夜が明けるまで



振り返ったまま、足が動かない。
何をされているのかなど考えなくとも分かり、その異常な光景に檜佐木は動けなかった。


「っ…檜佐木さ、ん…」

泣きの混じった声で呼ぶのは自分の名。
明らかに誰かに組み敷かれているのに、何故自分の名を呼ぶのか。


投げ出されていた腕が、体がゆっくりと起き上がる。体に引っかかっていた着物がズルリと落ちる様を檜佐木はただ黙った見ているしかない。

「ひっ…ァ…はぅ…」

半分ほど起き上がった体を何かに引きずられるように後ろに引かれて、恋次は微かな悲鳴を上げてまた床に這いつくばった。
その体の後ろから伸びてくるもうひとつの腕によって背を強く押さえつけられ、今度は完全に床に伏せさせられる。


「やめ…ぁ…あっ…」


まだその腕から先は障害物によって隠されている。
それが、誰なのか。見てはいけないと直感した。

見るな、と。




「っあ…はぁ…嫌だ…っ…ぁ」

恋次の嬌声が場違いに響いてくる。
押さえつけられ、自分の腕で顔を隠すように蹲った恋次の体がその嬌声と共に動く。
否、動かされている。

ふいに、その腕からもう一つ腕が伸びて恋次の髪を梳いた。
そっと覆いかぶさるように、愛おしそうに。





目が合った途端、心臓が止まったかと思った。
能面のような美しい顔と瞳を欲情に濡らし、幾分髪も衣服も乱れたそれは普段の姿からかけ離れて見えたが、それは紛れもなくこの後輩の上司にあたる人物ー…。



「なんだ、…まだおったのか」


其れが静かに口を開いた。
自分の気配など見えなくとも手に取るように分かるほどの人物なのに。その声は意外と言わんばかりの音を含んで檜佐木の耳に入った。
だが、それでも体は金縛りにあったように動けない。


「…ぐっ…う、っア…」

立ち呆けたまま動かない檜佐木に焦れたのか、その上司は伏せさせていた恋次の首を掴むや否や勢い良く引き上げ、啜り泣きを続ける恋次を膝立ちの状態にさせ、その痴態を見せ付けた。


「不粋だな。貴様、…邪魔をする気か?」

笑った、ような気がした。
まるで遊んでいるかの様な、そんな余裕のある声で。けれども外の雪空のような冷たい眼で。



気がつけば、檜佐木は勢い良く部屋を飛び出していた。








  ⇒次へ



【 戻る 】

Fペシア