[ 燻る炎 ]





庭の脇に立つ灯篭に火が灯る。
ゆらゆらと移動している明かりは、使用人が手にしている提灯の光だろうか。
通り過ぎる道筋に灯ってゆくその光は周囲を照らすには酷く頼り無く見えた。
完全に夜の帳(とばり)が下りてしまえばそれはそれで良いものであるが、こんな薄暗い時間帯は明るかった昼間の日がなんとなし懐かしく思えるものだ。
沈みきった太陽のおぼろげな赤でさえも僅かになった空にはうっすらと星が見え始め、やがて周囲は闇で輪郭を無くしてゆくのを、白哉は何となし見ていた。

足元に置かれた香が僅かに燃ゆるそのほんの少しの燻炎も分かるほどに暗くなった夕暮れ時。白哉は昔から贔屓にしていた料亭の一室で、用意されていた酒をゆっくりと口に付ける。
大きくは無いが丁寧に手入れされた庭を横切る者など先ほどの使用人くらいなもので、周囲はしんと静けさを保っており、コトリと杯を置いたその音だけが控えめに響いた。

燗をつけた酒は運びこまれてからと比べ随分と冷えており、比例して白哉は随分とこの場所で何をする事も無く庭を眺めている。


「遅い」

背後に感じた気配に、視線すら向けず口を開く。その声は待たされた事によるものか、若干の不機嫌さを含んでいた。
貴族であり、護廷十三隊の六番隊隊長でもある白哉を待たせ、尚且つ機嫌まで損ねさせたという事にも、その相手は動ずる事はなく、ただ黙って障子を後ろ手で閉め、2,3歩室内へと入ってくる。
入室の声すら掛けぬ無礼な男、恋次の様子に、はじめて白哉は視線を其方へと向けた。

入って来た恋次の姿は普段の死覇装ではない。店側が用意したらしい落ち着いた色合いの浴衣に袖を通している。
普段ならば高く結い上げられている髪も下ろし緩く纏めてあるだけのその出で立ちは普段と違った印象を与え、やけに新鮮に白哉の目に映った。
それなのに、顔だけは普段以上に不機嫌を隠さない表情で、ただそれだけが残念だと心の中でごちた。

「どうした、何をそんなに拗ねておる」

そう問うてやれば目じりを僅かに朱に染めて、視線を下に向けるだけ。答える事は無い。
髪を下ろしたせいなのか、それだけでどことなく色を含んでいるように見え、白哉は無意識に目を細めた。

「此方へ」

そう促してやればゆっくりではあるが白哉へと歩み寄ってくる。手が届くほど近くまで来た所で腕を取り強く引き寄せると、恋次は慌てたように手を突っぱねた。
そうしないと白哉の胸へと飛び込む形で縋り付いてしまうからだ。

「…ッ!、アンタ」
「何だと思ったのだ?職務で無い事くらい、私の副官ならば分かっていた事であろう」

その言葉に、恋次は図星を突かれたように視線を泳がせる。 言い返せないのだ。
それでも素直に身を任せるのは嫌だと抵抗を見せる恋次を膝の上へ乗せた白哉は、その両腕を捕らえて尚も強く引き寄せる。
体が触れるほどに近くなった恋次からふわりと漂うのは、石鹸の香り。
濡れた髪と、しっとりとした湯上りのその肌に惹かれるようにして白哉は刺青の走る首筋へと舌を這わせた。







夕暮れ前、恋次は一人執務室で残りの仕事を片付けていた。
白哉は外出先からそのままに帰宅する事になっており、仕事が終われば自主的に帰宅して良いとも言われていて、もう他の隊員もおおかた帰宅した頃である。
特に急ぎの書類も無くのんびりと筆をすべらせながら、今日の晩飯は何だろうかとか、終ってから誰か誘って飲みにでも行こうかなどと恋次は考えてながら書類を捲る。

そんな思案を遮るように、開け放たれた窓からふわりと黒い影が舞い込んだのは一匹の蝶であった。執務室の部屋をくるりと羽ばたいた其れは迷うこと無く恋次の前へと舞い降りる。

「…、」

それは白哉からの地獄蝶であった。
指先に止まらせればその伝言が伝えられ、恋次はそれを受け取るや否や執務室を飛び出した。



そうして急いで駆けて来たというのに、今の状況は何だ。


「地獄蝶なんか使うからだ。てっきり俺は…」
「至急の用には変わりなかろう?」

笑いを含みながら白哉は着物の合わせから入り込む指先が遊ぶように肌をなぞってゆく。
これのどこが急を要する用件というのだろうか。恋次はそう言いたいのを堪え舌打ちするしかない。
どうせ何を言ったって、抵抗して見せた所で今の状況が変わる訳ではないのだ。
そして、急いで参じた己の馬鹿さ加減を今更後悔した。


