マッサージ


薬を煮込むまでのささやかな時間を使って仕事中毒の診察をするのが、定期的な決まり事になっていた。
例えば繁忙期の真っ最中だと風の噂で聞いた時、久方ぶりに店にやってきた時。他にやる事が無くなって暇をもて余した時。

ゆっくりと瞼の縁を撫でてやるとギロリと睨まれた。
だがそれきり鬼は答えず膝の上の兎へと視線を落とす。応える気が無いのは知っている。これが始まった時からずっと変わらないやり取りだからだ。
確か最初は抵抗されたし殴られた。 突然間近に宿敵が侵入してきたのだから当然の反応だろう。
殴られて鼻血を出した僕に触れた理由を求めて再度殴りかかった鬼にどうせ暇潰しだと答えた。
それからだ。二度目以降、この鬼は納得したのか諦めたのか僕からの触診を拒む事なく黙認のまま身を任せている。両手で足りないくらい数を重ねた今ではもう僕が隣に立っても身構えない。だけどこれに会話は無い。視線は合わない。どうせ暇潰しなのだから。

両手を伸ばして、頬を包むようにして指先に力を込め、眼球の周りのひきつった筋を解すように動かしてやる。時折ぴくりと動くのは酷使した証拠だ。
痛くない?そう声を掛けても相変わらず無視を続ける鬼の顔を覗きこんで、無言は好と捉える。
つり上がっている目尻から長い睫毛までに指を滑らせて促せば素直に降りる瞼と、少しだけ上向く顎をゆるりと撫でた。

「ここと耳の後ろは繋がってるんだ」

独り言をしつつこめかみを髪の生え際の方向へと揉み込みながら動かして耳の裏側の少しだけへこんだ所を強く押す。
ふっと乱れた呼吸が僕の頬を擽った。
小さく開いた唇が、酸素を求めて喘ぐように上下する。柔かな皮膚。



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仕事終わり、家に帰るまでにポチポチした小話



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