▽過去拍手お礼文 「寝る5のお題」


     「ふて寝」


掃除したばかりの清潔な部屋に用意された酒と肴類。
シーツを張り替え日干ししたふかふかの布団はいつ寝ても良いですよとばかりに部屋の隅に広げられ、暗くなった部屋を彩るのは普段よりも少し豪華な置行灯。

白地の和紙にほんのりと色を添えるように花を模した桃色の紙吹雪が、蝋燭の明かりを受けて殺風景な部屋の雰囲気を少しだけムードあるものに仕上げている。
今日、破れてしまった行燈を修理に持って行った時にわざわざ頼んで貼り替えてもらった物だ。

元々服装で云えば女性物と見まごうばかりの派手なものが多い恋次だが、部屋の照明にまで洒落っ気を起こすほど内装に興味があったわけではない。それでも何も無い白地よりは少しは華やかに見えるだろうかと心躍るままに蝋燭を灯したのが3時間前。

半分にまで減ってしまった蝋燭の灯りが心なしか最初よりも暗く、部屋をどんよりとした空気にしている気がして、恋次は用意した酒を眺めて何度目かのため息を吐いた。

最初の1時間はただ単に遅くなっているだけだろうと思っていた。
もう1時間過ぎる頃には相手が約束を忘れてしまったのかと疑い、それ以上に自分の伝え方が間違って相手に正しく伝わっていなかったのかと酷く後悔した。
更に半刻過ぎればもうどん底で、ついには部屋を飛び出してしまいたくなった。
が、もしその間に来たら…という薄い望みが邪魔をした。


そして3時間。
ついに恋次は諦めた。

用意していた酒を一升瓶のまま、自暴気味にぐいっと呷る。
肴として用意していた乾き物を奥歯で噛み切れば、じわりと広がる旨味を大して味わう事無くごくりと飲み下し、また酒を流しこんだ。
口の端から溢れる酒を雑に手の甲で拭い、それが無くなるまで繰り返す。

ああ、明日何て顔して会えば良い。
忙しい人だ。こんな事、よくある事だ。そう言い聞かせても、ますます惨めな気持ちは増すばかり。
そもそも今日の約束をあの人と交わせていたのだろうか。
日取りは今日だと伝えたか。
場所は自分の部屋だと伝わっていたか。
自己完結に胡坐をかいて、確認すらしなかった事が今更ながら腹立たしくなる。

苦い酒を一気に飲み干し、ふわふわとした感覚のまま布団の上に仰向けに寝転んだ。
勢い余って肴の器が音を立てひっくり返ったが、もう気にもならない。
体中を駆け巡るアルコールの音が聞こえるかのように耳の奥に響くのは騒がしげな心臓の鼓動。

「忘れちまえ」

うじうじと落ち込む気持ちに区切りをつける為に、ワザと大きく口に出して言い聞かせる。
耳障りな音から逃げるようにうつ伏せになると、恋次は目を閉じた。
瞼に溜まっていたものがシーツに浸み込んで消えてゆく。


待つ事も動く事も考える事も全部放棄して、恋次はそのままふて寝した。



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     「添い寝」


見えていた星は雲に隠れてしまったらしく、隙間から僅かに覗く月が頼りない。
白哉は逸る気持ちを抑えて足早に夜道を歩いていた。

随分と遅くなってしまった。

「今度の俺の非番に、良かったら部屋に来ませんか?」

隊長の仕事が終わったら。
そう控えめに誘った恋次の約束に頷いてやったのは先週の始めの事だ。
久しぶりに町に出る予定があるから美味い酒でも買って待っていますと嬉しそうに話す副官に、屋敷に来させる事が多い間柄で偶には恋人の部屋でもてなされるのも悪くないと新鮮な気持ちになったものだ。
何よりも、日頃白哉の方から誘う事の多い間柄で、遠慮からかそういったアプローチに積極的になってくれる事が少ない恋次の貴重なお誘いだ。断る理由など無い。

それなのに、だ。

そんな日に限って非常事態は起きるもので。随分と長引いた会議に拘束されて、仕事から上がれたのは普段よりもずっと遅い時間帯であった。

きっと怒っているだろう。
不安にさせているだろう。
そう思い鳴らしてみた伝令神機は、同じ執務室の彼の引き出しの中で鳴るばかり。本人が所持していない事を知らせるだけに終わってしまった。

