眼封じ


お前の眼を封じさせて。
翌日の休みを手土産に夜遅く訪れた桃源郷で私を迎え入れるなり白豚はそう乞うた。
「何徹してきたの?酷い顔だよ」
慈しむように触れてくる指先の優しさに暫し眼を閉じ酔いしれて、油断したと気づいた時にはもう遅く、自分の瞼はまるで接着剤を流し込んだかのようにぴったりと閉じて動かなくなっていた。
「何をした」
怒りに任せて掴みかかろうとした手は何も無い空間を掻くばかり。
明日お前が帰る頃には戻すから。お願いだからこのままでいて、と懇願までしてくる白豚の必死さに、だから一体何のつもりだと不安を覚えるのは仕方の無い事だ。
確かに明日の休みの都合をつける為に必死になって仕事をした。酷使した体…主に眼に至ってはかなりの疲労が溜まっているのは確かで。そのせいで頭痛はするが見るに耐えない酷い顔にでもなっていたというのか…それはそれで心外だ。
「治療の一貫か何かですか」
「違う」
「では嫌がらせかこの害獣!!」
「違うって!」
声の方角からあたりを付けて蹴り上げた脚も何かを掠るだけで当たらずそれが余計に腹立たしくてたまらない。
「だって、こうでもしなきゃお前っ…!」
ドンっと体当たりに似た衝撃を前半身に感じて倒れるやと思われた自分の体は憎らしい白豚に抱きつかれたのだと理解した。
「前に泊まりに来てくれた時の事、覚えてる?」
引き剥がそうともがく自分を痛いほど抱きしめて制する白豚は頭を殴ろうとも剥がれない。前に泊まりに来た時…確か1ヵ月程前だったろうか。あの時は…。
「亡者が脱走したと連絡が入ったので直ぐに帰りましたね」
まだ来たばかり、正しくは夕食の途中でまだ半分も食べていない時だった。鳴り止まない電話に出ない訳にもいかず、残さなければならなくなった夕食に後ろ髪を引かれつつ足早に地獄へと帰ったのだ。
「その前は?」
「…寝てましたね」
「うん、せっかく準備してた夕食も翌日の朝食も昼食も食べずにお前24時間寝たな」
「おかげ様で翌日からの仕事が捗りました」
「あっそ」
その間、恐らくろくな会話はしていない。
「その前は?」
「忘れましたよそんな何ヵ月も前の事」
「仕事が忙しいからってドタキャンしたんだよ!」
「成程」
それでコレかと私は理解したと同時に呆れ過ぎて溜め息が出た。
仕事の疲れと空腹がプラスして吐く息は重く、ぐりぐりと首に擦り寄ってくる駄獣をそのままに全く動く様子の無い目蓋を指で押し上げて無理やり開かせるのを漸く諦める。
「今日だってもう日付変わってるんだからな!!24時間とっくに切ってるんだからな!!だから明日の夕方までのお前の時間を全部僕に寄越せ!」
「チッ、何を偉そうに。そんなに恋人の私が信用できませんか」
「もう無理!出来ない!」
仕事を切り詰めて漸くもぎ取った明日の休日。誰の為に取ってやったと思っているのか。
本当に脳足りんの獣め。
「食事だってお風呂だってちゃんと僕がお世話してあげる。だから…」
地獄になんか、帰してやらない。
諦めて大人しくなった私の頬を下唇ごと、白豚は機嫌良さげにゆるりと撫でた。


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仕事終わりにポチポチした小話です



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