湯上りに濡れた髪をそのままに、敷いた布団の上に横になりながら手に持っていた紙を開く。
少し厚めの画用紙に大きく描かれたものは決して上手いとは言い難い似顔絵らしき絵だ。
真っ赤なクレヨンで塗りつぶされた髪と、真っ黒な服色だけでかろうじて自分であろうと判別できる其の絵を眺めながら、恋次は嬉しそうに顔を綻ばせた。
もう一つ手の中にあるものを枕元に置いてみる。それは現世で最近放映している特撮ヒーローの玩具だ。
子供の間でとても人気があるキャラクターのだと聞いたのだが、残念ながら恋次にはこの玩具が何なのかは分からなかった。



【 サプライズ 】



その日は葉月の末日、恋次の誕生日だ。
年齢や老いの概念があまり無い死神といえども、自分にまつわる唯一の記念日。
毎年恒例ならばその日は、部下や同僚の友人達、あるいは恋人に祝われて迎える日であるのだが、少し前から恋次は任務の為に現世の浦原商店に厄介になっていた。
当然、任務で現世に来ている恋次にとって夜であっても娯楽は厳禁。誰かが訪ねてくる筈も無い。


広げた寝具の上に寝転がると布団から日だまりのような香りがする。きっと日中出払っている時にテッサイが気を利かせて干してくれたのだろう。
ふかふかの布団の弾力と洗い立てのシーツの肌触りは格別で、朝までぐっすり眠れそうだ。

今日が恋次の誕生日なのだと、一護からでも聞いたのだろうか。
プライベートな記念であるこの日をまさか現世を拠点にしている彼らが知っているとは思っていなかった分、些か乱暴に手渡された子供達からのプレゼントと、夕食後に出てきた小さなケーキは恋次にとって嬉しいサプライズだったのだ。
しかも、先ほど湯上がりの晩酌にと酒の差し入れまで。
なんと喜ばしい日であろう。

普段は手伝いや掃除やらで散々こき使うばかりの連中だが、それでも自分の記念日を一緒に祝ってくれた事に対しては素直に嬉しく思う。それに、少々むず痒い心地だ。

渡されたお盆の上には、涼しげなビードロの酒器が1セット。
薄い水色の線が器の下部をぐるりと描いている以外は半透明のその少々歪な徳利から猪口に酒を注ぐと、寝転がったまま一口啜ってみる。

「こりゃぁ、美味ぇな」

何処の土地の酒か聞けばよかったと後悔しながら続けざまに二口、三口と喉を潤す。
猪口に少しだけ残った酒をくるくると回すようにして手元を遊ばせながら、この任務が終わったら皆で飲みに行こうと友人達が誘ってくれた事を思い出した。

(去年は居酒屋で店中の酒を飲み尽くした挙げ句、大騒ぎして店主に泣かれたんだっけ)

くすりと笑いながら、もう一口。
これで話の合う相手でもいればもっと楽しいのだが、それはこの任務が終わって戻ってからだ。
畳の上に投げてあった伝令神機をたぐりよせ起動させれば、待ち受け画面には数件のメール着信の知らせ。どれも友人からのお祝いメッセージだ。

一言だけのメッセージや、ゴテゴテに装飾の付いたメールまで、それぞれが送り手の性格を表しているような文章を流し読みながら、もう一口。
最後の新着メールを読み終わって、何度か受信メールの画面を上下にスクロールしながら、恋次は小さく溜息を吐いた。

起床したその瞬間からずっと一日待っていたその人からの連絡が一向に無い。それが、どれだけ沢山の人から祝いのメッセージを貰っても心の底から喜べない理由だ。

(やっぱ…来てない、か)

些細な事だとは分かっているのだが、それでも一言くらい。
電話でなくても良いから、メールくらいしてくれても良いのではないだろうか。
プライベートな用件での連絡など、任務真っ最中である自分にする筈が無いという事は分かっている。

「隊長…」

仮にも恋人だろう?
そう心の中で毒づくものの、此方から連絡して催促するなんて情けなさ過ぎて…というかきっと怒られる。
最後に交わした言葉さえ事務的な内容だったし、任務中だって仕事の報告をするだけだ。

一番に祝って欲しい想い人からの便りが無いというのは何とも寂しいもので、ついつい繋がりを求めたくなってしまう。
公私を分ける人なのだと納得してはいても、それでもこんな特別な日まで徹底しなくとも良いじゃないかと、文句の一つも言ってみたくなるのだ。