白哉から伝えられたのは来いという用件のみで、後は場所と店の名前だけという短いものだった。
もしや出先で何かあったのだろうか。そう思い向かった店に入るや否や、使用人に通されたのは何故か浴場で。
白哉からの命だと着替えまで渡されて豪華な風呂へと放り込まれた時から嫌な予感はしていたのだ。
案の定、湯上りに通された部屋で待っていた白哉はのんびりとくつろいでいる最中で。
何のためにこの場所に呼ばれたのかようやく確信した時にはもう手遅れだったのだ。
所詮自分など、呼ばれて向かう商売女と同じ扱いか。


不機嫌さを隠さない恋次をあやすように、白哉は濡れた前髪を指先で梳いてやる。
しっとりと水分を含んだ髪はさらりと乾いた時のようには滑らかに指先の間を滑りはしないものの、紅の色が室内の明かりに反射し深い色をして映るのは良いもので、いっそう白哉の興をそそった。
生え際からゆっくりとかき上げて、頬、目じり、額と口付けを落としてやれば、次第に恋次の強張った肩から力が抜けてゆく。
ようやく機嫌が直ったかと白哉は満足げに微笑んだ。


「急に逢いとうなった、それで呼んだという理由では不満か」
「笑えねぇ冗談はよしてくれ」

だが素直に反応を見せる体と正反対に恋次の声はいつまでも冷めている。

「まだ、…仕事が残ってるんだ。」

だから早めに終らせてくれと、そういう意味で抵抗を諦めたのだという恋次の様子が白哉は気に入らない。
同じ隊の隊長、副隊長ともなれば互いの仕事内容など意識せずとも把握できる関係で、今日だって恋次の持っている仕事量を考えればもうとっくに終って良い時間であった筈だ。
いつまでも頑なな態度をとり続ける恋次に、たまには気分を変えて逢瀬を楽しみたいと思っていた白哉の心情など伝わる筈も無い。

白哉は梳いていた指先で強く髪を掴むと、強引に唇を合わせた。

「ッ…う…」

そのまま畳の上へと押し倒し、ぬるりと口を割り開く。
足を割り開かれ内腿へと入り込む掌の感触にビクリと体を跳ねさせた恋次は白哉の着物を強く掴んだ。
後はもう済し崩しに下帯を剥ぎ取られて、立ち上がってもいない自身を強く扱かれ始め、塞がれている口からくぐもった声を上げるしかできない恋次はもう考える事を放棄するしかなかった。
どうせ此方が怒っていようが、どう思っていようが、白哉には関係ないのだろう。ならばもう後は気が済むままに任せるしか無いのだ。


白哉は完全に諦めを見せる恋次の、その緩く縛っていた髪紐を解いた。
途端に畳の上に散らばる紅。完全に眼下に晒された無防備な身体。より一層立ち上る香りに皮肉めいた笑みを浮かべる。

「不服そうな割には、念入りに体を磨いてきたようだな」

長い髪を掬い上げ口付ければ鼻腔を抜ける石鹸の香りが心地よく、焚き上がる白檀の香りと混ざり合う様に白哉は軽い眩暈を覚えた。
これからこの敵意を含み燃える瞳が快楽で染まりゆく様を堪能できる喜びと、この体を存分に味わえる期待感で体の奥からぐずりと湧き上がる感覚を白哉も無視できなくなっている。
たまらなく、この男には欲情させられるのだ。

「っ…」

自分の為に念入りに体を洗ったのかと笑う下世話な揶揄にも、恋次は反論できなかった。
きっと部屋へ通されればこうなるだろうと予測できた恋次はなかなか湯から上がる気になれず、先延ばしをするようにだらだらと時間と手間をかけて、結果として普段よりも念入りに体を洗ってしまった事を自覚していたからだ。
決して白哉の為にした訳などではないが否定する事はできない。かといって素直に頷く事も嫌で、恋次は目を背ける。

「どうだ、ここも良く洗ったか」

まるで子供にでも言うような口ぶりで、白哉は後孔をぐるりと撫でた。

「…ッ悪趣味な事はやめてくれ!」

顔を羞恥で真っ赤に顔を染める恋次は咄嗟に白哉の肩へを押し返そうとした。
こんな会話などなくていい。だからさっさとしてくれ。
そう急かす恋次の困惑を汲むように、白哉はすぐ様指先を中へと潜り込ませる。
解すように増やされた指が性急に中を擦り上げ、ぴりりとした痛みで恋次は小さく悲鳴を上げた。