こんな時間ではもう寝てしまっているかもしれない。
それでも、行かないという選択肢が翌日どんな悲劇になるか分かったものではなかった。
見た目に反して聞き分けの良い男は、上っ面だけ笑顔であっても心がそれに比例するとは限らないのが曲者である。
見えない所でしたたかに努力する一方、いざという時に己の感情を出さず一歩引く男だ。
その性格が後々自分達の交際にどう影響してくるか予想がつかない。
誤解させる事があってはならないのだ。


良く知る部屋の前。うっすらと障子に透ける灯りと気配に呼吸を整える。

「恋次」

声をかけゆっくりと開けば、予想以上に荒れた部屋の様子に白哉は僅かに眉を寄せた。

ひっくり返った食器に、転がった空の酒器。
掛布も無い布団の上で蹲るようにして横になっている恋人の姿。行燈の蝋燭が残り僅かなのか今にも消えてしまいそうなほど頼りげに揺れ暗く、寝ているその表情までは分からない。

起こさないよう静かに襖を閉めると、恋次の隣に腰を下ろした。ここまで近づいても気が付かないのは、よほど酔っているのだろう。

今無理やり起こして謝るべきだろうか。
それともそっと寝かせておいてやるべきだろうか。

とりあえず、窮屈そうに結わえられた髪を解いてやる。日頃は眉間に寄った皺と共に目つきの悪い表情が、下りた長い髪と相まって随分と頼りなく、儚げに見え酷く愛おしい気持ちになるのは己の欲目だろうか。
掻き分け現れた額に口づけを落せば、ふわりと良い香りが鼻腔を擽った。
ゆっくりと髪を手櫛で梳いてやっても、熟睡しきった恋人は起きる気配が無い。

「……」

ふっと音を立てず、室内が暗闇に包まれた。
唯一の灯りだった蝋燭が切れたのだ。
新しい蝋燭の置いてある場所など白哉が知る筈も無く、夜目に慣れてもぼんやりとした輪郭しか分からない状態では、散らかった部屋をそのまま放置するしか無い。
白哉は気の向くままに暗闇の中手探りに頬や首筋に口づけを繰り返しながら名を囁いてやる。
それでも、愛しい恋人はこそばゆさに身じろぐばかり。
何度か繰り返し起きないと判断した白哉はそのまま隣に体を横たえた。


腰に手を回し体を密着させれば、じわりと伝わる体温が心地よい。
さて、朝目覚めたらどうしてやろう。


用意された酒を全部一人で飲んでしまった事。
恋次から誘ったにもかかわらず待ちきれずに先に寝てしまった事。
遅れた自分の非を棚に上げてどうやって虐めてやるのが一番楽しいだろうかと試算しながら、白哉は寝るでもなく目を閉じた。



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     「寝坊」


雨でも降るだろうかと思うような雲が空を一面覆いつくし、気温も些か冷たい。
時折吹く風がひんやりと首筋を撫でるのを気にかけながら、今日も一日が始まろうとしていた。


せわしない足音と共に執務室の扉が勢い良く開かれた。
その音に書類を書いていた白哉は別段驚く様子も無く、動かしている筆をそのままに、視線だけを扉の方へと向ける。

「も、申し訳ありません…遅れました」

先ほどの勢いとは打って変って気まずそうに入ってきたのは己の副官である。
そのまま前へと歩み寄ると謝罪の言葉を述べ深く頭を下げる。それを確認し、白哉はゆっくりと筆を置いた。

「理由は」

時計を見やれば、普段の出勤時間よりも少しばかり過ぎた所か。

「…っ…寝坊、です」

頭を下げたまま肩で息をする男の姿は朝というのに酷くだらしなく見え、白哉は眉をしかめた。
きっちりと結われた髪は緩く、サイドから逃れた後れ毛が数本肩へと垂れ下がり、刺している筈の簪が無い。
死覇装も襟元は開き胸元の刺青が覗く程。よく見れば足元の足袋もこはぜが取れかけて見苦しい事この上ないではないか。


「二度寝でもしたのか?」

その言葉にピクリと副官の体が揺れる。
未だ頭を下げたままの恋次の前に立ち、頬に指を添えて顔を上げさせれば、その表情は遅刻して申し訳ないと言うよりかは、何か白哉に対して文句でもあるかのように不満そうに歪んでいる。

