▽日記ログ





湿った雨の臭いがした。
空を見上げれば薄がかっていた雲が何時の間にやら厚い雨雲に変化していた事に気づく。
ぽつりと頬を打つ冷たい感触に、眉を顰めてみても止む筈も無く、組んだままの両手にはもちろん傘など持っている筈も無い。

いや、正確には持たなかったのだ。
嫌な事を思い出して白哉はますます険しい顔をした。


「雨が降りそうっすね」

そうあの男が口にしたのはまだ日も沈んでいない執務中の頃であったし、空も雲ってはいたが明るかった頃だ。
鼻をひくつかせて雨の臭いがすると口にした副官に何の意図も無く、ただ話の種でしかなかったのを夜の散策前にふと思い出したのだが、それでも雲は薄く、ほんの少しの散策の為に確信の無い情報を信じる気にもなれず。結局傘は持たずに出てきたのだが。

野生の勘というものなのか、見事言い当てたあの男に見つけられたなら、「ああ、やっぱり」と言われかねないだろう。人懐こい笑顔に若干の呆れを含ませて。
それは何故か負けた気がして非常に不快であった。

「くだらぬ」

雨脚は先程よりも少し強くなった気がする。
髪と着物、肌がしっとりと水気を含んでくる感覚を自覚しながらも元来た道を引き返す事もせず、白哉はそのまま先へと足を踏み出した。


----------------

屋根を打つ音はますます強くなったきた気がする。
濡れた髪を拭きつつ自室に戻った恋次は何をする事も無くどかりと座布団の上へ腰を下ろした。
湯上りの肌が寝間着に張り付く感触が不快で、首筋を何度も手ぬぐいで拭う。
外の湿気のせいで、なかなか肌が乾かない上に温まった肌から発汗し続けているからだ。
少し長湯し過ぎたかと、そんな事を思いながら隠し持っている酒を手酌で少しだけ煽る。

喉を焼きながら胃に落ちてゆく感覚は安酒ならではのもので、時々白哉から誘いのある席で飲む水のように喉を通り過ぎてゆく高価な酒とは雲泥の差だ。
それでも、晩酌として手っ取り早く酔うには安酒で十分であった恋次は、もう一口と酒瓶を傾ける。
ふと、背中から馴染みのある霊圧にその手が止まった。

「隊長?」

振り返る前に自室の戸は開かれていた。
いつならば上司といえども一声掛けてくれるというのに、何か至急な要件でもあるのだろうか。
そんな事を思いつつ振り返った恋次の目に飛び込んできたのは、普段の白哉らしからぬ姿。

「隊長!」

廊下の板に滴る水滴は風呂上りのものでも無く、髪を頬を着物を濡らしていたのは外の雨であろうか、白い肌が冷えてますます白い。
そのまま黙って白哉が入室してくるものだから恋次は更に慌てた。
何か拭くものを探そうと辺りを見回してみても大したものなどなく、普段自分が頭に巻く為に使っている薄い布しか見つからない。それでも無いよりはマシだとそれを差し出そうとすれば白哉はますます険しい…というか最高に機嫌が悪そうな顔でジロリと恋次を睨んだ。
衣服は湯上りの寝間着のみ、鎖骨に浮いている汗が艶かしく上気してほんのり紅色が増している肌の何と憎らしい事よ。

(貴様のせいだ)

それは辛うじて喉の奥で留まったものの、目の前の恋次は訳がわからない重圧にひくりと肩を震わせ、直後、白哉は固まったその男を掻き抱いていた。

冷たい感覚に素っ頓狂な声を上げる男を無視して更に強く押さえ込めば、湯上りの温まった肌が冷え切った体にじんわりと染み込んでくる。
もっと触れ合えば早く温まる気がして唇を合わせ舌を絡めれば其処だけ酷く熱い気がした。





2010/07/05






【 戻る 】

Fペシア