馬鹿じゃねぇの。
ほら、もう終わったじゃねぇか。
契約は終了。依頼主も俺も大満足。
必要ねぇじゃん?
こんなくだらねぇ感情なんかよ。
掌にこびりついた汚ぇ赤は、いくら洗い流したって消える訳ねぇんだ。
「赤と紅」
細い月が浮かぶ夜半過ぎ。
鮮やかな朱と無数の提灯の灯りが大通り一面を照らし出し、美しく着飾った女の笑い声や男どもの活気のある声が、ざわざわと騒がしくも賑やかに木霊している。
吉原の遊郭でも指折り数えるくらいの高級店の1室で、俺は長い事愛用している煙管に火を付け、格子窓から見える外の様子をぼんやりと眺めていた。
何でここにいるんだか知らねぇ。
正直な所、始めはそんな気なんかなかったのが本音だ。
情報屋を生業としている俺が、いつものように仕事を受けてとある役人の情報を集めに、奴が入れこんでいるという花魁に目を付けた。そのやり方は今回が始めてじゃない。
店の主人に金を掴ませて話を聞きだす事も、目当ての花魁の馴染みになって探りを入れる事も、大金に化ける情報が幾らでも飛び交っているここ吉原ではよくある事で。
当然、今回も情報が手に入ればそれまでの関係のつもりで近づいたのに。
なのに。
そのつもりだったじゃねぇか、と自分に言い聞かせるのはさっきから何度目になる?
もう情報を聞きだす為にアレを待つ必要性は無くなった筈だろう?
動かなくなったソレを河に蹴り落として、それで終わった筈だろう。
「檜佐木さん」
ゆっくりと障子が開かれる音に、顔をそちらへと向けると入ってきたソイツは女の様に三つ指着いて丁寧に頭を下げた。
まず目を引くのは格子の朱よりも鮮やかな、美しく結い上げられた紅い髪。
無数に刺した細かな細工が施してある簪が、顔を上げる時にシャラリと音を立て、蝋燭の光に反射してキラキラと揺らめいている。
鎖骨から背にかけて大きく開くよう着付けされた着物も、前でおおきく結ぶ形の帯も、唇に薄く引いた紅も。
その髪を、整った顔を、引き立たせる。
「遅かったな」
そう言うとバツが悪そうに苦笑いを浮かべて極上の作り笑いを浮かべるソイツ。
これで同じ男だというのだから世の中狂ってる。
実際背丈は俺よかぜんぜん高ぇし、体格だって女の様に細くも柔らかくもない。
始め、役人がハマってる花魁が男だって分かって、正直引いた。
だってそうだろう。一晩でそこらの平屋が5・6棟買える金額だ。
抱くなら女、それもガキみてぇに平たい奴より豊満な美人がいいに決まってる。
じゃぁ、何で俺はここにいるんだよ。
「…珍しいっすね」
「何が」
酒を注ぎながら、ソイツが問う。
「今日はあの人、来てないですよ。それに俺、何聞かれても話す気ないですし」
「仕事じゃねぇよ」
知ってるさ。
あの客はもう来ねぇって。今ごろ川ん中で腐臭を漂わせているだろうさ。
無事に情報掴んで仕事もやり終えて、依頼主から報酬貰って。それで此処には用は無くなった筈なのに。
注がれた酒を一気に煽ると、ソイツは髪と同じくらい赤い目を一瞬大きく広げて、逆に細めて。
それから、少し開いていた口から盛大に息を吹きだした。
「ははっ…こんな処に仕事で来る客はアンタくらいだ」
楽しそうに。嬉しそうに。
それもそうだと俺も笑う。
笑って。
俺が仕事以外の用で来るのが、嬉しいんだと。そう言いながら。
初めて自分を目的に逢いにきてくれたから、だと。
「ちょ…檜佐木さ…早っ」
「黙ってろ」
首筋に擦りよって、そのまま体重かけて畳の上に組み敷いた。持ってた杯も、豪華なお膳も全部ぶちまけて、床の上。
せっかく時間をかけて結ったろうその髪を解くと、バサリと広がる赤。
その様子に、あの時の光景と重なって胸がざわつく。
広がる赤。
鉄臭い匂い。
手にこびりつく嫌な感触。
冷たくなる温度。
動かなくなる腕。
そっと首筋に顔を埋めると、その紅は鉄臭くも無くほんのりと良い香りで。
掬い上げるとするすると指の間から落ち、広がる色。
口づければ上気する肌。
抱きしめれば素直に答える腕。
「…修兵?」
それが俺の名を呼ぶから。
俺もそれの名を呼んで。
「…ふ…っ」
何度も唇重ねて、それが確かに生きてんだって実感するまで。
俺以上に奇天烈に彫られた刺青の間に染み付いてる前の客の名残に歯を立てて。
自分勝手な欲望突っ込んで。
鳴いてよがり求める様に欲情する。
広がる紅に、魅せられる。
馬鹿じゃねぇの?
それが何だってんだよ。
赤黒く汚れた俺の掌で触れても、それがすげぇ綺麗な紅だったからって。
比べる事自体間違いで。
檻みてぇな部屋に閉じ込められて男を囲わされるお前と、金の為に汚ぇ事ばっかしてる俺と。
「っ恋次」
「ん、修…へ…?」
救われたいのは、どっちだよ。
...Fin
■あとがき
随分昔に某企画様の修恋祭りか恋次の花魁祭りか何かに参加させていただいた時に作ったものを加筆してアップです。
この修兵のお仕事はアレです…必殺●事人みたいな闇系のお仕事と考えていただければ(笑)
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