「どうだ、恋次」

尚も続ける白哉に、もう恋次は声を上げる事ができない。口を開けば、出てくるのは言葉にもならない声ばかりで、息を詰め痛みをやり過ごすだけで精一杯だ。
遊ぶかのような余裕めいた様は口ぶりだけで、指先はやけに先を急いでいる事を自覚し白哉は嘲笑する。

「恋次」
「ぁ…聞く、な…」

耳元で低く囁けば、それに反応するようにきゅっと締まる後孔、困惑と快楽に揺れる瞳が白哉へと流される。僅かに潤んだその目じりに口付てやれば、それにぴくりと肩を震わせ二、三度嫌々と首を振るだけだ。

頃合を見計らい指を引き抜くと、白哉は体を起こした。
畳の上へ散らばる紅と、薄明かりに浮き上がる肢体。来ていた着物もすべて剥ぎ落とした頼りない姿でて震える恋次から目を反らす事なく、手早く己の着物を脱いでゆく。

「…っ…隊、長…」

無駄なく肉の付いた脇腹に走る刺青に沿って指を下らせ、そのまま両足を抱え上げれば期待と不安に揺れる瞳が白哉へと向けられる。
体を重ね、後孔へ高ぶる己を押し付け腰を進めてゆけば、恋次は苦しげに声を噛んだ。先端が収まった所でぐっと根元まで押し込んでやれば、耐え切れなかった声が部屋に響き、構わず抜射を繰り返せば、それは直ぐに色を含みだし白哉の耳を擽る。

「あ……あっあっ…ッ。…あ!…」

眉間に刻まれた深い皺と喘ぎっ放しの口から、その快楽の深さが見て取れた。
時折奥深くを突いてやればよりいっそう体を反らせ、肩に回された指先が爪を立てる。

甘い声音に誘われるままに口を合わせれば、自然と絡んでくる舌先。
粘膜を擦り合わせれば一体になれるような気がして、夢中で貪れば、くちゅりとした水音が互いの鼓膜を侵してゆく。

「…ぅ…あっ、…ふ…」

なんと淫らな身体だろう。
熔けるほどに熱を含み卑猥な音を立てる其処らと、張り詰めた恋次のものを扱いてやれば無意識に締る孔の卑猥さに白哉は内心舌打った。

溺れさせるつもりが、先に溺れてしまうなど…。

額に浮かぶ汗を拭い苦笑を一つ浮かべると、白哉は恋次の足をより高く抱え上げ、互いの高みに向けてよりいっそう奥へと突き上げた。









開放の余韻も終え汗ばんだ体を離して起き上がった白哉は、繰り返された行為に耐え切れず気を飛ばしてしまった恋次の髪をゆっくりと梳いてやる。もうそれは湯上りの水気を含んだ重いものではなく、さらさらと指の間からこぼれた。
潰れた喉からは浅く繰り返される呼吸がヒューヒューと乾いた音を立てている。
もう少し手加減してやればよかったと後悔するが、それはもう今更で、白哉は穏やかな笑みを浮かべた。

何度も繰り返し髪の流れる感触を楽しみながら、額に張り付いた髪を掻き分けてやれば現れる無防備な寝顔。


「…恋次」


こんな時にしか優しくできないでいるなど、なんと情けない事か。
きっと目が覚めれば、事後の疲労感などお構いなしに逃げるようにこの部屋から出ていくのだろう。
そうさせているのは自分だと自覚しているが、どうしようもない事と諦めているのも確かで。

もっと、…そう。体を重ねる以外にも触れ合いたいと願うのは贅沢な事だ。


涙で濡れた頬に口付けを落としながら、白哉は飽きる事なくその滑らかな髪を愛しげに梳いた。





END



■あとがき

暗黒様との相互記念で書かせていただきました。
お題が「恋次の髪に触る兄様」で髪型、事前・中・事後も問わないとの事でしたので、できる限り兄に恋次の髪を触ってもらう方向でのエロとなりました(笑)ついでに狂い桜を気にいっていただけてるとの事でしたので、その設定(白→恋)で書かせていただいております。
いや…ほんと戴いたイラストが美麗で美しくて美しくて…。
本当に良いものを戴いたのにお返しがただやってるだけの文で申し訳な…(土下座)
精一杯お礼の気持ちだけは込めております!!
ZAI様、LEO様、本当にありがとうございました!!

2009/06/15


【 戻る 】

Fペシア