その掌の上


明日は久々の非番だ。
何をして過ごそうか。僕は滅多にないこの日を指折り数えて楽しみにしていた。

せっかくだから非番の重なった仲間と街にでも繰りだそう。
多忙のせいで日頃ゆっくりと世話をしてやれなかった侘助の手入れをしよう。

男ばかりの三番隊で、毎日毎日市丸隊長のセクハラに耐えているんだ。
そんな日常から離れて気分転換できる、明日は貴重な日。

あと一日。今日の仕事を終えれば、非番!!
…そう心踊らせていたのに。



「イヅル〜」

足音も霊圧も気配さえも消して、いつもこの人は突然沸いて出るように現れる。
いつもの事だ。後ろから驚かすように抱きしめられて尻を撫でられるのもいつもの事だ。
最初の頃に感じていたぞわりとした不快感にも慣れたし、この人は気にするとつけ上がる性格なのは分かりきっている。だから無視。
もう諦めた。

「…――っうぁっ」

突然ヌルリと耳の後ろに舌を這わされて、予想外の刺激に僕は間抜けな声を上げ、慌てて振り返った。
抗議の意味も込めて睨みつけた先には、満面の笑みを浮かべる市丸隊長。
見ていませんとばかりに明後日の方向を向いて作業を続ける他の隊員達。

「せやかて今日のイヅル、冷たいんやもん」

何ですかその理由は。
毎日セクハラする理由が隊長の楽しみ…というか毎日の日課と化している。
三番隊の他の隊員連中も見慣れた光景になってしまって、誰も助けてくれないのには泣けてくるよ。

「早くご自分の仕事についていただけますか。」

言い返す気にもなれず、それだけ告げると自分の机に座り、各部署から回ってきた書類に取り掛かった。後ろで隊長がつまらなそうにすねる声も聞こえないフリで筆を取る。
あと1日。明日は非番!



だがそれが夢の幻に消えることになるなんて、この時は考えてもいなかった。






[ その掌の上 ]







「なぁイヅル。こんなの見つけてしもうて」

キッカケは市丸隊長の執務室にお茶を持って行った時に言われた、こんな一言。
それは紙切れ一枚に何か記載してある通知書だ。
内容は、十三部隊・各隊の緊急報告書提出の件について。会議についてや調査内容と提出事項など。


「それがな、締め切りが明日の朝なんを今思い出して困ってしもうて」

アレやねん。と指刺されたのは隊首室の机の上に積まれてある小山ほどの書類の山。

「…!?」

今なんて?明日の朝?提出が?これ全部?
さぁっと血の気が引いていく音が本当に聴こえて来る。
というか何でこんな通知を事前に渡されていながら僕に何も言わなかったんだ。
それにこの量を今まで何処に隠して放置していたんだ。

「かんにんな、イヅル。怒らんといて。な?」

通知を握りしめたまま目前の白い山脈の脅威に立ちすくみ、青ざめた僕の頭をあやすように撫でる隊長を怒る気力さえも今は沸いてこない。
泣きたいのを我慢して僕は山脈へと足を踏み入れた。
これで胃炎持ちになったら訴えてやる。




「なぁーイヅルー。休憩ー」
「駄目です。まだ半分も終わっていらっしゃいません。」

作業中だった他の隊員達をしめ出して隊長と2人きりで机を並べ、未処理の書類を挟んで筆を動かしている。
自分の仕事は今日の分が遅れても2・3日で挽回できる所まで済ませてあったのがせめてもの幸いだった。これなら隊長と2人で死ぬ気でやれば、今日中には終わらせられるかもしれない。
隊長がやる気になってくれればの話だけど。

「なーイヅ…」
「駄目です。」
「まだ何も言ってないやん。」

鬼や。と嘆く隊長の嘘泣きが始まる。だが元はといえば、こんな量の仕事を前日まで溜め込んだのは隊長。自業自得なのだから同情なんかしない。
隊長が仕事をサボった為に、明日の非番を無くすなんて事は絶対に嫌だ!
多少隊長を手荒に扱ってでも、今日中に終わらせる。

今はそれだけを考えていた。



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2人だけの隊首室に筆を滑らす音と、紙をめくる音だけが響く。
ちらりと横目で見ると、めずらしく真面目に仕事をする隊長の姿が。
いつもこんな調子なら何も文句は無いのに…。
わずかに沸いた希望に、内心ほっと胸を撫で下ろす。
もう少ししたらお茶でも入れてこよう。

