わんこの騒がしい1日
あれは大概1日中機嫌が悪い。
朝から晩まで。
あのような性格ならば致し方ないとは思うものの、もう少しゆとりという言葉を覚えても良いのではないかと思う。
「おはよう…ごぜぇます…朽木隊長」
長い腕をうんと伸ばしながら大きな欠伸をひとつ。
布団から這い出ると、寝相の悪さでかろうじて体に引っかかっただけの寝着のままズルズルと鏡台の前まで這い、半ば寝呆けたままの顔でいつものように髪を結おうと櫛を取り、2・3度梳く動作を繰り返してから妙な奇声を上げる。
今日も今日とて奴はせわしない。
正確には起きて数刻してからの事だ。
はやり、躾の問題なのだろうか。
「…っ隊長!何スかコレ!!」
先ほどの寝ぼけ顔が一瞬の内に驚愕に変わり思わず首筋を爪で引っ掻くが、当然の事ながら其れは拭けば取れる汚れ等ではなく、肌にしっかりと色づいている。
別に気にする事ではあるまい。
あれより早く起きた私の目に、其れは余りにも無防備に映ったのだ。
良いではないか。
性痕のひとつやふたつ。
何をそのように驚く事がある?
[わんこの騒がしい1日]
早朝、肌寒い気配を感じ目が覚めた。
ぼんやりと霧がかった意識に映る薄暗い部屋に、まだ起床する時間では無いと無意識に思う。
特別な任務など無いかぎり、普段ならば目の覚める筈の無い時間帯だ。
どうやら眠る時には体の上にあったはずの掛布が無い事が原因のようで。身に付けている着物や外気に曝された足や手はひんやりと冷たい。
天井を見上げていた視線を横にずらしてみると、安眠を妨害し掛布を奪った盗人は直ぐに見つかった。
「……」
2人で寝ても尚余裕のある大きな掛布を全て奪った上、寝返りを打ち過ぎ、在れの大きな体は殆ど畳の上。寒い筈だ。
冷えた体を起こし、恋次の抱え込んでいる掛布を掴んで引き剥がすと、力の入っていない腕から思いの他すんなりと掛布を奪う事に成功した。
「ん…」
規則的に繰り返す寝息を確かめるように顔を覗いてみると、よほど深い眠りに付いているのか、息が触れるほど至近距離まで近づいても起きる気配はない。
それどころか、何かを食べるかのようにもぐもぐと口を動かしたかと思うと、ほどなく飲み下すように喉が上下する。
犬は寝ている間にその日一日を振り返り夢に見ると聞く。…好物の鯛焼きか、それか夕餉でも食しているのだろう。
主人の眠りを妨げたあげく、心なしか満足げな顔をして眠っているコレの何と小憎らしい事か。
そっと唇に口づける。
まだ、起きる様子は無い。
そのまま首筋の最も目立つ場所に唇を這わせ、起こさぬように吸い上げた。
軽く身じろいだだけで起きる気配の無い事を良い事に、何度も痕を残す。
ほんの出来心だ。
起きぬ貴様も悪いのだ。
あらかた興が外れるほど満足のゆく光景になると、再び横になる。
先程とは逆に身に付けている薄い着物だけで畳の上に転がる其れを眺めると、ほどなく掛布を奪われ寒さで冷えた体がもぞもぞと暖を求めて潜り込んで来る。
やはり犬だな。
寝呆けたまま再び寝息を立てて静かになる此れを抱き込みながら、再び波を立て始める眠気に任せ、目を閉じた。
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夜明け前の肌寒い時間帯に、そのような事があったな…と、思い返しながら、白哉は着付け終わった死覇装の袖に白い羽織を通していた。とりわけ荒立たせるような事などしていない。
だがその最中ふと横を見ると、恋次の手中の櫛が今にも割れてしまいそうなほどブルブルと震えていた。
「どうしてくれんだアンタ!」
「言葉使いに気をつけぬか」
「いや、そんな問題じゃねぇよ!どうしてくれんだコレ!つかいつの間に」
鏡に映る其れと私を見比べ、赤くなったり青くなったり。
何とか隠せぬものかと普段しないような髪型にしてみたり、いっそ下ろして2つに三つ編みにしてみたり。
