「誕生日、何がほしいですか?」

俺ができる範囲なら、何でもやりますよ。
1月の半ば、無邪気な笑顔と共にそう切り出した恋人に、特に何も浮かばなかった白哉はしばし考え、そして答えた。

「それでは、お前を」

決して厭らしい言い方でもなく、しごく真面目でまっすぐな視線の上、はっきりとしたその物言いに一瞬戸惑った恋次であったが、その申し出に対して深くは考えず、嬉しそうに頷いた。

そう、その時恋次は本当にその言葉の意味を何も考えていなかったのだ。




[ 贈り者 ]




1月の末日の夜、恋次は約束通り朽木の屋敷の門を叩いた。
案内されるまま通されたのは何度も訪れている白哉の私室である。最低限の照明とひんやりした室内の温度から、当主はまだ戻ってきてはいないようだ。

平日だという事もありお互いに仕事ではあったのだが、白哉は午後から帰宅しており、大貴族は記念日ともなれば大変だなぁと他人事のように思う。

まだまだ戻るのには時間がかかりそうだと申し訳なさそうに告げる使用人に、のんびり待つから大丈夫だとお礼を言って、しばらくの間ぽつんと一人にしては広すぎる部屋で待ちぼうけを食らっていた。
そばに置かれた御膳の上には温められた酒と肴。使用人が持ってきてくれた時には両方から温かな湯気が立ち上っていたのだが、待っている時間に比例して、今現在は器に触れても僅かな温かみしか感じられない。

まだ主人が戻ってもいないのに酒に手を付けるわけにはいかず、うろうろと室内を物色する事もはばかられる恋次は正座したままぼんやりと外を眺める。
室内の灯りに照らされて浮かぶ庭の情景と、川のせせらぎがしんとした部屋に寒々しく、暖かい室内にいる筈なのに、背筋が少しぞくりとする。
時折鯉が跳ねる水音に耳を傾けながら、ふと先日の約束を思い出した。

望む事を叶えてあげたいが何も浮かばなかったのだ。欲しいものは何かと問うた答えが物品でもどこかへ行くという事でも無く、ただ「自分」であった。
それは恋人として記念の日を共に過ごしたいと望まれているという意味と取るならば、大変喜ばしい事ではあるのだが。
仕事も私生活もほとんど共にしている今の関係で何故今更それを願うのか、よくよく考えてみれば少し疑問が残る。
恋人という間柄ならば当然相手の為に予定は空けておくし、共に過ごすのも当たり前では無いのだろうか。
それとも、当たり前という思いこみは自分だけで、相手はきちんと自分と過ごす約束をしてくれたという事だろうか。

(真面目過ぎる人だしな…)

そう自己完結してまたぼんやりとしていると、慣れた気配が近づくのを感じ恋次は気を引き締めて、上司を敬うべく畳に手を付き頭を下げた。

すらりと小さい音を立てて入ってきた白哉は視線だけ向けて、静かに室内へと入ってくる。
顔を上げて其方を伺えば、貴族の正装である白い羽織を脱ぎ、家臣である清家に手渡した所。
どうやら終わったばかりらしい。

家臣に羽織だけ持たせて下がらせた部屋には白哉と恋次の二人きり。
そのまま恋次の隣に腰を下ろし、そばに置いてある手つかずの猪口を取って此方へと差し出してくる。
もう冷えてしまっているから新しく持ってきてもらおうかという提案も無言で却下され、望まれるまま酒を注げば一口で呷った白哉はふうと気だるくため息をついた。

「隊長、今日はお疲れさまっス」

騒がしい事が好きではない白哉だが、自分の記念日ともなれば仕方ないのだろう。
目に見て分かるほど疲れている相手に恋次は苦笑いをひとつ。
時間帯からして食事は終わったのだろう。とりあえず湯にでも浸かって疲れを取ってもらってから、酒なり何なり持ってきてもらおうか。
そう思った矢先の事であった。

「恋次、」

無言であった白哉から発せられた声は、幾分低い。
じろりと横目で見られたその顔は不機嫌そのもの。
明らかに先ほどまでの貴族のお付き合いでの疲れでは無く、自分の態度に機嫌を悪くしている気配にびくりと恋次は身構えた。

「貴様は何故ここにいる」

「…へ?」

あまりに解りきった問いが予想外過ぎて、思わず持っていた徳利を落としそうになった。


「えっと…、」

それは、白哉が誕生日に俺が欲しいって言ったから。
理由してはそうなのだが、実は今夜屋敷に伺いますといった口約束らしい事を全くしていなかったのは事実だ。
それに何故か恥ずかしいという気持ちが強く、あの約束以来その話題すらお互い話す事はなかったし、話題にも上らなかった。
午前中もタイミングが合わずに結局言えず、今の状況だけなら、勝手に恋次が押し掛けた形になっている。

