▽日記ログ 白恋


一体、この男をどうしてくれようか。
除夜の鐘が鳴り響く厳かな夜に、白哉は足下に無防備に転がる男を見下ろして、怒りとも呆れともつかぬ感情のまま一人ため息を吐いた。


【年越し計画】



「あの、忙しいのは重々承知なんすけど…」

そう普段の彼にしてみれば随分と控えめなお願いをされたのだ。 その日は年末と呼べる時期よりも少し前。
事の余韻を楽しむ事も終わった恋次は、未だ何も身につける事なく布団を自分の体に首から下をすべて巻き付ける簀巻きのような格好のまま、衣服を整え終えようとしている情人を見上げてぽつりとつぶやいた。

「俺、ずっと仲の良い奴らと酒飲んで寝正月ってのが毎年で、…まともな正月の年越しってのを正直体感した事がなくて。貴族の年越しってのがまともなのかは良く分かんねぇですけど、とにかく家族で年越しってのにちょっと憧れてて…」

多少失礼な言葉も入ってはいたが、普段の彼らしからぬ「お願い」に、あまり構えないがそれでも良いならと、白哉は他愛も無い約束をしたのだ。
使用人を多く抱える朽木家でさえ、正月となれば使用人であろうとも各々地元へ暇を取らせてやっており、猫の手(もとい犬の手)も借りたくなるほどの一大行事にもかかわらず人手不足である。
特にやれ大掃除やら餅つきやら、何かにつけて体力自慢が重宝される日。それを体験したいという若手の助っ人ならば使用人も喜ぶだろう。何よりも年末は隊の業務や行事も数多くなかなかゆっくりと逢えないのは毎年の事で、短時間の逢瀬を隠れてこっそりせずとも家の中に取り込んで堂々とできるのなら。
そう下心を全て隠して白哉は無言で頷いた。
もちろんその後の恋次の喜びようは語るべくも無い。

「それじゃ一旦隊舎に戻ってからお邪魔します」

仕事納めの30日、早出だった恋次は一足早く上がる事になった為、それならば清家には知らせてあるから先に行っておけと白哉が言ったものだから、恋次は白哉と一緒に屋敷に赴くことはせずにさっさと一人で屋敷へ向かった。

普段の年末ならば白哉の家の事が全て終わった後に、こっそり白哉が抜けて恋次の元へ行き夜明け前に帰るか、又は夜中になってから恋次を呼んで朝に帰らせるかしかなかった年越しが、今年はゆっくりと堪能できる。白哉は内心とても楽しみにしていたのだ。
そう、その時には全く彼の頭の中には理想的な展開しか浮かんではこなかった。彼の性格と、もう一人の存在。その2つが甘い年越しを阻む要因になろうとは、その時には考えもしていなかったのだ。


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「あ、隊長!お疲れ様っす!!」

夕刻、白哉が帰宅した時には恋次は使用人達と大きな箪笥を抱えて廊下を移動中であった。
どうやらこれを期に模様替えをするらしい部屋の家具移動を手伝っている所なのだろう。
更にその数時間後に見かけた時には、今度は埃取りのハタキを持って駆け回っていた。

普段ならば副隊長である恋次は客人対応であるが、「年越しを体感したい」という事ならば喜んでと使用人達から大歓迎されて、あれやこれやと大忙しだ。家具の移動から掃除まで。まるで嫁いで間もない新妻のように清家の指示の元忙しく動き回る恋次を、白哉は遠くから微笑ましく(?)見守っていた。
白哉も暇では無く当主としての仕事は山のようにある。恋次と同じ敷地内にいるというのに、ゆっくりと過ごせる余裕などお互いに無く、ようやく落ち着いたのは夜遅くの夕食時であった。

「餅つきは明日するらしいっすね」
「ああ」
「ルキアはまだ帰らないんすか」
「明日には戻ると聞いているが」
「やった!!今日なんかすげぇでけぇ家具を沢山動かしたんすよ!けど埃とかあんまり溜まって無ぇの、流石貴族って感じ」

大盛りのご飯をかき込みながら恋次が喋るのを静かに聞きつつ、白哉は汁物をすすった。
掃除や餅つきなど一体何が楽しいのだろうか。毎年の行事として行っている白哉には理解できないものの、笑顔で話続ける目の前の男が楽しいと思うのなら、と聞き役のまま箸を進めるだけ。

「隊長は明日も忙しいんすか…?」
「ああ、だが夜になる頃には片付こう」
「マジで!!じゃぁゆっくり年越しとか」
「お前が静かにしている事が出来るのならな」
「子供じゃないんすから出来ますよ」

明日は大晦日。餅をついた後はもう自由時間。大事な妹と愛しい恋人と3人で厳かに年越を堪能する。
なんと幸せな事だろう。
外を見やれば先ほどから雪が降り続いているせいか地面が白く明るく感じるようで。明日はきっと一面の銀世界。今夜ますますの冷え込み具合に、寒さに弱い赤犬はきっと暖を求め布団に潜り込んでくる。それをどうやって甘やかしてやろうか。
そんな下心たっぷりな妄想を繰り広げた白哉である。

ふと、会話の途切れた恋次に視線を戻すと、空になった茶碗をまだ持ったまま、うつらうつらと船を漕いでいる真っ最中な犬が目に入った。

「恋次」
「…んー…」

呼んでも反応は鈍い。
仕事納めとはいえ通常の業務を行った上に屋敷で肉体労働をすれば、日頃の疲れも相まって食後に睡魔が襲ってきてもおかしくはないのだ。
そのままずるずると体は前のめりになってゆき酷く不安定。
この後二人で湯に浸かって甘い一夜を…そう思っていたのだが。

