夜が明けるまで
「アラ?恋次はどうしたのよ」
「急に用ができたらしいっすよ」
扉が開かれたのに気づく者は少なく、一番扉の近くにいた乱菊だけが、入ってきた檜佐木に声をかけた。
他の連中は騒いでいるか寝ているかのどちらかで、副隊長の他に幾人か隊長も混じっていたが、既に上下関係という壁は無く。皆各々でハメを外し楽しんでいるようだ。
誰も気がつかない様子なので適当な場所に恋次から預かった酒を置くと、騒ぎには混ざらずにそのまま扉の方へと引き返した。
「んじゃ、俺も急用って事でちょっくら抜けます」
酔っ払っている連中に言っても誰も気には止めないとは思ったが、とりあえず乱菊には一言断りを入れて、半分開けておいたままの扉をくぐる。
「ちょっと修兵」
「はい?」
「後でちゃんと恋次も連れてきなさいよ」
酔っているのか全て理解しているのか、乱菊は手を振った。
檜佐木も手を上げて答えると、冷たい空気の入ってくる扉をゆっくりと閉める。
もちろん、乱菊がは檜佐木がこの宴会に戻る気が無いもの知っていたし、その理由も目的も何もかも。
「さァ!朝まで飲むわよぉ〜」
檜佐木が持ってきた酒瓶の蓋を開けつつ、乱菊は上機嫌に笑った。
「悪ぃ、待たせたな」
少し離れた渡り廊下に立ち、外を見上げていた恋次は首を振った。
手の中には持ってきた酒の中から抜き取った瓶が2・3本。
「それで足りる?」
「俺は大丈夫です。檜佐木さんは…」
「さっきまで飲んでたから十分だ」
気がつけば、先ほど恋次が見上げていた空からはふわりと白い綿雪が幾つも落ちてきていた。
まだ地面に積もってはいないものの、廊下の手すりに落ちた其れはなかなか溶ける事なく結晶のまま残り、そしてじわりと水に戻る。
ふいに肌を冷たい風が撫でてゆく感覚に肌が強張った。
先ほどまでは殆どといって良いほど無風だったのだが、気温は一段と低くなり、少しだが風も出てきたようだ。
隣の恋次を見ると、その高々と結われている髪が微かに揺れている。
そっとその頬に手をやれば、その肌は冷え切って冷たかった。
初めは驚いたように檜佐木の方に振り向いた恋次も、触れられた手を拒むことなく心地よさげに目を細める。
「…檜佐木さんの手、あったかい」
「お前が冷た過ぎんだ」
そっと頬を引き寄せ触れるだけの口付けをしても、冷え切った唇同士の接吻は人の暖かな体温など無く、不思議な感触とだけしか感じられない。お互いそれが本当に唇だったのかもう一度確かめるように、口を開いて咥内を吸い合う。
何度吸い合おうとも、もちろんそれは唇以外の何でも無くて、そんな行動をしてしまったのが妙に可笑しかった。
「つうか俺より檜佐木さんの方が見た目寒そう」
「別に平気だ」
「…」
「うぉおっ!!冷てっ」
「ほんとだ。先輩って意外と体温高いんすね」
「馬鹿!首に手ぇ突っ込むなって!!」
「平気ならいいじゃないっすか」
「ひぃっ!阿呆馬鹿何処に手ぇ突っ込んでやがる!」
「あははは」
笑いながら触れてくる恋次の体は本当に冷たくて、屋外の温度はますます下がり、もう寒いというよりは痛いという感覚に近く、肌にビリビリと容赦無く突き刺さる。
絶え間なく落ちるこの雪は、きっと溶ける事なく朝には地面を白く染めるのだろう。
外の騒ぎの声が微かに届く静かな部屋。
一度鳴ったのは、酒の注がれたお互いの杯をぶつけ合った乾杯の合図。
そっと何度も耳元に響くのは、重ね合ったお互いの唇の音。
A Happy new year!
−終−
⇒あとがき
【 戻る 】