最後の酒を一気に煽って、恋次は部屋の照明を消し両手を枕にして仰向けになる。

あの人は今どうしているだろう。
もう屋敷に戻って一人で読書でもしているのだろうか。それとも、まだ執務室で仕事の最中だろうか。

外は遅めの月が上ったのか、部屋の中までその光が差し込んでくる。
僅かに開いた窓の隙間から一匹の黒い蝶が入り込んだが、すぐに寝入った恋次は気づかなかった。





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ヴー…ヴー…ヴー…

マナーモードの振動と僅かなモーター音が着信を知らせる。
無理矢理覚醒させられた恋次はまだ夢の中。枕に顔を埋めつつ、のろのろと耳元へ付けると発信主を確認する事もせずに通話ボタンを押した。

「はい、六番隊阿散井ー…」

今は何時だろうか。寝入ってそんなに長い時間は経っていない気がする。

せっかく今日は誕生日だったのだ。
できればこのまま朝までぐっすりと眠らせてほしかったが、仕事の用件ならば仕方がない。
諦めて体を起こし、乱れた髪をかき上げてもう一度、気持ちを仕事モード切り替えて改めて応答する。

「………」

だが、予想していた通信担当の単調な声がいつまで経っても聞こえてこないのはどういう事だろうか。
いつも少しだけ上擦った声の担当員が、虚が出現したから急行してくれだとか、仕事内容の追加やら変更やら、こちらの都合などお構いなしに連絡してくるというのに。

「もしもし?、オイ、聞こえてるか?」

何度か呼びかけて、それが仕事の電話で無い事に気づいた恋次は、改めて着信画面を確認した。
小さな画面に淡く浮かび上がるその名に、思考が一気に覚醒する。


「朽木隊長…」

もう一度それを耳に当てて、恐る恐る声を出す。

「恋次」

その声に鼓動が一気に跳ね上がるのが分かった。
この電話を、この人の声を今日1日中待ちかねていたのだ。

「起こしたか?」
「いえ、申し訳ありません。何か問題でも?」

ああ、これが全く関係ない話題でも構わない。
嬉しさを悟られないように努めて冷静さを装って、背筋を正して布団の上に正座になる。
猫背にならないように腹に力を入れて、落ち着いて深呼吸。
そうでもしなければ、嬉しさで心臓が今にも破裂しそうだ。

「そうではない」
「…え…」

「どうしているのかと、思うてな」

受話器を通して聞こえる息遣いが、少しだけ笑っているのだと伝えてくる。低く優しく耳に響くその声は仕事中のそれとは違うプライベートのものだ。

「変わりないか」
「は、はい!…隊長は、今屋敷ッスか?」
「先ほど執務が終わった故、まだ戻ってはおらぬ」

「そっスか…」

「……」

私用で電話をかけて来てくれた。その衝撃が未だ頭の半分を停止させていて、うまく思考が働かない。
何か…、何でもいいから話題を探さなければ直ぐに切れてしまうじゃないか。
会話をしなければ。そう気焦って余計に口が動かない事に焦る。

「確か、浦原喜助の所で下宿しておるのだったな」
「あ、はい、そうです」

「此方とは随分と勝手が違うだろう。多少は慣れたか?」
「いや、なんか圧倒される事の方が多くって、けど良くしてもらってますよ」

気遣ってくれるその言葉が照れくさくて上手く言葉に出来ない。普段ならば恋次の方から話題を出し多くを話し、その間々で白哉が一言二言返すのだが、今はまるで逆になっている。
そんな見当違いな事を考えてしまうのは、未だ夢と現実の堺にいるからだろうか。
(俺の誕生日を覚えていてくれて、電話してきてくれたんですか?)
その質問は、今となってはどうでも良くなっていたが…、それでも頭の隅に居座ったままで、なかなか切り出せずにいるのも、恋次の口を重くしている原因の一つだろう。

「恋次」
「はい」

「…月は出ているか」
「え?、えーと。昼間は曇ってたんスけど、今は晴れてよく見えますよ」

「今宵は満月では無かろう」
「そうっすね、…半月…三日月…、いや、どっちだろう」

些細な会話を切りたくなくて話題作りに窓際へ歩み寄り、僅かな月光を透かしていた障子を大きく開けた。
ほんのりとした月明かりは周辺の建物の輪郭を少しだけ浮き上がらせている。
雲の少ない暗闇に浮かぶ月は少々太めの三日月といった感じだ。
しっかりその姿を確認しようと身を乗り出したその時、背後にある廊下へと続く襖がゆっくりと開いたが、外の月に夢中の恋次は気が付かなかった。
音もなく入ってきた人影が、窓の外に身を乗り上げる恋次の背のすぐ後ろまで迫る。

