灼熱と微熱



ひとまとめに縛り上げた髪から首筋にかけてじんわりと浮き出た汗が、重力にまかせ流れ落ちてゆく。
それを拭うと、恋次は小さなため息をついた。
人肌と気温のせいで生ぬるいそれが首を伝う感触は、少しも気持ち良いものではない。
これが鍛錬の最中や、虚退治の時の緊迫した汗ならば気にならないが、残念な事に此処は六番隊の執務室。
机に広げられた書類を処理していかなければならない仕事は恋次にとって苦手な時間だ。

「…暑ぃ」

今は梅雨の季節。
ねっとりとする湿度と晴天のおかげでじっとしていても汗がしたたり落ちるほど蒸し暑い。
何だこの暑さ。洒落にならない拷問じゃねぇか。
ちらりと視線だけを横に移し、げんなりと思う。

朽木隊長…まだマフラーしてんのかよ。

自分は可能な限り襟の合わせを広げ、団扇であおいで気分を紛らわしているというのに。
隊長はきっちりと着物を着込み、愛用のマフラーまで。
それなのに汗ひとつ浮かべずにいつもの涼しい顔で黙々と仕事を続けている。
…隊長の周りだけ温度が低いんじゃないだろうか。もしかしたら霊圧をコントロールして自分の周りだけ室温を下げている、とか。

何考えてるんだ俺は。




はっきり言って見ているだけで暑苦しさが跳ね上がる。隊長のマフラーに恨みは無いが、暑さで血が上った思考で小さく舌打ちをすると、終わりの見えない書類に視線を戻した。

今の時間は隊長と2人きり。他の連中はそれぞれの担当する仕事の最中で、まだ帰る時間ではない。


「………隊長。」
「なんだ」


「ぁ…いや……何でもないっす」


マフラー暑くないっすか?…とはさすがに聞けない。
現に暑くないから身につけているんだろうし。
けど2人きりで沈黙という今の状況もキツいのだ。





ぴちゃん




微かに聞こえた音に俺は首を傾げた。
だが空耳だろうと直ぐに気にならなくなる。



ぴちゃり

「…?」

水音…だよなぁ。
けれど地上から何十メートルも離れた上階にある執務室に池も川も地面さえも無いのは明らかで、霊圧を探ってみても自分と隊長以外の気配は感じられない。
しかも聞こえた水音は窓際だった。
丁度、朽木隊長のいる辺り。
隊長は相変わらずで水音なんて気にもしない様子だし。
気のせいなのか、それとも暑さで耳がおかしくなったのか。


------------------------------


「隊長、この書類お願いします」
「ああ」


ようやく仕事が一区切りついたので、終わった分の書類を渡すべく席を立ち、隊長に書類を手渡す。
やっぱり至近距離から見ても汗ひとつ無い、いつもの血の気の無い白い肌。
やっぱ隊長となるとすげぇんだな。
そう尊敬の意が沸きかけた時だ。
今度こそハッキリと水の跳ねる涼しげな音が耳に響く。

…まさか。


ありえないだろうと思いつつも、衝動に駆られて隊長の長机の後ろへ周りこんだ俺は、机の下のソレを確認してしまった。

足下に置かれた木桶に入ってる巨大な氷。
先ほどからの水音は氷が溶けて木桶に落ちる音だったのか。
なんでこんなものが。
というか、いつ持ち込んだんだ。

「…先ほどお前が席を外している時に市丸が差し入れてきた物だ。おおかた日番谷あたりを挑発してきたのだろう」

鉄砲玉でもくらったような顔をした俺を見ても眉ひとつ動かさず、気がつかなかったのかと聞き返す隊長。
まるであるのが当然だと言わんばかりな様子にどう言い返せばいいのか分からなくなる。
日番谷隊長からって事は斬魄刀を解放させたって事だよな…。
十番隊と三番隊の連中は今頃大変な騒ぎだろうな、とたやすく想像できる悲惨な情景を思い浮かべ、自分が六番隊であった事に感謝する。
だがそんな曰く付きの代物を受け取る隊長も隊長だ。


「顔が赤い」
「暑いっすから」

そっと隊長の指が俺の額に触れる。
汗ばんでいた肌にひんやりとした白く長い指が伝う感触は嫌味なくらい気持ちがいい。
氷の冷気で隊長は涼しいんでしょうね。
その余計な一言を喉の奥で噛み殺すと、ふいに首の後ろに回った指で前に引き寄せられた。

そっと触れるだけの接吻に妙に恥ずかしくなる。
ひんやりして、冷たくて、柔らかくて。

「お前の体温は高いのだな」
「…アンタが低すぎなんすよ」

そう苦笑してみせればもう一度、今度は深く口付けられ、そのまま更に引き寄せられ帯を解かれる。


「…ちょ…っ…ん…」

本当にこの人は、時間も場所も関係ない。
抗議をしようと開いた口を更に塞がれて、服の下をまさぐり始めた指は俺の熱を吸い込んで、もう冷たくはなくなっていた。

刺すような太陽の熱とアンタの熱とが混ざって、俺を焦がしていく。
あぁ…眩暈がする。
カランと氷の砕ける音が、のぼせ上がる頭に心地よい良く響いていた。










Fin...










【あとがき】

辛いもの好きな隊長は暑いのも平気なんだと思います。
恋次が熱くてぐだぐだになって服を乱してる様を見て、隊長が勝手に欲情したというお話。

読んで下さってありがとうございました。




【 戻る 】

Fペシア