「申し訳ありません。…俺の自己管理不足です」

その表情とは裏腹に、つらつらと言い訳を述べるかと思っていた口は思いの他潔い。
遅刻するに値する理由はある筈なのに、それを全部堪えて己の非を認めもう一度謝罪する姿に白哉は面白げに鼻を鳴らす。
視線は未だ交わる事は無く、恋次はあえて反らしたままだ。

「だらしのない恰好だ」

自己管理不足という理由は、正当な理由になりはしな
い。
だがそんな事よりも乱れた衣服の方が気に入らないのか、白哉は広がった着物の襟元に指をかけた。
胸元にわずかに浮かぶ黒ずんだ欲の印を隠すように鎖骨の中心でしっかりと整え、加えて逃げた後れ毛を額布に隠すように押し込んでやる。

「非番明けに寝坊とはな」

「っ!」

ギッと敵意むき出しに睨んでくるその視線が心地よい。
異論の為に開かれた口は、息を大きく吐き出したのみで言葉を紡ぐ事はなかった。

「もう少し寝ていても良かったのだぞ」
「…馬鹿言ってんじゃねぇ」

耳元で囁くように言ってやった言葉に対し、絞るように小さく吐き出された文句が敬語でなかったのは、せめてもの抵抗だろう。
赤らめた頬が充血し腫れぼったくなった目元に映えて、反らした視線が妙に色気を含んでいるかのように白哉を誘っていた。

このまま口づけたら、この男はどんな反応をするだろうか。
職場に相応しく無いとは思いつつも、誘惑に駆られて手を伸ばしてしまいたくなるのは、もう仕方無いのだ。

「恋次」

反らしていた視線が寄り道をしながら此方へと向けられるその意地らしい仕草に思わず頬に触れていた。目じりが思っていた以上に熱を持っている事に白哉は目を細める。

気が付かなかったが、どうやら酷く泣かせてしまっていたかと反省する気はさらさら無く、むしろ更に己の中の加虐心が増してゆくのを自覚して、僅かに自嘲する。
どんな理由であろうとも公私は分けるのだと強い意志を示す恋人の意地らしさが愛しくもあり、その一方欲情の色を無意識に漂わせる矛盾した様が悩ましくもある。
顔を強張らせ何をされるかと身構え動けないでいる副官の衣服を丁寧に整え終えてやると、白哉はこの度の遅刻の失態をあっさり見逃してやる事にした。


拍子抜けした顔をしながらも自分の席について仕事を始めた部下を横目に、己も書きかけの書類の筆を取る。
その様は心なしか楽しげである。

警戒する恋人を今晩もどうやって説き伏せようかと、密かにほくそ笑んだ白哉の機嫌の良さを、恋次は気づく事は無い。

ただ、ぞわりと背筋を駆け抜けた悪寒に身を震わせただけであった。




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     「昼寝」


白い雲で覆われていた空がようやく晴天の兆しを見せ始め、暖かな日差しが時折指すようになったのは日がもうだいぶ昇ってからの事でだ。

「そこに座れ」

昼食を食べ終わった恋次は執務室に戻るなり開口一番不機嫌極まりない上司の台詞に何かやらかしたかと顔を強ばらせた。
指を示し命令された先は、執務室に置いてある来客の為の長椅子である。
まだ休憩時間は半分近く残っている。ここでお説教という時間はできれば勘弁してもらいたいと少々胃の痛い思いになりながら、恋次は大人しく腰を下ろした。

普段あまり使用しない上等の綿がつめられた長椅子が、恋次の体重を受けて深く沈み込む。堅い椅子になれきった体には、この独特な浮遊感がなんとも慣れず、さらに緊張感の増した掌をぐっと握りしめた。

一体何のお叱りだろうかとあれやこれや考えていれば、何故か隣に座った上司に、恋次は首を傾げるしかない。

「半刻経ったら起こせ」

そういったが最後、恋次の膝の上に頭を預け横になると、そのまま目を閉じてしまったではないか。

「え、ちょ…隊長?」

強引に長椅子の上に横になり、恋次の膝を枕代わりに頭を乗せる。
その様子に説教を覚悟していた恋次は声を上げた。

「あの…、仮眠室の方が良く眠れるんじゃないスか?座布団とか膝掛けとか、俺…取ってきましょうか?」

男の膝を借りて横になる上に狭い椅子で寝るなど、仮眠を取るには少々窮屈ではないだろうかと恋次は思う。
現に自分の膝は枕よりも高いし堅いだろう。足だって折り曲げた状態で、寝返りだってできそうにないのだが。