「下弦の月か」

電話越しとは明らかに違う。耳元で直接的に囁かれるその色を含んだ声音に鳥肌が立った。
突然背後に現れた気配に反射的に距離を取ろうとしたが、その前に腕を捕まれ引き寄せられる。

「…朽……っ」

名を叫ぼうと開いた口は、きつい抱擁と強引な口づけで塞がれて声を出す事ができなかった。

「…っ…ぅ…ふ……」

後頭部を抑えられて舌を捻じ込まれ、吸われる感覚に背筋がぞくりと震える。手に持っている伝令神機は未だ通話状態の画面のまま秒針をカウントし続けているが、それを切る余裕など無い。

「…っ!」

唇を離したかと思えばいきなり足を掛けられて畳の上へと押し倒された。
衝撃に恋次は息を詰まらせたが、呼吸をしようと開いた口は文句を言う暇さえ与えられず再び塞がれて、引きはがそうと暴れる腕は畳の上へと縫い付けられる。

「酒の臭いがする」

ようやく解放され、酸欠で喘ぐ恋次の表情を楽しむように目を細めた白哉が囁いた。

「職務中に飲酒とは、良い度胸をしている」
「祝い酒くらい、見逃して下さいよ」

空気が足りない肺の痛みを堪えて文句を言ってみるが、情けないくらい声が掠れてしまって、咽るのを堪えるので精一杯だ。
その間にも、寝間着の上から体のラインを撫でるように添えられた手は勝手気侭に動く。

「部下の指導は上官の勤めだろう」
「上官は、部下の寝込みを襲わないですよ、つうか背中打って痛ぇんスけど」
「知った事ではないな」

素知らぬ顔でもう一度、今度はゆっくりと唇が重なる。
啄むように触れ合わせるだけの動きが、徐々に大胆になってゆく。呼吸の度に差し込まれる舌の動きに合わせて、恋次も進んで己の舌を絡ませた。

「これも、上司の指導の一環ッスか?」
「当然だ」

両手は未だ畳の上、手首を押さえつけていた白哉の指はいつの間にか恋次の指にしっかりと繋がれている。
そのせいで唇の端に残る唾液を手の甲で拭う事ができない恋次は下唇をひと舐めして嚥下した。新鮮な空気を求めて何度か深く息を吸い込んで、照れ隠しに顔を反らす。
じわりと額に浮かぶ汗が髪に張り付いて、目元に溜まっていた涙が一筋流れ落ちる。その横顔が不思議な妖美さを漂わせていて、ちらりと相手を窺うその視線を追って白哉は目を細めた。

「それだけ…?」

探るようでいて、誘っているような…そんな視線で見上げる恋次に、白哉は鼻を鳴らす。

「今宵貴様を独占するのは私だ」
「ぷっ…何、スか。ソレ…」

ようやく聞けた本音に、とうとう恋次は吹き出した。
ああ、祝う為に来たのだと素直に言えばよいのに。なんて天の邪鬼な人だ。
それなのに言葉とは裏腹に大胆な行動を取るのだから驚かされるばかりで、無性に愛おしくなってくる。

くつくつと笑いながら背に両手を回して引き寄せれば、望む力で抱き返される。
バカにされたと勘違いして機嫌を損ねそうになっている白哉を宥めるべく、恋次は甘えるように体を擦り寄せた。



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「ちょ…っ、他の部屋には子供も寝てるんスけど」


最初から押し倒してきた辺り、直接的な接触を求めているとは思っていたが。流石に着衣の中に侵入してくるその指が本気なのだと気づくには時間がかかった。

夜といえども恋次は現世で任務を行っている最中なのだ。しかも此処は下宿先である浦原商店の一室である。
廊下の向こうには子供部屋だってあるし、家主だってまだ寝ているのかどうか分からない。
そんな場所で恋人を連れ込んだ形でスキンシップ以上の卑猥な触れ合いに耽る事など、まず白哉が由としないだろうに一体何を考えているのか。

