夜が明けるまで
何かとてつもなく恐ろしいものを見た後のように、必死に廊下を走り抜けた。
足が気持ちについてゆかず、絡まり床へと転んだ所で、やっと檜佐木は大きく呼吸をする。
酸素が足りず肺が痛い。
「何なんだ…何…」
理解する事はとても簡単な筈なのに、頭の整理がつかずに呼吸ばかり繰り返した。
恋次の事。
その上司の事。
…2人の関係。
見てしまった、自分。
あの様を見せ付けられた時、恋次は泣いていた。
声に出せない声で。
た す け て、と。
「……っくそ…」
ただ逃げてしまった自分が情けなかった。
一旦出てしまったあの部屋に引き返す事はできない。
引き返せばどうなるかなど分かりきっていて。力も地位も叶わない以上、その相手を逆撫でしに戻る事は自分にとっても恋次にとっても不利な状況になるのは目に見えている。
どうすればいい。
初めの自分の目的は後輩が凍死しないよう迎えに行く事だった。それならばその目的は無くなったと言えよう。
もう自分が行かなくとも、あの人がいる。
きっと、殺されはしないだろう。そう無理やり決め付けて、頭の中で終わらせた。
ゆっくりと立ち上ると、重い足取りで十番隊の執務室に戻った。
扉を開けると、乱菊や吉良や他の連中の寝顔が目に入る。
起こさないように人を跨ぎつつ横になれる場所を探して座り込んだ。
あまりに突然で、あまりの衝撃で。先ほどの出来事が夢だったのでは無いのかとさえ思う。否、夢であればどんなに良いか。
だがそれは現実で。
そして逃げてきた自分。
「はー…」
また大きく溜息を吐いた。
ごろんと床に寝転がると目を閉じる。こんな状況で眠る事はできないと思ったが、自暴自棄ぎみに目を瞑った。
明日から、どうすればいい。
胸に燻った言いようの無い感情を意識して、檜佐木は悶々と答えの出ない自答を続ける。
…どうすればいい。
−終−
⇒あとがき
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