相変わらず落ち着きの無い恋次の様子に白哉は小さく溜息をつく。
別に私は良い眺めだと思うがな。
「くそ…何やってもこの位置じゃ見えちまうじゃねぇか」
「当然だ。だらしのない頭で部下の前に出るでない。普段の様に纏め上げれば良かろう」
「それだと丸見えじゃねぇすか!!」
見えた所で何だと言うのだ。
きゃんきゃんと、朝っぱらから本当によく吠える。
「恋次」
すっ、と櫛を取り上げ長い髪を梳いてやると、途端に大人しくなった。
掌に椿油を数滴落とし、それを髪に馴染ませるように擦り付け、櫛を何度も通す作業を繰り返す。
耳の後ろの後れ毛を梳い取る際にさりげなさを装って耳の裏をなぞってやると、反応して肩が時折ピクリと揺れ、鏡に映る奴の視線が右左に動くのが見えた。
動きたいような、動きたくないような。
そんな所だろう。
「紐」
「あ、はい」
毎朝こやつの髪を結うのも日課になりつつあるが、この髪は柔らか過ぎるのが良い所であり悪い所だ。
風呂上りで生乾きの香り漂うあの長い毛を指で掬う分には良いのだが、通常はしっかりと結わった上に、手ぬぐいで固定せねばすぐにほどけてしまう。
「っだ!痛い痛ぇ!抜ける!!!」
「我慢しろ」
これしきの事で涙目で叫ぶなど情けない。
普段のように結い上げてやると、そのまま風花紗を首に巻き、私はさっさと隊首室を出た。
後は死覇装を着るだけだ。大した時間はかかるまい。
後方で恋次が何か叫んでいたようだが、気に止める必要も無いだろう。
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その白哉の予想を裏切り、恋次が執務室に姿を見せたのは、三席やその他の部下が緊張と若干の恐怖の色を顔に浮かべ、隊長である白哉に各自の任務報告を行っている最中で、日も高く上った昼前の事だった。
「……」
「すんませんでした。」
机の前に情けない顔で立つ恋次の首には、頭にあるべき手ぬぐいが巻かれている。
「して、大遅刻の言い訳があるなら述べてみせよ」
「…それはア……いえ、何でもありません」
「部下の前でだらしの無い事はするなと言った筈だ、その首のものを取れ」
「…っ…出来ません」
「取れ」
「嫌です」
「では何をしていた。貴様は服を着る事すら満足に出来ぬと申すか」
「…それはっ…」
執務室には報告に来た三席以下、他の隊員もおるというに、これでは部下に示しがつかぬではないか。
「ですからっ…処罰でも何でも言って下さい」
「ほぅ…そのような顔で言われると卑猥に聞こえるものだな」
「何でそっち方向に考えるんだよアンタは!」
「言葉使い」
「すんません!」
そういえば朝もこのような調子だったな。全く進歩の無い奴だ。
「…まさか貴様、あれから他の者を連れ込んだと」
「違ぇます!!」
「ならば何故そう吠えるのだ」
「アンタのせいだ馬鹿野郎!」
捨て台詞のように怒鳴ると、恋次はそのまま振り返る事なく部屋を出ようと足早に引き返す。
む、逃げよった。
私から逃げられると思うたか愚か者め。
入口の戸に手をかける直前、瞬歩で近づき足をかけて張り倒した。
打ち所が悪かったようで白目を剥いたままだがまぁ良い。
とりあえず真相を確かめねばならぬ事がある故、気絶したままの恋次の首に巻かれている手ぬぐいを取り上げる。
ひい、ふう、みい…、数は変わっておらぬな。
もしや下か。
「あのー…、朽木隊長。もう下がっても宜しいでしょうか…」
ぐったりしたの奴の着物合わせに手をかけたのを遮るように、発言してきたのは三席。何故か死にそうな顔色をしている。
そういえば存在すら忘れておったな。
報告はまだ途中だが、今はそれどころではない。
「失礼しました…」
恋次を見ないように(けれど実際はしっかりと見て)逃げるように出ていった者達が皆うっすらと涙目なのは何故だろう。