「イヅル。ちょっとええか」
「はい」

唐突に隊長が僕を呼ぶ。
ちょっと前までの軽い口調でなく、いつになく真剣に。
虚退治の時以外、滅多に無い緊迫する事の無い部屋の空気の重さに自分も気合入れて返事をし、隊長の前へ。
すると隊長は近づいた僕の手を取って真剣に言い放った。


「ちゅーしてや」
「は?」

思わず声が出てしまった。本日2度目の放心。
どこをどう考えて、この人はそういう事を言うのだろうか。
…本当に。訳がわからない。

「ご褒美でもないとあかんねん。イヅルの可愛らしいお口でここに」

そう言いつつ隊長は取った僕の手を自分の唇へとそっと押し付け、指を口に含む。
指先に温かい舌がまとわりつく感触に僕は慌てて手を引いた、が隊長の力は思ったより強く、まだ手を開放してくれそうもない。

「っ…市丸隊長」

正直、こういう時の隊長は苦手だ。
からかっているのか、それとも本気なのか。

「イヅル」



だがどちらにしろ、結果は同じなのだ。

「…仕方ありませんね。」

溜息をつくと、机に手を添えて体を屈め顔をずらし…ゆっくりと、嬉しそうに見上げている隊長の唇にそっと触れる。
こんな事、他の人間がいれば絶対にしない。
ただ今回は隊長が珍しく頑張っているから。そのご褒美になるというなら。

「お茶を入れてきます。」


赤くなったろう自分の顔を笑われたくなくて、僕は逃げるように部屋を出た。


「イヅル。も少し」
「んっ…ん…」

そんな事があってから、書類を一山片付ける度に、隊長はご褒美にとキスをねだった。
始めはそれでも早く仕事が片付くならいいかと思ってすんなり従ったのが甘かったんだろう。
する度に濃厚さが増していっているのだ。
触れるだけですんでいたのが、今じゃ隊長の膝の上に座らされて名残惜しげに何度も吸われてる。

「市丸隊長。終わりです。きりがありませっ…隊長!」
「んー…冷たいなぁ。仕事もあと少しで終わるさかい、ええとちゃうん」
「今何時だと思ってるんです!これ以上遅くなると夜が明けてしまいます」


夜が明けるというのはオーバーだが、もう活動している隊員と言えば、自分達か深夜の見回りの隊員くらいな時間帯になってしまっていた。
自分はたとえ徹夜しようとも翌日の心配は無いが、隊長は普通に責務をこなしてもらわないと困る。
寝不足でかんにんな。寝る。とか言ってサボられるのだけは何とか阻止しないと。
それでなくても放浪癖のある隊長の仕事は他にも山のように溜まっているのだ。

「ちょっ…どこ触って…」

着物の隙間から入り込んでくる手を払い自分の机へ逃げ帰ると、隊長はつまらなそうに舌打ちしつつも途中だった仕事を再開する。
いつもなら更に手が出るのが普通の隊長だったのに、それがない。
けれど、この時はその「いつもと違って潔い」様子に気づかずに、自分も作業を再開してしまっていた。

後で考えてみれば、うかつだった。


「これで…最後の一枚…」
「はい。ありがとうございます。…それでは、僕はこの書類だけ提出してから終わらせていただきます。お疲れ様でした。」

最後の署名の入った隊長の書類を受け取り、ひとまとめに束ね終わると、魂が抜けたように机に伏せる隊長を横目に部屋を出る。
ようやく終わったんだ。
これで心おきなく非番に入る事ができる。


「…はぁ〜〜…」

提出も終わり、誰もいない廊下を部屋へと足を急がせる。
自室の戸を静かに閉めると、大きな溜息をついた。
今日は心底疲れきった。もう何もかも忘れて眠りたい。
日の出前のまだ明るいとも言えない薄暗い中、灯りを点ける事も面倒で、そのまま手さぐりで布団の場所までたどり着き、冷たいその上にごろりと横になる。


もう一度大きく息を吸って、ストレスを吐き出すように胃の底から酸素を吐く。
このまま眠ってしまおう。そう思った時だった。

「えらい大きな溜息やなぁ」
「!!?」

あまりの事で、声さえ出せず。
それが誰だったのか頭が認識する前に、体は自由を失っていた。


もうすぐ夜が明ける。



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「……っ…ん…」

全くその人の霊圧に気づかなかったのは、それだけ疲労していたから。

何故ここに?そう聞く前に隊長の唇が自分の口を塞いだかと思うと、そのまま体重をかけられて布団の上に組敷かれた。

「…っは…あ…隊ちょ…」

強く口を吸われ、舌で中を犯される。
息ができなくて苦しくて、抱きしめてくる隊長を引き剥がそうともがいても、背中をドンドンと叩いて訴えても、角度を変えて何度も繰り返され、飲み込めなかった唾液が頬に流れる。
窒息するかと思うほど苦しさに涙が溢れ、目の前が貧血の時のように白くなって眉間が痛い。

