場所は隊首室の前。
中にいるだろうお人の気配に、扉の前の廊下で佇む恋次は困り果てた顔で声を掛けようかどうするかを悩み続けていた。

時間は自分の他に人の気配すら無い深夜をも回った頃である。



【 霜月 】





忙しいという理由から白哉が自分に触れて来なくなってどれ程日が経っただろうか。
季節にしてはやけに肌寒くなる夜などは、無意識に人肌恋しくなるというもので。眠れない夜に散歩でも…と寝着姿のまま、気がついた時にはその足はよく見知った扉の前へとたどり着いてしまっていた。
最初に上げた理由など後付けに過ぎず、もやもやと形を為さない感触が胸の奥から沸き上がるのを意識するまでもなく目の前の扉と対峙して思う。
とどのつまり、寂しいのだ。どうしようもなく。




不意に吹き抜けた風に身震いを一つ。着物一枚、裸足のままの姿ではいくら体格が良くとも直ぐに冷えきってしまうのだが、扉の前に佇んでから暫くの時間が経過している。
何度か声をかけるべく口を開いているが、結局の所その言葉が音になる事は無かった。
寂しい。大の男がそんな子供じみた理由で主人の就寝を邪魔して良い筈が無いという想いが頭を過るからだ。
怒られる、いやきっとそれさえも通り越して呆れられるだろう。
もしかしたら暫く触れてもこないのは自分に対し興味や関心を無くなってしまった証なのかもしれない。
そんな後ろ向きな感情ばかりが浮かんでくるのを頭を掻く事で誤魔化した。
普通に考えれば非常識であるのは解りきった事。それでも行動に出てしまったのは、単に職場で顔を合わせるだけの関係以上の感情があるからに他ならない。

(そういやぁ、今まで好きだ惚れたなどという言葉さえ、まともに交わした事が無ぇんだ)
小さくため息を吐き、暫くの後悩んでいた恋次だったが、意を決したのかついに戸へと手を伸ばした。



スラリ

出来るだけゆっくり戸を開くと、うっすらと浮かぶ部屋。その奥に敷かれた寝具と、中で眠る白哉の姿が目に入る。
もちろん許可など取っている筈も無く、きっと中のお人は夢の中。 その姿を捉えた事で気持ちは先へと進んでしまうを抑えられず、ゴクリと喉が鳴る音がやけに耳に残った。
一目だけ。起こさない程度に近くまで、一目だけで直ぐに帰れば良いんだ。
そう、細心の注意を払い這うようにゆっくりと、前進。


月の僅かな光に浮かぶ室内。
視界にハッキリと捉えたお人の姿に、畳の上を這う手が震えてしまう。


「たい…ちょ…」


たどり着いた敷布の端を握りしめ、ようやく吐き出した声は吐息に混じり薄く、背を向けて眠っているその人には届く筈もない。
けれどもそれ以上声を掛ける事も、敷布に乗り上げる事も出来ないまま、けれども後退する事もしたくない恋次はただ静かに眠るその人を眺めていた。

寝具から僅かに出る薄い肩に白い肌、漆黒の髪が月光を受けてなんと艶々しい事。
出来ることならば触れたい。
その髪を指に絡め肌に唇を這わせて。
抱き締めて温かい体温を感じたい。
そんな欲が沸き上がるものの、実行に移す勇気も無くただ、過去の記憶を探り起こしその感触を思い出し胸を熱くするだけだ。

(何やってんだ…俺は)


一目で良かった。
ほんの少しだけで良い。
夜の寂しさを紛らわせるにはそれだけで十分。
触れてしまえば離れがたくなる。それ以上の事を望んでしまいたくなる。
けれどそんな理由で、多忙なこの人時間を奪う訳にはいかないのだ。


なのに。



「夜這いとは感心せぬな」

静寂を破るその低い声と背後から伸びてきた腕に、先ほどまでの思考の何もかも奪い去られてしまうのだ。




「っ…痛」

手を後ろで捻り上げられ無理な体制で押し付けられた身体が軋んだ。
寝具の中で眠っていると思われたその人は未だ動く気配も無い。
痛いほどに押さえつけられたまま、恋次は今の状況を理解し嘲笑した。
戸を開いた時から、中に入った時から、白哉は気配を殺しずっと物陰から自分の様子を伺っていたのだ。それさえも気がつかないほどに思いつめていたなど、なんという事。

「義骸を部屋に置くなんざ、趣味悪ぃぜ」
「不安定な霊圧を漂わせたまま無断で上がりこむ貴様ほどではなかろう。それとも夜襲というならばこの腕へし折ってやっても良いのだが、どうだ」

ますます恋次は可笑しかった。
それは力を込められ痛みを増した腕のせいでもなく、白哉のもう一方の指が目的を持って首筋から襟合わせの中に入り込んできた事でもない。
ただ、背中に感じるじんわりとした温かな人肌が。ふわりと香る嗅ぎ慣れた芳香が酷く自分自身を安堵させるものであったからだ。

「貴様のような甲斐性の無い男か夜這いとは、明日は雨でも降るのではないか?」
「うるせぇよ。そんなつもりで来たんじゃ無ぇ…し」
「…ほう」

会話を続けながらも白哉の指は冷え切った肌の上を滑る。妙に饒舌なのはきっと今の状況を楽しんでいるからに他ならず、気に食わない。
自分はこんなにも目の前の男を欲していたというのに。


「ならば何故そのような顔をする」
「知るか。つうかアンタこそ睡眠を邪魔されて機嫌悪ぃんじゃねぇのかよ」
「そうであったな」


久しく味わっていなかった唇に、身勝手に動く指に。抵抗や反抗をして見せるものの、自覚できる程に膨らみすぎた想いで、押しつぶされそうだ。
こんなつもりではなかったのに気が付けば白哉の言う通り、夜這いとしか言いようが無い事をしてしまっている。



目を反らし押し黙ってしまった恋次の様子に白哉は苦笑いを浮かべた。


(全く、これではどちらが仕掛けに来たのか分からぬではないか)


最近忙しさにかまけ久しく触れていない事は自覚していたが、まさかしびれを切らし向こうから懐へ潜り込んで来るとは思いもしなかった。
恋しくて忍んできたのだろうに、この無愛想な態度は何だ。

「恋次」

もう少し素直になれば可愛がってやらなくも無いのに。そう心の中だけで呟くと、白哉は小さく溜息を吐いた。
呆れると同時に、愛しさをも沸き上がるのは惚れた弱みであろう。


「躾の成っておらぬ犬には、もう一度躾直しが必要だな」



反抗的な瞳で吼えようとする恋次の唇を塞ぐと、白哉はすっかり体温の上がったその肌へと喰らいついた。



■あとがき

自分の義骸を布団にセットしてワクワクしながら恋次を待ってる兄様を想像したらちょっとマヌケ…(笑)



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