…まぁ、良いか。
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「…いってぇ」
起きあがるなり頭を押さえズキリとした痛みに顔をしかめた恋次は、慌てて辺りを見渡した。
記憶の一番最後に残っているのは戸に手が触れた所まで。
自分がこの部屋に入室した時にいた筈の部下達の姿が無い事に気付き、傍に落ちていた手ぬぐいを広い上げ恋次は長い溜息と共に苦い顔を更に険しいものにした。
その場所で目が覚めたという事は、彼らは自分が倒れたその真横を通り過ぎたという事で。
恐らく見てくれと言わんばかりに首のその証を晒したのだろう。
「ようやく起きたか」
視線をよこす事なく、そう一言。
その原因と要因を作り出した張本人は、今も素知らぬ顔で机の上に広げた書類に筆を走らせている。
思わず言い返そうと口を開いたが、それは開くだけで言葉にはならなかった。
この行き場の無い怒りのまま怒鳴りたいと思うが、未だにズキズキと響く頭痛がその気力を鈍らせ、良くも悪くも冷静さを保たせていた。
そのまま、ゆっくりと起きあがり、再び戸口に手をかける。
「…頭痛ぇんで…4番隊に行ってきます」
力任せに音を立て乱雑に閉められた扉に一度視線を上げて、白哉は不快と言わんばかりに眉を顰めた。
そう忙ずとも良いだろうに、相変わらず落ち着きの無い奴だ。
ともかくあやつの処罰は今晩ゆっくりと行うとして、そろそろ定例会に行かねばならぬ時間だな。
傍にある置き時計の時刻を横目に動かしていた筆を置くと、処理済みの書類の束に書き終わった紙を重ね立ち上がる。
誰もいなくなった執務室に目をやり、ふと…床に落ちていた物に気が付いた。
それは炎柄の長い布。
あぁ、…あれか。
そういえば先ほど確認した時、うっかりと机の死角に隠れて気がつかなかったようだな。
身を屈めて落ちているそれを拾い上げ、丁寧に折畳む。
さて、追いかけている時間も無い。
どうしたものか。
そんな時、都合良く耳に入ったのは執務室の扉を叩く音。
入室を許可すると入ってきたの髪飾りを付けた小柄な隊員。
…確か、理吉という名だったか。
「失礼します。朝言われていた資料を」
「確か、恋次と親しかったな」
「え?あ…はい、そうですけど。」
「先ほど恋次が忘れて行ったものだ。急ぎではないが、姿を見たら渡してやれ」
「分かりました。って……え?」
出させた手の上にそっと先ほどの布を乗せてことづけると、そのまま私は執務室を後にした。
今日は部屋を開ける用が多い。私が持ち歩き手渡すよりも、この方法が確実だろう。
後方で叫び声が聞こえたが、そういえば朝も同じような事があったな。
何かの流行りなのだろうか。
その後、恋次が執務室に怒鳴り込んでくるのは、丁度私が定例会を終え執務室に戻り一息付いた頃だった。
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遠くからでも聞こえるほどの乱暴な足音と共に許可も求めず開かれた扉の先には、息を切らしながら仁王立ちした恋次の姿。
手には定例会の前に部下に託した落し物が握られている。
「もう我慢ならねぇ!アンタ其処に座れ!!」
「…先程から座っておるが?」
「いい加減にしろよ!職場まで度々あんな」
「茶」
「ぁあ!?」
「話しがあるなら聞こう、だがその前に茶が切れておる」
丁度私も休憩に入ろうと思うておった所だ。
そう手にしていた筆を置くと、書類を書き続けて堅くなった肩を解す様に動かしてみる。
恋次は何故か涙目で入れに走って行ったようだが、それ程までに喉が渇いておったのだろうか。
バタバタと大きな音を立てるあの下品な走り方は後で躾直しが必要だな。
奴が茶を入れて来る頃合いを見計らい、戸棚から少し前に用意していた紙袋を取り出す。
まだほんのりと温かい。
