▽切な系片思い 恋→白 ※裏注意


所詮貴族と庶民じゃ、どんなに近くにいようとも世界が違うんだ。
そんな当たり前な事を失念していた訳ではないのだけれど。
本当に、今更ながら思い知ったんだ。




「同姓との交情に興味を持った」

しれっと言い放たれて、思ってもみなかった言葉に俺は面食らった。
着物も半分以上脱げて、髪だって散々畳の上で転がされて乱れまくりのバッサバサ。汗まみれな上に下半身なんかとんでもなくて目もあてられない。そんな状態の俺は今起こった貴族の戯れを理解するのに暫くの時間頭の中で繰り返し反芻してしまった。

「どうした」

ぽかんと口を開けたままの俺を不思議そうに伺うその両の瞳はどこまでも澄んだ黒。
おもしろ半分にからかっているとか、言葉遊びだとか、そんな感情は一切無く至極真面目で、それでいて何の感情も感じられなかったのを覚えている。
そんな理由で手を出されたのかと怒りすら沸かぬまま、逆に問われるような視線を寄越されて。
反芻中の俺はますます理解不能で。顔を反らしただけで答えなかったのを覚えている。

そうして俯いたままの沈黙の中、何も語らない俺の態度を可だと受け取ったのだろうか。そっと乱れた髪を撫でられて、優しい所作で顔を持ち上げられて、かち合う視線をそのままに、そっと唇を合わせたのが始まり。
そこで拒めば、拒否をしていれば…、いやもうその時は既に遅かったのだ。
最初に、この男が己に触れたその瞬間から、もう結果は同じだったんだ





【 酷い男 】








ふいに扉の向こうから漂う霊圧にその人が自分を訪ねて来たのだと知る。
寝ていようとも強制的に叩き起こしてくるそのお人に、狸寝入りして無視をするという遣り取りすら面倒で。
布団に横になっていた躰を気だるげに起きあがらせれば、許可も求めずに無遠慮に開かれる扉。
佇むお人は指先まで優雅な仕草。
白い顔は何も欲など無いように装っているのに、これから行われるのは獣と変わらない行為だ。

「お前に似合うだろうと思うてな」

そうして差し出された箱を開ければ、中には上等な髪結いの紐が納められていた。
訳が分からずに黙っていれば、気に入らないのかと問うてくる。いや、そうではない。

聞くのは、其処じゃねぇだろう。

きつく縛っていた髪紐の上から、それを緩く結ぶんでみせる。
満足げに細められた瞼の奥は相変わらず読めない黒。
袖を動かす度に、ふわりと鼻孔をくすぐる甘い白檀の香に胸のあたりがざわめいた。




「今宵は気が乗らぬようだな。ならば趣向を変えてみようか」

先程まで寝ようと横になっていた床に俺を押しつけて勝手に着物を剥いだくせに、何言ってやがる。

「俺、こうゆうの…あんま趣味じゃねぇんですけど…」

そう言った所で、両手を縛ってる紐を解いてくれないと分かっていた。
これは、アンタ贈って寄越したのは、俺の髪を縛る為の装飾品なんかじゃないんだろ。
けれど聞こえてないとばかりに口を塞ぐ舌の甘さに、次第に俺はもうどうでもよくなってくるんだ。
そうしてなぁなぁと甘受して始まった行為が、少しでも早く終わってくれる事を願うだけ。

だってそうだろう。
こんな貴族の一時の戯れに過ぎない事に、俺が一喜一憂してもしょうがないだろう?
感情が交錯している訳でも無いこんな行為に情を求めても仕方が無いだろう。

「…っ、ん…あぁ…」

揺さぶられる度に縛られた手首が摩擦で熱を帯びる。というか痛い。薄い皮膚が裂ける気がする。
明日痕に残ってたらどうするつもりだこの野郎。

「愛い奴」

ああ、溢れそうになる涙を止める事が出来ないのはキツく縛られた箇所が痛いからだ。
突っ込まれている穴がもう限界だからだ。

知ってるよ。だって俺は最初から抵抗なんてしなかった。
抵抗する気が無かったのは本当で、だけどそれは終わってから後悔に変わった。
今はもう投げやり、どうにでもって感じで。後ろの穴も、身体の隅々まであんた好みに染められちまっている。

知ってるよ。この行為に愛なんて感情が無い事くらい。
時折見せる戯言みたいな遣り取りも、色を含んだ視線も、優しげな指先も。
時折香るその白檀が、誰か違う人の移り香だって事も。
その指先が、唇が重なる相手は、俺だけじゃないって事も。


「…た、ぃ長っ…、っ…」

悲鳴を堪えきれずに敷布に顔を押しつければ、声を堪えたのが気に入らないと髪を引っ張られて剥がされる。
瞼から滴がゆっくりと頬を撫ぜ落ちたが、もう拭う気力すら沸かない。
もう駄目だ、感極まり敷布に吐き出したものが己の肌を濡らすその感触が不快だ。汚らしい。

「恋次、っ…」

切羽詰った声で名を呼ばれれば途端に上昇する体温。呼び返せばまた呼ぶ声。ああ、耳障りな音。
一体、俺は何に対してこんなにも悲しいのだろう。
何故、俺はそれを拒めないのだろう。
開き直って楽しむ事もできないくせに口先ばかりはお達者で相手の出方を伺いただ受け入れるだけ。


そうして。
無駄に回を重ねてゆくのを止める事ができないでいる。




■あとがき

タイトルがテーマです。
悪気の無い行為が酷く心地悪い。


2011/10/14



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