▽日記ログ なんとなし現世パロ


目的の新幹線が、線路の向こうからゆっくりと迫ってくるのが、アナウンスの声と暗闇に浮かぶライトの光から分かった。

「それ、じゃ」

できるだけ軽い口調で言ったつもりだったのに、変に途切れてしまって余計に気まずかった。
駅まで送ってくれって言ったのは俺だけど、こんなに気まずい思いをするくらいなら、それなら駐車場でお別れをすべきだったんだ。
それか、家の前で別れて、電車とかバスとかタクシーとか。
ああ、こんな事なら本当に。

混む時間帯でもなかったらしく人通りもまばらで、家族づれや一人きりで次の便を待つ人らが何をする事も無くつっ立っているのが見える。
ちょっと離れた隅っこに、きつく抱き合う男女が、見える。

たぶん、彼女の方が俺と同じ便に乗るんだろう。
そう手荷物具合で考えてる間も、新幹線が来るって放送が流れる間にも、二人は微動だにしない。
きつく、きつく抱き合って。

ちょっとだけ羨ましい気持ちになって後ろを振り返った。

無表情のその人と目が合うけれど。
言葉は、無い。

ああ、もしこの場に誰もいやしないのなら…。
そんな事を考えてたら途端に寂しさが募った。

だから車の中でお別れすれば良かったんだ。
抱き合って、キスして。離れたくないってちょっぴり我が儘言って困らせて怒られて。乗る予定の便を一本ずらしたって良かったんだ。
最後は笑って別れる事ができたんだ。

公衆の面前でそんな事できないって分かってるから、駐車場に着いた時に一緒に降りようとドアを開けたその人を無理にでも止めれば良かったんだ。

切符を買うとき、隣で入場券を買う姿を見なかった事にして、改札口で笑ってさよならすればよかったんだ。

そうすれば少なくとも、次の新幹線が到着するまでの20分をホームの後ろであんなに重い沈黙のまま過ごす事はなかった筈なんだ。

「白哉さん、」

いってきます、と言ってもいいのだろうか。
離れたら最後、気持ちまで離れてしまわないだろうか。

だからせめて笑って、…笑っていたかったのに。果たして自分は今ちゃんと笑えているだろうか。

到着のアナウンスが流れ、ゆっくりと車体がホームに入ってくる。乗っている人はやはり少ない。
先ほどの男女も、彼女が名残惜しげにゆっくりと、床に置いたバッグを拾い上げた所。

もう、行かなくては。
振り向いて、歩き出そうとした所だった。

ゴゥっと爆音を上げて、向かいのホームの線路をこの駅には止まらない新幹線が素通りした。
巻き込まれていく空気が風となって吹き抜ける。集まる周囲の視線、塞がれる聴覚。

同時に感じたのは腕を引く強い力と、唇を覆う温かな感触。

低い、声。


新幹線の扉が開き、少しだけ騒がしくなるホームに、アナウンスが鳴り響く。
降りてくる人が動き、乗る人が動く。

扉が閉まる警告のベルが煩い。
背中を押されて、慌てて扉に駆け込んだけれど、見送るその人の姿を見ようとに振り向く事はできなかった。

「待っている」

その一言が胸を締め付けて動く事ができない。
もう扉も閉じて乗った人らも各々の席についていて。
動き出した新幹線のドアとドアの間で、恋次はホームに残ったあの人がどんなに居心地の悪い気分であの場を去らなければならないかを想像して少しだけ笑った。

我慢していた涙が零れたけれど、もう心は随分と軽くなっていた。







■あとがき

帰郷してた田舎から戻ってきましたので、待ち時間と乗ってる間でポチポチしたコネタです。
なんとなし恋次に名前を呼ばせてみたかった。



【 戻る 】

Fペシア