「黙れ」

そんな心配も低い声で一括されてしまえば、もう何も言えない所か、休み時間終了まで動けない事が決定してしまったではないか。
寝息を立てて眠ってしまった上司に、恋次は複雑な面持ちで抗議しようと開いていた口からため息を吐き出した。
こんなに直ぐに眠ってしまうなんて、珍しいと一言で片づけられるものでは無い。
横になれば大概は直ぐに寝れる恋次と比べ、物音一つで起きてしまう寝付きの悪さも眠りの浅さも普段から恋次はよく知っている。

そういえば昨日は遅くまで隊首会だったと聞いていたし、その後の事を考えれば、昨日の夜はぐっすり寝る時間など無かったのかもしれない。

(甘えてくれてんのか、ただ単に使われてるだけなのか)

時々、よく分からなくなる。
だが、それでもまぁいいかと思い直した恋次は、普段滅多にお目にかかれない恋人の寝顔をこれでもかと観賞する事にした。





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     「うたた寝」


窓の外は雲が消えた快晴。その日差しが窓から室内に差し込み少し暖か過ぎる程に部屋を暖めていた。
きっと窓を開けば心地よい風が入ってくる事だろう。

ふっと浮上した意識に任せて瞼を開いた白哉は、頭上ですうすうと寝息を立てる恋次を見上げて小さく息を吐いた。

「…恋次」

呼んでみても、反応は無い。
こっくりこっくり船をこいでいる副官は、背もたれに完全に体重を預け頭だけを前に倒した格好のまま、時折不安定に首を揺らしていた。

半刻経過したら起こせと命令した筈だが、この様子ではもうその命令が正しく果たされる事は無いだろう。
慌ただしくなった廊下を行き交う足音が、残り僅かになった休み時間と、午後からの始業開始を伝えていたが、それでも白哉は直ぐに起きる事はせずに眠っていた体勢のまま、しばらく寝入る恋次の様子を観察する。

遠慮がちに添えられた手の重みが心地よい。
目つきの悪い眼差しは思いの外長い睫に縁取られた瞼に隠されて、奥歯を噛み潰すように引き結ばれた唇も今は呼吸する度に僅かに開いては閉じを繰り返す。

「恋次」

もう一度、今度は先ほどよりも大きな口調で呼んでみるが、やはり起きない。
白哉がこのまま体を起こせば否がおうにも起きる事は分かっていたが、それは何となし勿体無い気がしてしまうのは自身もまだ夢心地でいるからだろうか。
気持ちよさそうに眠り続ける恋人を見上げ、どうやって起こそうかと思案するも悪くない。

例えばこのまま呼び続けて何度目で起きるか数えてみようか。
それとも無防備な肌に手を伸ばして優しく撫ぜてやればその内起きるだろうか。
不意打ちとばかりに性急にあの唇を奪い舌でも入れてやれば面白い反応を返すだろうか。

ゆらゆらと揺れる度に動く長い髪が時折反射して眩しく煌めく。
そっと伸ばした指がそれに届くのと、僅かに動いた瞼がゆっくりと開きそれを捉えるのとは、果たしてどちらが先だっただろう。

どうであれ、今の無防備な恋次にあらがう術などありはしないのだ。





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     「二度寝」


東の空が薄く明るんでくる夜明け前。
鳥たちの囀りもまだ聞こえて来ない時間帯は、冷えた夜の空気が昼間とは違い澄んでいて、それだけで別世界の様な気にさせるのだ。

ゆっくりと体を動かせばズキンと頭を駆け抜ける痛みに一瞬息を詰め、額を手で覆った。
睡眠で下がった体温が掌の熱でじんわりと温まってくるのが心地良い。
ああ、そういえばヤケ酒の勢いのまま寝てしまったのだと思い出せば、らしくないと溜息を洩らすしかない。
短時間で一気に飲み晴らしたおかげで見事に二日酔いになった頭は、今日はまともに働かないだろう。
散らかした部屋を片付けるのも、今は何もかも面倒だ。