けれど約束は約束である。しかも相手から望んだ事。だがもしや、あの日の約束をきれいさっぱり忘れているのか。
アンタが俺が欲しいって言ったからわざわざ来てやったんじゃねぇか。という言葉を恋次は喉の奥でぐっと堪えた。
それをそのまま言ってしまえば、更に白哉の機嫌を損ねてしまう事は想像だに容易い。

「その、俺も…朽木隊長の記念日を祝いてぇって思ったから、です」

とりあえず、不機嫌の理由をハッキリしなければどうしようも無い。確かに自分は何も用意していないが、それでも祝う為にと来ているのに怒らせてしまっては雰囲気も何もかも台無しだ。
一言一音じっくり選んで切り出した言葉に、白哉はふいと横を向いた。
そのままもう一度差し出された猪口に、ゆっくりと酒を注ぐ。
とりあえず、少しだけ機嫌を回復してくれたようだ。

「貴様から言い出した約束を、もう忘れたのか」

白哉の言いたい事が分からずに、恋次はただ首を振る事しか出来ない。
頭の上にはハテナマークが5.6個浮かんでいる。

「恋次、私は少し失望したぞ」

眉間に皺を寄せてますます深いため息を吐く恋人の様子に、背中にじんわり冷や汗をかきながら恋次は必死に理由を考える。
何をどうして失望させてしまったのだろう。
約束を忘れていないから今晩来たというのに。

「私を祝いたいのだろう」
「…はい」

原因が何も浮かばない。
しょんぼりとしてしまった恋次を前に、白哉はついに諦めた。
この男に期待した自分が愚かであったのだ。
まだまだ指導不足。頭の足りない恋人には手取り足取りじっくり教えてやらなければ。

「まず、その格好は何だ」

猪口に残る酒をぐいと一口で飲み干した白哉は、目の前の恋人の姿を上から下まで舐めるように眺め、そして苦い顔をする。
なぜならば、今の恋次の格好は昼間の仕事中と全く何ら変わらぬきっちりと結われた髪と死覇装であったからだ。

「せっかく湯に通しておけと命じておったのに、貴様は断ったそうだな」

確かに来た時に使用人から湯を勧められると共に浴衣を差し出されたのだが、白哉がまだ戻っていないのにだらけた格好はできないと、わざわざ恋次は丁重に断っていたのだ。
もちろん湯も食事も屋敷を訪れる前に済ませてきたので、衛生面では問題無い。
いくら情人とはいえ、上司と部下の立場であるからには、きっちりと弁えておくのが上に対する礼儀だと恋次は思っている。

白哉も、そんな真面目な姿は仕事中ならば必要だと言うだろう、だが今は違うのだ。
別に同性である恋人にしなを作って欲しいとも思わない。三つ指付いて出迎えろとも思わない。
だが、ようやく私用な時間に入ったというのに、仕事中のような出で立ちと態度で迎え入れられてしまっては楽しみにしていた気持ちも萎えるというもの。

せめて湯上がりのくつろいだ出で立ちと共に、ほろ酔いの笑顔で迎えてくれたら…という白哉のささやかな願望は空気の読めない恋人によって打ち砕かれてしまったのだ。
「誕生日に何が欲しいですか」という約束を前もって交わしているのだからそれなりに期待していたというのに、戸を開ければ、普段と変わらぬ(むしろ甘い雰囲気の全く無い)恋人の姿。
これでは、包装もせずに手渡されたようなものである。

「もう少し、誠意を見せてくれても良かろう?」

それでも、目の前で申し訳なさそうに戸惑う恋人の様子が可愛くない訳では無い。



「先ほどの言葉。言い直せ、それと…」

高く結い上げていた髪へと伸ばされた手が櫛を抜く気配。
次いで堅く縛っていた髪紐を解かれ、ばさりと肩に落ちた伸びた髪に長い指が絡まる。しっとりとした髪を梳くように何度か往復し、目を合わせたまま頬を撫でられて、とろりとした声で囁いた。

「この場では、名を」

そっと脇へと置かれた櫛の行方を探す事も出来ず、視線は美しい恋人から反らすことができない。
ようやっと白哉の言いたい事が理解できた恋次は、体を近づける恋人の肩に腕を回し頬を赤らめて小さく笑った。


「あんたの誕生日、俺に祝わせ下さい…白哉さん」

ようやく恋人らしい言葉が聞けたらしい白哉の機嫌はもう悪くないようだ。

贈られた自分を存分に堪能するまで解放してはもらえない事を改めて覚悟して、恋次は誘われるままに白哉と唇を合わせた。
畳の上に横たわる指先に、白い指先が絡まる。
池の鯉が一際大きな音を立ててぱしゃんと跳ねたが、もう恋次の耳には入らなかった。






End…



■あとがき

思いのほかロマンティック思考だった兄様のお話でした。
お詫びに恋次は一晩かけてがっつりご奉仕すればいいと思います。

1日遅れちゃったけど、おめでとうございます兄様。
そして、読んで下さってありがとうございました。



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