▽切な系片思い 白→恋 ※裏注意


おそらく何がしかの書類の頁をめくった時だろう。紙の端にうっすらと色づく色を認めて手のひらを返してみれば、指先の皮膚が痛みも無く切れていた。
僅かに浮かび上がる朱を口に含めば独特な鉄の味が広がり、吸い上げれば苦い。
思っていたよりも深かったのか。何度か舐っても、それでもそこからはじわりと浮き上がる鮮やかな色。溢れる血液が粒玉のように膨らんでゆく。
気にせず筆を取り意識をそこから外せば、いつの間にか止まったのか、今度は先程まで無かった熱を持ち痛みとして此方に主張してくる。

なんとなしに、あの男の姿が瞼の裏を横切った。
同じ色を持ち、同じように不快な気分にさせてくれる忌々しいあの男の事だ。
ここ数日、現世での任務で不在でいるその綺麗に片づけられた席に目をやり、白哉は先ほどの指先の傷に爪を立てた。
じわりと浮き上がるその色を、また忌々しく思う。



【 酷い男 】




「ちょ、…待っ」

壁に背をしたたかに打ち付け息を詰めた男が、慌てた様子で手をつっぱね制した。
それも構わず肩を掴む手に力を込めて壁に縫いつけてやれば肩を掴むこの腕を振り解く事も無い。

「…、っ嫌…だ…」

それは最初だけの抵抗。
直ぐに唇ごと塞いでしまえばもう終わり。
更に意識して囁くように名を呼んでやれば此方の手の中にたやすく落ちてくる。なんと容易いのだろう。
しばらくすれば嫌だと拒否を示す事も無くなり、腰に回した手をふりほどく事も、肌をまさぐる指を引き剥がす事も無い。
力無く縋りつき、されるがまま。戯れに甘い言葉の一つでもくれてやれば従順に反応を返し受け入れて見える姿に、少しづつ腹の底が冷えてゆくように沈むのは理性的な己の感情。
対象にじわりと熱を持ち顔を上げて、せせら笑うように主張するのは狂気にも似た何か、だ。

「…っ…ん、はぁ…」

震えるように吐き出される吐息に混じり、熱を含んだ声が漏れる。

肌は汗に濡れ、散々舐った箇所は赤く充血し堅くしこりぽってりと膨らんで。
触れれば痛いのか、歯を食いしばりびくりと肩を跳ねさせ、衣服を掴む指に拒絶の力がこもる。
それなのに。
体は安々と甘受するというのに。
何をどう触れても、例え力任せに扱ったとしても従順に反応を示す淫らな躰のくせに。

(その目に私は映っておらぬのだ)

それどころか赤く充血したその瞳の奥は此方を見ようともしない。
それがたまらなく腹立たしい。

「…待っ…痛ぇ、て…」

不満を漏らす声も吐息とは対照的に冷たく、まるで傍観者かのような退いた眼差し。
汗にまとわりつく髪を掻き上げるその仕草すら、どれだけ此方を煽っているのか自覚してはいないだろう。

耳元で甘く囁いてみても反応するのは身体だけ。望んだ答えは皆無である事を分かっているのに、沸き上がるこの感情の揺れは己でも理解しがたいものなのだ。

「…、っ…」

堅い板の上に強く押しつければ、痛みからきつく閉じられる瞼。
衣服の中で隠されたそこは、うっすらと一筋の赤い線が走り炎症を起こしている。
先ほどの行為で再び開かれた傷口からじわりと浮き上がるその色を認めて、食らいついた。

以前には無かった傷だ。
おそらくこの任務の間につけられたのだろう。まだ塞がって間もない新しい傷口を、更にえぐるように歯を立てれば、悲鳴を堪えるように呼吸が詰まる。

そのまま強引に袴をはぎ取れば白い太股にも走る、赤い筋。

「恋次」

強ばり汗ばむ肌をやんわりとなぞり上げ、努めてゆるりと囁けば、うっすらと開かれたその緋色が、不規則に揺れる。

「誰に治療させた」

あの頼りなさげな四番隊の隊員か。それとも薬を持ち合わせた同僚か。
裂かれた衣服を脱ぎ、誰にその肌を晒す事を許した。
縁取るようにまとわりつくその汗とも涙とも付かぬ其れを舐め上げれば、切なげに繰り返される吐息の端で、唇が紡ぐ掠れた謝罪。


見せかけの服従。
偽りの戯言。


其の言葉に私の望む感情は籠もってはいないのだと分かってしまうのだ。
時折見せる敵意と軽蔑を向けた視線は今も微塵も変わってはいない。
腹を見せ従順に懐いた振りをして、隙あらば喉元を噛み切ろうと機会を伺う獣の如く。契るは外側だけで、触れ合えば触れる程に内の奥底は遠く隔たり合う。

「…っ、ん…」

指を絡め、唇を合わせ、奥深くまで咥え込ませて。
それでも、何一つ交わる事はない。

体液が混ざりあうように、繋いだ指をきつく握りしめるように。
沸き上がるものを吐き出して、何もかも全て忘れてしまえたら、どんなに楽であろうか。

このまま何の感情にも囚われる事無く、ただ欲だけを欲していられたらどんなに善いだろう。


後に残るのは、痛みを伴い燻り続ける空しい感情だけ。



■あとがき

タイトルがテーマです。
知っててやってる確信犯。


2011/10/14



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