まぁ、仕方ない。

「恋次、もう少し我慢しろ」

使用人に食事を下げさせ、隣の部屋へと抱え連れてゆき、敷かせた布団に横たえさせれば直ぐに寝息を立てる恋次の窮屈そうに束ねた髪紐をほどいてやる。
よほど疲れていたのだろう。髪を梳いてやっても身じろぎひとつ反応がない。

「…たいちょー…」

寝返りを打つ無防備な姿に甘えた寝言。
思わず吸い寄せられるように口付けてやれば擽ったそうに身を捩る。かまわずに頬、首筋に啄むようなキスを続けていくと、じわりと沸き上がってくるのは欲深い感情である。

「恋次」

掛けてやっていた上掛けを取り上げて、その体に乗り上げるように両手を付く。それでも起きる事の無い恋次は未だ何か夢でも見ているのか、もごもごと口を動かしている。

くだらない。眠っている者を相手に一体何を急いでいるのか。明日の大晦日にゆっくり過ごせば良いではないか。
白哉はもう一度恋次の頭から上掛けを落とすと、そのまま自室へと戻っていった。

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「隊長!おはようございますっ!!」

朝、恋次が寝ていた部屋に行けばその姿は無く、どこに行ったのかと探せば中庭にいた。
どうやら屋敷の者に着替えさせられたのだろう白い装束に、顔を粉まみれにして木槌を持ち丁度餅つきをしている。
雪の積もる白い世界に紅い髪が映えて、朝日を受けてキラキラと輝いているように見えるのは惚気のなせる技なのだろうか。眩しいほどに笑顔を見せる恋次の姿に、昨日は思いとどまっていてよかったと思う気持ちと、もったいない事をしてしまったという気持ちが交錯する。

「あまりはしゃぎ過ぎぬように」

それだけ言い残してその場を後にした。当主は今日とて忙しいのだ。
遠くから使用人達と笑い合う恋次の声が聞こえてくる。あれは何処でも人好きのする体質であるのだろう。
隊の中でも此処でも同じようなもので、誰かが常に周りを囲んでいるような気がして白哉はあまり良い気分では無い。
常日頃自分だけを追いかけている男が別方向を向く事が気に入らないという事は、要するにどういう意味なのか。
その苛立ちの意味すら自覚できぬ白哉は、悶々とした感情のまま新年に飾る掛け軸用の紙に大筆で一発書いたものの失敗した。


夕刻時、ルキアが現世からの任務を終えて帰宅した。
どうやら現世の年越しには欠かせないらしい奇妙な道具を沢山抱えている。

「これは人生ゲームといいまして、現世では一族が集まるとかならず行う正月習わしだそうです」

黒崎か井上か、誰に吹き込まれたかは知らぬが、それに大いに食いついたのは恋次であった。
とりあえずトランプから始まり、ジェンガに続き説明書を片手にあれやこれや。

「隊長も一緒にやりましょうよー」
「…」

白哉は参加する気にもなれず2人の勝負を酒を飲みつつ傍観するしかない。
そう、白哉としてはもっと厳かに、静かな年越しがしたいのだ。 若い2人(白哉として決して年寄りというワケでは無いのだが)のテンションの持続力には時々ついていけないと思う。

そろそろ時刻も真夜中。除夜の鐘が鳴ろうとしていた。
2人にほどほどにするよう言い残して自室に戻っていた白哉だが、先ほどから気分転換に読み始めた書がいっこうに進んでいない事に本人は気づいていない。
そんな事よりも、だ。恋次達は一体いつまでげぇむとやらをしているのか。
白哉が退席してから幾刻経過しただろうか。ルキアも恋次も、白哉に就寝の挨拶すらしに来ていないという事は、未だに遊んでいるのか。もう少しで年が越えてしまうというのに。

「白哉様」

苛々としていた白哉の後ろから声をかけたのは清家であった。
用件を聞くなり、読みかけの書を少しばかり乱暴に閉じると白哉は自室を足早に出ていく。
遠くからは、除夜の鐘が鳴り始めていた。



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一体どうしてくれようか。

「………」

戸を開けた足元に転がる恋次に白哉は溜息を吐いた。
同じように寝ていたルキアは清家に命じて寝室へと運ばせている。

散らばる玩具の中で、仲良く寝ていた2人を最初見た時は呆れの方が勝っていたものだが、恋次一人を残してみると今湧き上がるのは怒りだ。

「恋次」

ゆっくり年越しできると言っていたではないか。
子供じゃないのだからと言っていたではないか。
せっかく泊まりに来ているのではないか。
忙しくて構ってやれなかった分、ゆっくりじっくり…とか。

「……ぐぅ…」

プチっと白哉の中で何かが切れた。
幸せそうに眠る恋次の首を掴み上げると、力任せに引き上げる。
夢の中にいる男が痛そうな呻き声を上げたが気にする事無く廊下に引きずり出すと、そのまま歩き出した。

「…っいたたた!!隊長痛い痛い!髪抜けるから引っ張らないで下さいって!」

痛みで目の覚めたらしい恋次の声にもお構いなし。

「覚悟は出来ておろうな」

一度足を止めた白哉が静かに言い放った言葉を最後に、恋次は夜の闇へと引きずり込まれて消えていった。





翌日、一番最後に蒼白な顔のまま腰を庇いつつ起床した恋次は、綺麗な着物に着飾ったルキアが初詣に行こうと誘ったにも関わらず涙を堪えて断る事しかできなかったという。









■あとがき

2010年 明けましておめでとうございます。



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