうございました!


Page: 前半 /  後半



【 戻る 】

Fペシア