ようやく解放されても、僕は空気を求め荒い呼吸を繰り返す事しかできず、脱力しきった体では腕ひとつ満足に持ち上げる事ができなかった。
その間に、下の袴をはぎ取られ、着物を緩められ前をはだけさせられた。

「ぁ…っ」

男にしては細い、しかし日々鍛錬を積み重ねている為に女のように柔らかいわけではない中性的な肢体が市丸の下に晒される。




呼吸で激しく上下する腹筋をそっとなぞられて面白いくらい体が跳ねた。

「…可愛らしいなぁ」

無い胸をやんわりと揉んだかと思うとそのまま指先で突起を捕らえられ、何度か扱かれると簡単に主張し始めるソレ。
満足げに含み笑いまでされて、泣きたくなる。

「止め…隊長…や…」

背中に手を回されて、首筋じやうなじを這いまわる隊長の唇からチュっと粘着質な音が耳の奥に届き、恥ずかしくてたまらない。

太股の内側をなぞられてますます強ばり、ビクビクと反応する体が熱い。
そっと隊長の手に包まれた自身が、緩く立ちあがりを示していた。

「…っ…」

そっと上下に擦られた途端、ビクンと体が大きく跳ねてしまう事が恥ずかしい。

「んぁ…やめ…」

疲れているのに、そんな気だって無かったのに、触れられるとあらがいようが無い。そんな事分かってる。

隊長は自分の性感帯を知り尽くしているし、自分も性の快楽を散々教え込まれ、覚えてしまっているから。
嬉々として刺激に反応し、すぐに熱を帯び始めるのは意思とは無関係で。残った意思は簡単にその刺激に引きづられてゆく。
小さく息を飲み込んだのは、羞恥からか、期待からか。

「…何で…こ、んな…」



いつもはおざなりでも了解を求めてきてくれるのに。
こういう行為に疎い自分のペースに合わせてくれるのに。
あやすように軽く触れるだけのキスをして、隊長はふわりと微笑んだまま。

「ご褒美、な。イヅル…」

最後の1枚。あれが終わった後、何もせず出て行った。
仕事を終わらせた。そのご褒美を。

隊長。と言いかけて、開いたイヅルの口は、また言葉にならない内に塞がれていた。





朝の爽やかな日差し、小鳥達の歌声。
壁一枚隔てた隣の廊下から、時折隊員達の足音や話し声が近づいて来ては遠ざかる。
急ぎ走り過ぎる足音。
ゆっくりと歩き過ぎる静かな音。
雑談の笑い声、話声。

夜は比較的通行人もいない静かな場所だが、日中は別なのだ。
向こうの声が聞こえるという事は、こちらの声も届くという事。
副隊長室の扉を断りもせず開ける非礼者はいないものの、声を荒げて呼べば、すぐに扉を開け隊員が入ってくる筈だ。

そうしたら見られてしまう。
下半身を晒してみっともなく足を開いている自分を。
それを面白そうに見下ろし、いたる所に指を這わせている市丸隊長を。

それだけは。その事態だけは何としても阻止しなければならない。
見られたら最後、副隊長が隊長を連れこんだという誤報が一日もしない内に、護廷十三隊はおろか流魂街全域にまで広がってしまいそうだ。
そうしたらストレスで胃に穴が空く所の話じゃない。
ぞっと背筋に走った衝動に、冷や汗が浮かんだ。

それだけは。それだけは。
何としてでも。

「ぁ…ぅ…っ…ふ…」

はだけたままの胸の突起を口に含み、わざと卑猥な音を立てられて貪られている。
ぷくりと主張を示しているそれを舌で遊ばれ、歯を立てられて。余ったもう片方も指と爪で引っかかれるように刺激されて、それを止める事もできず服の袖で口を塞ぎ、声を抑えるしかなかった。

「う…っンん…っ…」

隊長の手がそっと内腿をなぞるから、思わずひくんと息が上がる。
先走りを指で拭われて、そのまま濡れた指を秘咥へと滑らす仕草に、まだ触れてもいないその奥が、うずいた。

