約30メートル


どうして欲しい?

普段と同じ抑揚を欠いた低い声でそう問われて。

頭ん中も体の奥も、溶けるんじゃないかってくらい熱くて、焦れったいんだって分かりきってるくせに。
繋がったきり動こうしないアンタに無性にムカついて、言い返そうと口を開いたはずなのに。

口をついてこぼれ落ちていく単語はとんでもない言葉ばかりで。
マトモに呼吸をする事もできなくなってた俺は、恥もプライドなんてもうとっくに無くて。
つうか、そんな事考えてる余裕なんか無くて…。



…そんな最悪な夢を見たと、思っていた。





[約30メートル]








「あー…頭痛ぇ…」

序々に鮮明になってくる意識の中で、まず理解できたのは、割れるんじゃないかってくらい激しい頭痛だった。
加えて体中がひどい筋肉痛みたいに軋んで動けねぇ。

昨日、檜佐木先輩にタダ酒が飲めると半ば強引に吉良と一緒に連れていかれた先が事もあろうか、あの京楽隊長と松本副隊長の所で。

吉良は早々に身ぐるみ全て剥がされてダウン。

生き残ってた俺も先輩も、あの酒豪2人の化け物並に凄まじいペースに呑まれっぱなしで、どれだけ飲まされたのかなんて覚えてない。
素っ裸の吉良がその後どうなったのか…とか。
俺の横にいて同じくらい酔いが回って、乱菊さんから水だと差し出された泡盛を青い顔して喉に流し込まされていた筈の先輩は無事なのか…とか。

…あぁ、もう。
頭痛くてどうでもよくなってきた。
まぁいつもの事だし。
バカやった結果なのは重々承知で、それでもやっちまったのはもう仕方ないし。

そんな自分勝手で安易な考えしか浮かばないくらい、二日酔い中の俺の脳みそは動きが鈍い。
だが幸い自分は今、布団の中だ。
どうやって帰りついたのか、はたまた誰かの世話になったのかは覚えてないが、廊下や堅い床の上とか、とんでもない場所で朝の冷気に当てられて最悪な気分で目覚めるより全然マシ。

あー…暖ったけぇ…幸せ。

肌に触れてくる布の感触がやけに気持ち良くて、まるで天国に来たみてぇに幸せな気分にさせるもんだから、今の現状を、これから起こる最悪を予測して此処から脱出するなんて事、どだいこんな状態の俺が考えられるわけなかったんだ。

今いる部屋がやたら広い事とか。
頭から被って寝ている布団が隊支給の安い布団を軽く500枚買えるくらいの高級品だって事とか。
今着てる着流しは、少しサイズの小さなあの人の着物だとか。
昨日の夜の時点では無かった筈の体中の痕…とか。

一足早く起きて顔洗いに行ってたこの部屋の主人がもう直ぐそこまで戻ってきてる足音とか。



あと46秒。
距離にして、約30メートル。




まだ、幸せ。






fin...



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隊首室の前である物を拾った。
というか落ちていた。


酒の匂いを盛大に漂わせて、どこから持ってきたのか中身の無い一升瓶を持ったまま。
袴の上に着ているべき死覇装の上着は、先ほど一つ前の曲がり角に何故だか綺麗にたたんで置いてあった。

赤い大型犬。





[約30センチ]





丁度扉の前で力尽きたのだろうがそれ以前の問題で、目の前の部屋は副隊室ではない。
どうしたものだろう。


「……恋次。」

呼んだ所で返事など帰ってくる筈も無く。
それ以上構う気も、ましてや介抱する気など私には微塵も無い。
酔っ払いなど無視して部屋へ入ろうと扉を開き、それを跨いだ所で、不意に止められた。


…袴の端を掴まれた。

強引に振り解こうとしたが、思いのほかその力が強くて。
意識はとっくに無いくせに、握った手だけは意地でも離そうとしない。

…困った…。
しかも相手は酔っ払いだ。
相手をした所でロクな事はない筈。

「…恋次、起きているのか」

返答は無い。
視線だけで不快感を示した所で、足下の廃人にはまるで無意味な事だというのは明らかで。

呆れと苛立ちを含んだ溜め息を吐き…仕方なく、腕を肩に回させて抱え上げ、部屋の中へと連れ込んだ。


「…ぐっ……」

途中、そんな声を出して口を押さえるものだから、嫌な予感に刈られて手を離すと支えを失った体は面白いほどあっけなく床の上へ。
受け身も取れずに無様に落ちる様に、呆れを通り越して腹が立つ。

「…酷いっ…ス…」
「自業自得だ、馬鹿者」

頭から落ちた衝撃で意識が戻ったらしい。
打ちつけた箇所を押さえながら、うずくまるように体を丸めたかと思うと、今度は不気味なくらいの薄ら笑いが聞こえくる。

「くっくく…っ」
やはり無視して外に捨て置くべきだった。
所詮酔っ払いは酔っ払い。
誰であろうと、それ以上でも以下でもない。


「っくく…た、隊長。…此処って隊長の部屋っスよね」
「…そうだが」
「あー…そっか…。そっすか…へへ…」

気味が悪いくらいに機嫌良く笑みを浮かべてこちらを見上げ、何か言いたげに口を小さく動かす。

訳が分からず、見下ろすだけの私にじれたのか、着物の裾を何度も引いて急かすようにせがむから、何が言いたいのかと苛立つものの、とりあえず腰を下ろしてやった。
すると返ってきたのは言葉ではなく、濃厚な接吻。

「…っん…隊長…」
「…」

口を離して距離を取って、もう一度。

何度教えても幼稚な舌づかいで下手なのは、酔っていても変わらないらしい。


この酔っ払いめが。

「へへ…隊長ー…」

鼻腔を抜けていく強い酒の匂いも、もう慣れた。

虚ろな視線ですがりつくその体を、畳の上に組敷いて、今度は私から口づける。
ゆっくりと力の抜けていく体に乗り上げる。



布団まで、あと約30センチ。






このまま寝かせはせぬ。







fin...


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オマケ★






「…っ…!」


内蔵を鷲掴みされたような霊圧に、慌てて目を覚ました。

何事かと辺りを見回すと、京楽隊長と松本さんの姿は影も形も無く、畳の上には飲み捨てられた酒瓶と空になった熱燗の容器の数々。

あとはー…。
部屋の入り口に佇む人影。




[約3センチ]






「……っ市丸隊長!」

「イヅル、迎えに来たんやけど…お邪魔やったかいな」

吉良?
あぁそういえば吉良は…松本さん…と…。

そう記憶を辿りつつ、もう一度思辺りに視線を泳がせてみて…。

「とりあえず、離れてくれへん?」

「へ?……っ!!!」

その言葉に、凍りついた。


ちょっと待て。
なんでコイツ素っ裸なんだよ!
なんで俺の横で寝てんだよ!

つうか恋次はどこにいきやがった!


まさか…2人きり?


「いや!これは松本副隊長がっ!」
「別に弁解なんかいらへんよ。…おもろいなぁ」

いや、面白くねぇよ!!
つうか面白いならそんな霊圧飛ばすな目を開くな!






市丸隊長の指が神鎗に届くまでの距離、約3センチ。



あぁ…俺、死ぬかも。








END★





【あとがき】

酔うと甘えてくる人とか、良い意味で雰囲気の変わる人って好きですね。
まぁ酒は飲んでも呑まれるな(笑)
修兵は運が悪い人だと思います。




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