▽日記ログ 負け犬の攻撃





泥濘に沈んでいた意識がゆっくりと浮上するように、重い瞼を開いた。
ぼんやりとした視界に写るのは幾分か皺になった白いシーツと、それを握りしめている自分の指先である。

情事の後、少しばかり意識を飛ばしていたのか。そう未だ覚醒していない頭の片隅で思った。
体の疲労は強く、指を動かす事はおろか瞬きすら億劫になるほどで、体を覆う掛布は暖かく、少しでも気を抜けばそのまま再び眠りに落ちてしまいそうな程。

ああ、今宵も散々に可愛がってくれたものだ。
意識が覚醒するに従って痛み出す節々にそう悪態を付いて苦笑いを浮かべてみる。
ごろりと寝返りを打てば少し前まで自分を無視して好き勝手していたそのお人の姿が目に入り、思わず名を呼んだ筈なのに枯れた喉では掠れた声すら出てこなかった。

「………」

パラリと紙をめくる音だけが室内に響く。
寝具のそばに備え付けられた小さな机に向かい、白哉は書物らしき物から目を離さない。
よほど面白いのか、真剣に読んでいる彼はどうやら自分の覚醒には気が付いていないようだ。
いや、気づかぬ筈が無いではないか。どうやら今此方には関心が無いらしい。
自分の相手は終わったのだからと、大方読書の続きを楽しんでいる所なのだろう。
そういえばこの部屋に呼ばれた時も、この男は何やら難しげな本を開いていたなと思い出し、そう思い出せばふつふつと胸の中に沸き上がってくるのは不満感。
自分という相手がいるというのに、違うものに意識を向けられている、それはいわば小さな嫉妬心なのだ。
そっと体を起こせば流石に気配に気づくだろう。だが、後ろを振り向く事もしないその背中が憎らしい。

「…、っ…」

動く度に鈍く痛む腰に息を詰める。まともに起きあがる事もできない無様な四つん這いが精一杯。
先ほどまでの甘い時間はどうしたのだ。解放してくれと懇願しても結局気を飛ばすまで離してくれなかったじゃねぇか。
なぁ、隊長。
敷布から畳へ這うように前進すれば、肩に引っかかっていただけの寝着がずるりと落ちてますます動きにくい。
こんなに疲労困憊させられたのは誰のせいだ。翌日は確実に腰痛決定だ。それなのに声すらかけてくれず他のものに意識を向けているなど。
なぁ、隊長。
腕を伸ばして背中から抱きつき、首に頬を擦り寄せればようやく少しだけ動く視線。
だがそれだけ。机の上に添えられた手も、ページをめくる為にある指も動く事は無い。

そっと唇を寄せて項に口づけを一つ、嘗めるように耳元まで動かして大きく息を吸えばほんのり鼻孔を擽るのはこの人の香。
誘われるままに耳朶を唇に挟んで軽く歯を立てる。

「止めぬか」

低い声はお咎めと拒絶の音。だがそれも構いやしない。
一端離した舌で下から上へ耳全体を舐れば、僅かに震える長い睫が瞬きに隠れる。
その中の漆黒が灯りに照らされ怪しく揺れるのは嫌いじゃない。
肩に乗せた腕をゆっくりと下らせて白磁の肌を手探り探せば、それよりも先に長い指に征される。

「恋次」

ああ、その強い声は俺を支配する。そのまま指を絡め制して、自由に遊ぶこの唇も塞いでくれても構わないのに。
くつくつと吐息だけで笑えば不機嫌に曲がる眉。薄い唇から漏れるのは浅い溜め息。
もう後一押し、そう確信を込めて抱きつく腕に力を込め背中により体重をかければ予想通り抵抗は無く、重いとだけ不満を含んだ冷めた声が返ってくる。
だったらそこから離れてくれればいいんですよ。
そんな本なんかさっさと閉じて、こっちに向き直れば解放してあげますから。
気にしない振りをして首の柔らかい皮膚を食む。舌の上のその白い肌はひたすらに柔らかく滑らかで。きっと思い切り歯を立てた所でこの人の霊圧ならば傷などつく事も無いのだろうと思えば余計に食い破ってみたくなる。…せめて痕くらいは。
そう歯を立てた矢先、髪を捕まれて強い力で引き剥がされた。強い痛みに顔を歪ませれば、逆に笑みを浮かべるのは先程まで不機嫌でいらしたお人。
歯を立てる為に開けたままでいた口を塞ぐのは焦がれた唇。
抱きしめていた両手を乱暴に畳の上に縫いつけるのは、待ちかねた長い指。

「それ程に誘うのならば、翌朝の心配は無用であろうな」

閉じられた本は今宵再び開かれる事は無いだろう。
翌日の辛さなど知った事か。好き放題肌の上を蹂躙し始めたこのお人を横目に先程までいた机を仰ぎ見て俺は勝ち誇ったように笑う。

ざまあみろ。





2010/07/05






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