「貴様が騒がなければ良い事だろう」
「いやいや、そんなレベルの話じゃねぇでしょう」

さっさと却下して先へと進めてくるその男の辞書には止めるという言葉は無いらしい。
電話では無く直接出向いて来た辺り、最初からその気満々だったという事か。

(あー、もう仕方ねぇ…)

結局は、どうやっても押し切られてしまうのだ。

観念して力を抜いたのを合図に、刺青の模様をなぞるだけだった指先が寝間着の合わせへと入り込む。

「私からの連絡が無くて、寂しかったか?」
「…っ、別に…ガキじゃあるまいし…」

否定しながらもその声と視線が戸惑っているのは隠しようも無い。
あれほど一日焦がれたのだ。どれほど白哉を求めていたのかなど、聞くまでもないだろう。

「伝令神機を握りしめて眠っていたのに?」
「なっ、見てたのか?!」
「貴様の行動など見なくとも分かる」

完全に白哉のペースに流されている事を自覚して、恋次の心は複雑だ。
耳を甘噛みし、吐息を含む舌が首筋から生際へと這う。わざと音を立てて皮膚の薄い部分をなぞられて、羞恥と興奮にじわりと浮かぶ汗。
帯はそのままに両足を開かせると、下帯の中で緩く立ち上がっている其れが良く見える。

「素直に言えたなら、褒美をやろう」
「…、っ…狡ぃ…」

布の上からゆっくりと撫で上げ、鈴口を指の腹で焦らすように刺激してやる。
じわりと先走りの染みが浮かび、ぐっと容量と固さを増した其れが窮屈そうだ。
薄い布をずらしてやれば完全に立ち上がった牡が早く触れてくれと訴えるようにふるりと動く。

「恋次」

触れるか触れないかの微妙な愛撫しかしてこない白哉が再度催促する。楽しんでいるとしか思えないその態度に、恋次は悔しげに唸った。

「…そうですよ…」

恥ずかしさから両腕で顔を隠したまま発した声は、酷く小さく聞き取りづらい。

「…忘れられたかと思って、俺…」


耳まで真っ赤に染めながら、ようやく吐き出した本音に白哉は満足する。
日頃滅多にお目にかかれないその可愛らしい面は、恐らく自分しか見たことが無いだろう。
そう思えば、わざわざ遠く現世まで来た甲斐があったというものだ。

愛しい恋人に、ご褒美を。
体を下にずらした白哉は、早くとせがむ恋次の牡を咥内へと迎え入れた。

「ぇ、や…、隊長…」

予想していなかった口淫に戸惑う恋次が小さな抵抗を見せる。
それにも構わず奥までくわえ込み、舌で裏筋を扱くようにして愛撫してやる。

「ぅ…ん、ん…っ」

声を出すまいと結んだ唇から喘ぎが漏れる。
切なげな息を吐き出しながら首を振る恋次は震える声で嫌だと訴えた。
股間に顔を埋める白哉の髪に絡める恋次の指は、引き剥がそうとしている様であるし、もっとしてくれと催促している様でもある。

「は、…ぁ…、あっ…」

鈴口を刺激すればどんどん溢れてくる先走りを啜り、唾液を絡ませてわざと卑猥な音を立てれば、ぶるぶると内腿を奮わせて甘い声を漏らす。
下生えの茂みや袋を指で弄べは、口内の花茎が脈打つ。そのままお互いの体液に塗れた指先を下へと這わせて、慎ましく閉じているその蕾を開かせるようにゆっくりと埋めていった。

「…んっ…待っ…ぁ…」

待ってくれと言う口とは反対に、中は白哉の指を求めて蠢く。
肉壁を擦り、指を曲げて前立腺に触れてやれば必死に声を堪えて耐える恋次の体が大げさにびくりと跳ねた。

「恋次、声を出せ」
「…嫌、…っ、…」

これ以上声を上げるわけにはいかない。
そう耐える恋次の体には大量の汗が張り付き、呼吸不足の顔は酸欠で真っ赤。快感に耐えて睫を涙で濡らすその様は普段の彼からは想像もつかないほどの色香をまとっている。
その抵抗がいつまで持つかー…。
ほどよく解れた後孔の頃合いをみて、白哉は口を離した。
身につけていた死覇装の前をくつろげると、恋次の両足を抱え上げ、腰を進める。
堅く猛る先端が熱く熟した泥濘に宛がわれると、恋次は声を上げまいと腕を噛んだ。
みちりと音を立てて、屹立が恋次へと突き立てられる。窮屈なその中は熱く蠢いていて侵入する白哉を離すまいと絡みつくようだ。