あやつは此処の店の鯛焼きが好きであった筈だ。
「…そ、それは…並んでもなかなか手に入れられねぇ、幻の…」
ふむ。朽木の権力を使い、店主に機材を持ち込ませ六番隊舎で作らせた甲斐があったな。
その証拠に先程まで血走っていた目が、みるみる輝いてくる。
適当に皿に盛り、恋次が至福の顔で食べる様子を見つつ、入れさせた茶を一口啜り、一息ついた所で白哉は口を開いた。
「して、話とは何だ」
「ぁ…いや…その…何でもねぇ、です」
ぎくりと肩を揺らし動揺した恋次は、口に入れていた鯛焼きを、咀嚼もせずに飲み干した。
何なのだ。我慢ならないと、私に休憩を取らせてまで発言したい要件があったろうに。
「……」
「…なん…すか。」
白哉の目つきが更に険しくなる。
問い正したいのはこちらの方だ。頬を引きつらせ無理やり笑っている事から、愛想笑いなのは分かりきっているというに。こやつは先ほどの話を誤魔化そうとしておる。
常日頃、主従の立場も忘れ主人である私に牙を剥くというのに、それ程までに口に出し難い話とは何なのだろう。
「隊長?」
「恋次、すまなかったな」
「へ?」
「先程の件だ。私は貴様の想いを察してやれなかったようだ」
そうか。
もっと早く気が付いてやればよかったのだが、こやつの主張は難解な故、気付くのが遅れてしまったではないか。
「あ、それは…、もういいんすよ…俺もつい頭に血が上っちまって…」
「恋次」
立ちあがり来いと手招きすると、顔を赤らめながらも素直に近寄ってくる。
ふむ。私の考えに間違いは無いようだな。
そう関心し、無防備で傍にやって来た恋次の足を引っ掛け、バランスを崩した隙に襟首を掴み。
そのまま机の上に引き倒した。
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「なっ?…何すんだアンタ!!」
「何とは、貴様が誘っておったのだろう」
「はぁ?」
卓上に押し付けられた恋次が本日何度目かの顔で起き上がろうと暴れるが、その両手を机に強く押し付けて征し、構わず口付けた。
「…甘いな」
触れ味わえば口に広がるは噎せ返るほどの甘味。
よくこんな菓子なぞ食せるものだ。
「は…っ隊…ちょ…」
「少し黙れ」
「…ぅ…」
次は舌を絡めて、掴んでいた手を放し帯を解きくつろげた着物の合わせに指を差し込んで。
弱い箇所を重点的に弄ってやるとびくりと跳ね熱を帯びる体。
息遣いの間に漏れるのは色を含んだ声。
そうして、あっけなく落ちる。
「あー…、ワケ分かんねぇし、急だし、無茶苦茶だし、仕事中だし」
抵抗するだけ無駄だと悟った恋次が溜め息混じりに吐き捨てた台詞は、再び白哉の唇に塞がれて二度と発せられる事は無かった。
その頃、執務室の扉の前では声をかけるべきか迷う部下の姿が数名。
三席までで止まった仕事の書類が次々に廊下に積み上げられ、今日1日まともに仕事をこなせなかった恋次の残業がその時決定したのは言うまでも無い。
fin...
【あとがき】
12300HITカズハ様リク
「白恋で痴話喧嘩」
お…お待たせしまくりました…。
しかもこんな阿呆な白恋で気分を害した場合はすみません。
タイトルをコレにする前に「天然貴族の優雅な一日」にしようか迷ってたんですが、微妙に白哉視点なので却下。
恋次サイドで書いたらきっとこのタイトルになってたと思いますが、只叫ぶだけの駄文になりそうだったので…。
痴話喧嘩って事なので、当方の勝手な痴話喧嘩のイメージ「外から見たらラブラブにしか見えなくて、阿呆臭く気が付いたら仲直りしてるじゃれ合い」みたいな感じで書いたので、これが喧嘩と言えるのかどうか(汗)
カズハ様。お待たせして申し訳ありませんでした。
少しでも笑ってやっていただければ幸いです。
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