まだ起きるには早い。もう少しくらい寝ても大丈夫かともう一度目を閉じた時であった。
無造作に投げ出した掌に何かが当たった気がして寝返りを打ったその瞬間。

「…起きたのか」

至近距離で聞こえたその声と共に触れた自分の手首を掴まれた。
客人のいない自室で、一人で眠ったとばかり思っていた恋次は驚きのあまり声も出せずに突然隣に現れた人物を凝視するだけだ。
日が上り始めた室内は薄暗く起き抜けの視覚は未だハッキリとはしていない。それでもこの距離で誰だか分からない筈も無く、意識し始めてしまえば嗅ぎ慣れた香が一気に鼻腔を抜け覚醒へと引き上げられるものなのだが、あまりに突拍子も無くてこれは夢なのではとも思える。
死覇装のまま、髪留めも外していないそのお人は職務外でありながら普段と全く変わらずただ、寝具に体を横たえただけというくつろいだ格好。
部屋全体が薄い藍色に染まる今の時間では、此方を見ているのが判別できるだけで、細かな表情は分からない。

「怒っているのか?」

何を、と口が動きそうになったが、それは声になる事は無かった。
掴まれていたその手が自分の手首から腕へ肩へと移動し、するりと頬を撫でられたからだ。
優しくゆっくりと往復した其れが髪へと伸び同じ仕草で頭を撫でて、何故だか涙が出そうになる。
何も反応しない様子に戸惑ったのか、少し困惑した声で名を呼ばれたが、それにも答える事が出来なかった。

怒る事など何も無い。謝る事など何も無い。
それを伝えねばと思うのに、つい考えてしまうのだ。
夢であったらどうしようかと。声を発してしまえば消えてしまうのではないかと。
その間にも撫でる手は優しく、耳の後ろを通り髪をかき分けて首筋へ。
少しだけ体を起こした白哉が覆いかぶさるように此方へと体を倒してくるのをぼんやりと目で追えば、悪戯するように瞳を掌で覆われて閉じるように促された。
顔を近づけてくる気配に、口づけされるのだと自然と体が強張れば、それを押さえつけるように肩に手を添えられ吐息がかかる。

だが、湿った音を立て触れたのは己の唇では無く検討違いの場所で。ごくりと生唾を飲み込んだ自分の喉の音だけがハッキリと耳に響いたのが妙に恥ずかしい。

「不満そうだな」

含み笑いと共に本心を見透かされるように覗きこまれたが、あまりに焦点が近すぎて相手の表情など見えず、遊ばれているようで腹立たしい気分になる。

「からかわねぇで下さい」

不貞腐れた声で吐き出せば吐息だけでまた笑われ、相手を睨めば今度こそ重なった唇の甘美さに眩暈がした。

「…、ん…っ…」

舌を絡ませ吸い合えばどちらとも云えぬ唾液が音を上げ。柔らかな唇で啄まれるようになぞり、時折歯を立てられれば、背筋にぞくりと痺れが走る。
たまらず身じろげば、更に体重をかけられた。

「は、…っ…」

呼吸しようと開く口も直ぐに塞がれて、次第に荒くなる呼吸が徐々に酸欠してゆき思考をぼんやりとさせてゆく。
あらがう為に肩を掴んでいた手もいつの間にか相手の手に絡め取られ、敷布の上に縫いつけられている。

「恋次」

少しだけ余裕の無い声で囁かれれば、先を予感してじわりと下半身に集まる熱をもう無視できなかった。
早く、早くその先が欲しい。
はっきりと口に出すのが恥ずかしくて何度も名を呼べば、体は直ぐに欲望のまま動き出す。
足の間に白哉の体が割り込み、まるで繋がっているかのようにぐっと腰を押しつけられれば、相手が自分と同じく高まっているのだと安易に伝えてくる。
それがたまらなく、熱い息を吐き出し相手の背を掻き抱いた。

「良いのか」

愛撫の手を休めぬまま白哉が問う。
それは今更ながらの確認と、今から事に及んで本日の出勤及び仕事に差し支えないのかという二重の意味を含んでいたが、後者については始めから恋次の意識に入ってはいない。

いらぬ警告は興ざめだと憎まれ口を叩くと、もうそれ以上は言葉は不要。相手の唇に食らいつく。
少しづつ明るくなる室内はもう朝と呼べる頃になっていたが、そんな事はもう関係無いのである。



■あとがき

シュガーロマンス様で配布していた「寝る5のお題」を使わせていただきました。



2013.6/20


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