夜が明けるまで
誰もいなくなった執務室の灯りを消し、人気の無い暗い廊下を歩き、夜勤の隊員がいる正面口は避けて、裏口の小さな扉から隊舎の外へ出る。
長い塀に囲まれてた道はもう擦れ違う者も無くしぃんと静まり返り、辺りの家からぼんやりとした灯りが見える以外はただ暗闇が広がるばかりだ。
朽木の屋敷は六番隊舎から少し離れている為、普段は瞬歩を使って帰るのだが、白哉はどうやら今夜はそれをせずにゆっくり歩いて帰宅するらしい。
道を照らす為の灯りを持ち、白哉の前を歩く恋次も、白哉も互いに会話らしい会話は無い。
いつもの事だ、と恋次は思う。
だからこそ、湧き上がる不安は後を尽かない。
こんな忙しい時期に自分は本当に白哉と一緒に過ごしても良かったのだろうか。
本当は迷惑なのでは無いだろうか。
白哉は朽木の当主で、その体は自分だけの物では無いという事も。
白哉を縛るものの一つにはなりたく無いと思っていても、一緒にいたいと望んでしまう矛盾した想いが常に心の中を過ぎる。
ふと、白哉が足を止めたのに気づき、恋次も足を止めた。
振り返りその視線の先に目をやると、夜の闇の中ぼんやりと浮かんでくるのは小さな建物。
それは神主も住んでいない灯りも無い古ぼけた神社だった。
「こんな所にも、あったんスね」
普段ならあっても目に入っていなかったろう其れを見つめる白哉に、恋次はふと呟く。
そういえば、大きな所ではそろそろ鐘を鳴らし始める頃だろうか。
「何か、用でも?」
「いや」
再び歩き出した白哉を恋次は慌てて追いかけた。
相変わらず何を考えているのか分からない。
また沈黙が漂う。
空から落ちてくるのは小さな綿雪。
「…降ってきましたね」
「そうだな」
次から次へと、止むことなく降り始めた雪に明日は積もるのではないかと無意識に思う。
「寒くはないか」
「俺は平気です。元々丈夫なんで」
そっと触れられた白哉の手はほんのりと温かく感じて、それだけ自分の手が冷たくなっているのだと分かった恋次は苦笑した。
手はそのままにゆっくりと歩く。
「隊長は…年の瀬に、何を願いますか」
ふいに、先ほどの神社の事が頭に浮かんだ。
恋次自身は初詣など洒落た事をする習慣など無く、大概は年末だ祭りだと託けて朝まで騒ぎ正月という名の休日を寝て過ごすのが恒例だったが、白哉はそういった行事毎をする姿が似合いそうだ。
きっと、あの神社を見て、年明けに行くだろう朽木家のお宮参りの事でも考えたのだろうか。
「貴様の場合は、また私を超えるだの負かすだの戯言であろう」
「まあ、そんな所っすね」
珍しく話に乗ってきた白哉の様子に、その考えが遠からず当たっていたのだと想った恋次は、軽く笑って答えた。
「そうだな…」
白哉は、しばらく考え込む様に前を向いていたが、すっと恋次を見据えて口を開いた。
「未来永劫、貴様が私を前に見据え追い続ける事を」
雪は絶え間無く降り続く。
「…それって、一生勝たせねぇって事っスか」
「当然だ」
交わした接吻はお互いに冷たくとも、繋いだ手は暖かで。
どこからか鐘を撞く音が聞こえた。
−終−
⇒あとがき
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