「−、ぅー…っ、ん……」

貫かれ、圧倒的な力に支配される。慣れない痛みとどうしようもない圧迫感。きつく閉じられた瞼から堪えきれない涙が幾筋も流れ落ちる。
呼吸すれば声を上げてしまう事になると分かっている恋次は、喉の奥まで突き上げる強い衝動と快楽を堪え続けた。

血管が浮き出る程に張りつめた茎は今にも破裂せんばかりに猛っていたが、理性が邪魔をしているのか絶頂を極めるまでには至らない。

「恋次」

白哉が噛みしめている腕を引きはがそうとする。それを首を振って抵抗した。
こんな状態で声を抑える術を無くしてしまったら、あられもない声が部屋中どころか、廊下にまで聞こえてしまう。

もし、誰かに気づかれてしまったら。
もし、中を覗かれてしまったら。
その事が、恋次のなけなしの理性を繋ぎ止めていた。


「大丈夫だ、誰もおらぬ」
「…?、ぅ…んっ…」

「皆出払っておる故、堪えずとも聞かれはせぬ」

「何、でー…」

僅かな隙を付かれて、歯型のついた腕は畳の上に押さえつけられてしまう。直後、ぐっと最奥まで腰を押し付けられて、その衝撃に悲鳴にも似た声を上げるしかなかった。

「っア!!…ぃ…あ、あ!」

後は理性の枷が外れるのも時間の問題である。
声を上げさせようと攻め立てる白哉に抗える筈も無く、「誰もいない」と云う確信の無いその言葉だけを頼りに、恋次は我を忘れていった。






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外が、少しばかり白んできている。
あと1時間もすれば夜明けを迎えるだろう。
疲労から布団に伏せたままの恋次は、帰り支度を始めた白哉に声をかけた。

「そういえば、どうやって此処へ?」

どうせ適当な用件をでっち上げて穿界門を開けさせたのだろうと予想した恋次は、白哉の言葉にぴしりと顔を強ばらせた。

「浦原に依頼したのだ」
「……は?…」


夜に出てきたケーキ。
子供達からのプレゼント。
酒の差し入れ。
誰もいない夜。
唐突に出てきたその名前に恋次の思考は停止した。

「じゃぁ、今日が俺の誕生日だって浦原さん達が知ってたのは…」
「私が話したからだ。値は少々張ったがな」

さらっと言ってのけたその意味を理解するには、少し時間がかかった。
つまり一晩この浦原商店を貸切にし、ソウルソサエティへの往復を金で買ったというのだ。
もちろん、今晩白哉が恋次とこの家で何をするのか全て承知の上で。

下宿先に上司との恋仲をバラされ、家主に逢引の手引きまでさせてしまった挙げ句、家主全員を一晩追い出して色事に興じてしまった。
非常識極まりない…恥ずかしくて死ねるレベルだ。

何て事をしてくれたんだと顔を青くして叫んだ恋次は、すっかり帰り支度を済ました白哉を涙目で睨んだが、当の本人はさらっと無視だ。

「祝いの品を用意した故、早く任務を終えて戻れ」

悪びれる様子も無い白哉は、別れ際の紳士的な触れ合いも忘れない。
呆然とする恋次に触れるだけのキスを落すと、さっさと部屋を出て行く。その後をどこからか現れた黒蝶がひらひらと追いかけてゆく。

その後、一人残された恋次は先ほどまでの濃厚な睦み合いの余韻も別れ際のキスを味わう余裕さえも無く、布団に突っ伏して悶絶するしか無かった。


「明日の朝どんな顔して会えば良いんだよ!!」

任務が終わるまであと数日。
とんでもない弱みを握られた恋次が、浦原商店でますますこき使われる事になったのは言うまでも無い。








fin...



■あとがき

恋誕です!8月に書き始めてすぐ終わるつもりが、気がつけば2か月遅れ…。
随分遅くなってしまって申し訳ありませんでした。

浦原さんに、「昨晩はお楽しみでしたね」とニヤニヤしながら言われて、恥ずかしさで泣いたら良いと思う。
兄様のサプライズ大作戦で、被害を受ける恋次に萌えます。

読んで下さってありがとうございます。


2013.11/7


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