「ぃ…ゃ…隊長」

嫌ですと首を降り、瞳に涙を溜め震える様子が市丸を更に衝動へと駆り立てる。
誘うような甘い声。
頼りなく自分にすがりつく細い手足。


無意識に相手を煽っているのだという事を、本人はまだ知らない。


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「っひ…ぅ」

ずっと指が埋まっていく様子を感じて背中が栗立つ。
指が濡れているおかげなのか、それは引っかかりもせずに入っていくけれど、動く度にピリっとした痛みを含んで、それが耐えれないほどでもなくて、嫌だとも言いきれなくて。
ぎゅっと目を閉じて唇を噛みしめる。
それが隊長にとっては面白くないようで。

「つまらんなぁ」
「ぁ…っ」

当たり前です。
本能で動くような隊長とは違い、僕は他人の目や評価が気になる小心者なんです。
気づかれると困るんです。

「イヅル、鳴き?」
「っう…いち、まっ…」


言わないで下さい。
ささやかなプライドが、ほら、もう崩れてしまいそう。





性急に追い上げられる。
いつの間にか中をまさぐる指は増え、余った手は前を擦る事を止めようとはしない。
まるで自慰をする時のように、ただただ射精だけを促す動き。
僕は抗う事もできず、両手で顔を隠し声を噛みしめるだけで。
だけど、隊長はそんな僕を見ようとはしてなくて。

ただ手が、指が。
何度も何度も、同じ所を。

「駄目…っは…隊長」
「うん」
「っあ…隊長…たぃっ…ぁ」
「うん」

嫌、嫌です。
耐えられない。
目を覆っている服の袖が水気を含んで湿ってゆく。
あぁ、体だけがこんなに先走って、脳がそれを把握できなくて、それでも必死にフル回転して状況を処理しようとしてる。
貴方のように何も考えずに、そうできたならどんなに楽だろう。
泣きたいわけじゃないのに、止まらない。



「…なっ!」

髪が触れるような柔らかい感触を下半身に感じて慌てて顔を上げると、それは今まさに、隊長が僕のをその口で咥える直前で。

「待っ…」

ヤバイ、本当に。…もう。

「隊長、お願いしますっ…もう…もう嫌…」

許して下さい。
気持ち良すぎて気が狂いそうです。
あなたはただ僕に触れているだけで、服さえ乱れていないのに。
僕だけがこんな…。
必死で声を殺して、嗚咽混じりで訴えた言葉は、無言で却下され、罰のように歯を立てられた。刹那。


「…――っ…」




あぁ……、なんて様だろう。









ごくん。
わざと音が立つよう飲み込んでやると、中の指も全部抜いてやった。
ぐったりと布団に体重を預けて、荒い呼吸を繰り返すイヅルの顔が艶やかで。
もっと見たくて近づいた。

「はぁ…はぁっ」

なんや、もう出してもうたんか。
イヅルは早いね。
ほら、顔をそらさんで。瞼にいっぱい溜めとった涙が流れるやないの。
ほんのり桃色になった頬に筋を残して流れとる。綺麗なソレを舐めてあげる。
まだお前の精が残った舌で。

「は…隊長…」
「誰かに聞かれるかもしれんの興奮したん?変態やね」

あぁ、この一言で色を帯びた顔が絶望に変わるんが好きや。澄んだ空色が曇るのが好きや。
なんや、そんな悲しそうな顔せんでええのに。
それなんに慌てた顔ですぐに取り繕おうと口を開く。

「…申し訳ぁ…んうっ…っ」

申し訳ありません。ごめんなさい。すみません。
なんで気持ち良ぉした後の言葉が謝罪なん?こんな返事期待しとらへん。
こうしたんはボクなんよ?
こうなったんは当然やろ?
謝ることしかできん口は塞いだろう。
ついでに下も…ボクので塞いだろうか。
何も喋れんくらい揺さぶって、声を抑えれんくらい突いて。犯して。
この部屋を通り過ぎる連中にその声が聞こえるくらい。
そしたらアッという間に広まるで。おもろいくらい早く。
他の隊長さんに、副隊長さんに、みんなに。
ボクはええんよ。そんなこと全然かまへん。
むしろ大歓迎。

けど、それじゃツマラナイ。

「イヅル」

曇ったままの空色がボクを写す。
ほんまイヅルは綺麗やね。
時々えぐり出したくなるんよ。
ボクだけのもんにしたくなるんよ。

「どうするん?」

これだけでええ。簡単や。
イヅルは賢いコやから、ちゃんとその意味分っとる。
今日、ボク頑張って仕事したろ?
先にイかせてあげたやろ?

ご褒美、それなりに期待しとるんよ。


アァ、服脱がせてくれるん?エエ子やね。

ここまで、ボクの所まで落ちておいで。






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