▽日記ログ 現世パロっぽく


[待つ男、向かう男]


気がつけば、何度鳴らない携帯の液晶画面を開いただろう。
不確かな約束ほど、不安になるものは無いのだ。

終わってからでいいからと。
ずっと待ってますからと。

忙しいあの人を誘う台詞など、こんなものが精一杯。
だからほら、何時になりますかとコチラから連絡する事すら恐れ多くて出来やしない。
わくわくしていたのは最初だけで、今では不安ばかりが募ってくる。
迷惑では無かったのだろうかと。
そういえば本当に来てくれると約束できたのだろうかと。
店は此処で合っていただろうかと。

金は無いけど時間はある。学生はそう言うものだけど、こんなにも重い時間はできる事なら消費したく無いのが本音で。
だけど時間だけは有り余ってる俺は帰る訳にもいかず、頼んだ珈琲はすっかり冷えて苦くて、余計に切なくなる。

店の自動ドアが開く度に振り向いていた頃の元気も無く、ただマフラーを枕代わりにガラス越しに行き交う人混みを何となし眺めるだけ。
店に入ってきた客はほとんどが入れ替わり、ぽつんとカウンターに残された自分だけが向かいのガラスにぼんやりと映っている。

ああ、今俺すげー不細工なツラじゃん。眉間に皺とか寄りまくってるし。
これが想い慕っている人に会う為の顔かよ。ほら、もっと明るい表情を作れっつの。

ガラス越しの自分とにらめっこ。
そうやってたらふいにガラスの俺が振動した。


コンコンッ


ガラスを叩く音に勢い良く顔をあげれば、真っ黒なコートの上に白い顔。
綺麗な唇が僅かに動いて俺に問いかける。


(酷い顔だな)


あんたのせいだよと泣きたくなった。



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[待つ男、向かう男]


気がつけば何度送られてきたメールを読み返しただろう。
1度読めば暗記できる程の短い文章と場所だけが記されている単純な画面を何度開いただろうか。

ちょうど帰りのラッシュに巻き込まれた車は30分経っても全くと言って良い程進んでいないように思える。
何故こうも都合良く事が運んでくれないのだろうかと動かない前の車を睨みつけ、そしてため息を吐くのも何度目か。

仕事だと割り切ってしまえば其れまでで、きっとあれは「仕方ないですもんね」と理解した振りをして気丈に笑うのだろう。
待たせてしまうのはいつも私の方で、あれはずっと待ちぼうけを食らっているというのに。
それを挽回してやれない無力さを痛感する。

もうこれ以上進まないと判断し、仕方無しにハンドルを切り、目に入った駐車場に車を止めて走りだす。
走るという行為すら何年ぶりだろうか。
そして歩道を歩く人の何と多い事か。邪魔な事か。
場所を指定するならばこんなショッピング街のど真ん中で無く、車でも行きやすい外れにしてくれればもっと早く行ってやれたのにとも思うが、次に指定されても自分はその場所に向かうのだろう。

角を曲がった先の若者向けのカフェテリアの1階。窓際にだらしなく座るあれを見つけ、足を止めた。
ゆっくりと前へ立ってもコチラに気づきもしない。

よほど待っていたのだろう。見たことも無い程不機嫌な顔を路上の通行人に隠す事も無く、私に気づきもぜずにひたすら何かを睨みつけている。

手をあげて、ガラスを軽く叩く。


コンコンっ


勢い良く上げた其の顔があまりに間抜けで、思わず笑ってしまったのだ。

「酷い顔だな」

くしゃりと歪んだ顔が愛おしい。
とりあえず、まずは抱きしめてやろうか。



2010/07/29


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